第121話:危険な再会
1月中旬。
オリンピック本戦への出場を賭けた、アジア地区最終予選の戦いは続いていた。
日本は予選リーグを突破。
次の8カ国で戦うトーナメントの、1回戦を何とか勝利する。
これでベスト4入り。
あと一つ勝てば2位以内が確定して、オリンピック本戦に出場権を得られる。
2回戦も絶対に負けられない戦いなのだ。
日本代表チームは1回戦に続き、全員が緊迫した空気に包まれていた。
◇
「いやー、今日の試合も緊張してきたなー♪」
そんなトーナメント2回戦の試合直前。
日本代表のスタメンの中で、一人だけ緊張感がない選手がいた。
「コータ、この重圧の中で、たいした余裕だな……」
「オレたちなんて、緊張で朝飯がノドを通らなかったぞ、コータ……」
「さすがは大物だな……」
他の代表メンバーにそんな風に言われているのは、野呂コータ……オレだった。
「そ、そんなことありませんよ。ボクも緊張しまくりです! 今日の試合でもベストを出させていただきます!」
どうやら余裕な顔をしてしまっていたらしい。
試合前なの、これはまずい。
オレは顔を引きしてしめる。
(危ない、危ない……歴史を知っていると、どうしても気が緩んでしまうな……)
オレの上機嫌なのには理由があった。
何故なら今日の2回戦は、日本が圧勝する。
つまり日本代表は、オリンピック本戦の出場権が確定しているのだ。
(歴史によると今日の試合では、大川さんの出番はない……つまり、オレがベンチにいるだけでOK。歴史は変わらないからね!)
歴史では今日の2回戦は、日本が3対0で快勝する。
メンバーも歴史通りにちゃんと揃っているので、再現は完璧であろう。
唯一の歴史と違う人物のオレが、ベンチで大人しく待機しているだけでOKなのである。
(試合に出られないのは寂しいけど、次の決勝戦で頑張ればいいからな!)
今日の2回戦さえ突破できれば、日本はオリンピック本戦に出場できる。
あとは史実通りにしなくでも、問題はないであろう。
(今日はとにかく気楽に観戦して、サッカーを見るのを楽しもう!)
試合前にピッチで練習しながら、そう決意する。
オレはサッカーをすることは好き。
だが同じくらいにサッカー観戦が大好き。
他のチームメイトがベンチでくすぶっている待機時間も、オレにとっては最高の観戦時間なのだ。
◇
『ヘイ、日本14番!』
そんな時。試合直前の練習していた時だった。
日本代表の14番な人……オレは英語で、誰かに話かけられる。
いったい誰だろう?
今、このピッピ上は、両国の選手しかいないのに?
「あっ、君は……」
声をかけてきたのは、アジアの国の選手であった。
その相手の顔に、オレは見覚えがある。
『カ、カルロさん!?』
『やっぱり、コータだったか。久しぶりだな』
その選手はカルロさん……5年前のU-15の国際試合の時に、一度だけ対戦した相手。
ボクのことを覚えて、声をかけてくれたのだ。
『こちらこそ、お久しぶりです、カルロさん! 再会できて嬉しいです! ヨーロッパでの活躍はTVで拝見していました! 握手してください!』
まさかの再会に、オレは大興奮してしまう。
何しろカルロさんは凄い選手。
前世ではアジアの国の人としては数少ない、ヨーロッパリーグでも結果を出すスーパースターなのだ。
今世でも若干19歳で、早くもヨーロッパでプロデビューしていた。
オレはドイツ留学中に、このカルロさんの活躍を目にしていた。
この人はオレが大好きな選手の一人であり、5年前にはユニフォーム交換。
そんな凄い選手と再会できて、本当に嬉しい。
『それを言うなら、コータ。キミの方がドイツで大活躍だったじゃないか? 私の在籍しているクラブにも、F.S.Vの大躍進は噂になっていたよ』
なんとカルロさんの方でも、留学時代のオレのことを知っていた。
特にF.S.Vが2部リーグで史上最短で優勝確定したのは、ヨーロッパ選手中で話題だったという。
『うわっ……それは少し恥ずかしいですが、凄く嬉しいです、カルロさん!』
凄い選手カルロさんに褒められて、オレは歓喜の渦に浸る。
この時代のドイツリーグは、まだ日本では広く知られていない。
だから日本でF.S.V時代のオレのことを知っている人は皆無に等しい。
そのお陰で質問責めを受ける面倒くささは無い。
だが誰もF.S.V時代のことを知らないのは、正直なところ少し寂しかったのだ。
ヨーロッパの中ではドイツリーグは一目置かれている。
そんな中でカルロさんに褒めて貰えるのは、最高に嬉しいのだ。
『今日コータはもちろん出るんだろう?』
『今日の試合ですか……今のところはベンチスタートですが、状況によっては途中出場するかもしれません』
カルロさんに聞かれたので、今日のスケジュールを答える。
だが内心では申し訳なく思う。
なぜなら今日のオレは最後まで、ベンチで大人しくしている作戦なのだ。
『ほう。あのコータが控えだと? つまり日本代表が危機になったら、キミが出てくるわけかい?』
『あっ、一応は、そうなる可能性もゼロではないような、気がなんとなくします……』
上手くはぐらかして答える。
でも、日本に危機は訪れないのを知っている。
何故なら歴史通りにするために、オレは大人しくしているつもり。
もちろんそのことは誰にも内緒にしてある。
『私はキミとの今日の再戦を5年間、楽しみしていた。必ずキミを引き出してみせる。では後ほど戦場で相まみえよう、コータ!』
そう言い残してカルロさんは立ち去っていく。
カッコイイ去り際であり、かなり気合の入った言葉だった。
(えっ……後ほど戦場で……?)
一人残されたオレは、頭を傾げる。
何故ならカルロさんの国と、日本は今日の2回戦で当たらない。
というか史実では、カルロさんの国は1回戦で、他のアジアの国に負けているはず。
でも、カルロさんは試合用のユニフォームで、今ここにいた。
これはどういうことであろう?
「ん?」
オレはスタジアムの大型電光掲示板に、ふと視線を向ける。
そこには日本とこれから対戦する国名が、大きく書かれていた。
「えっ? えっ?」
対戦国を確認して、オレは言葉を失う。
何故なら前世の史実とは違う国が、今日の日本の相手なのだ。
(これは一体どういうことだ⁉ 歴史が変わっている⁉)
こんなことが起こるとは想像もしていなかった。
オレは基本的に対戦相手のことは、事前に調べたりはしない。
だから対戦相手の確認も、すっかり忘れていたのだ。
(とにかく原因を調べないと!)
まさかの歴史の相違に、オレは日本ベンチにダッシュしていく。
そして今日の対戦国の詳細なデータを確認していく。
カルロさんの国のここ数年のデータを、特に目を通す。
(まてよ? よく考えたら、前世ではカルロさんは、このオリンピック代表には選ばれてなかったよな……)
次に頭の中の、前世のカルロさんが20歳時のデータを検索していく。
彼はたしかに凄いプレイヤーだが、母国のオリンピック代表には選ばれてなかったはず。
(これは、どういうことだ……)
どこで歴史が変わってしまったのであろうか。
オレには見当がつかない。
(でも、このデータはヤバイな……)
今日の対戦国がここまで躍進してきたのは、間違いなくカルロさんに要因があった。
彼が前世以上のハイスピードで急成長。
その勢いで点を取りまくり、最終予選も2回戦まで来ていた。
それはベンチにあるデータが、全て証明している。
(カルロさんが、ここまで代表チームで急成長したのは、いったい何が原因なんだ?)
オレの知らないところで、何か歴史を動かす原因があったのかもしれない。
ベンチにある彼のデータと、オレの前世の記憶の相違点……それを比較すると、オレと戦った5年前。
その時からカルロさんが、急成長してように読み取れる。
(とにかく、このままではヤバイかもしれないぞ……)
ベンチで一人焦る。
何故なら今日の対戦国は強敵である。
いや……あのカルロという選手が、かなりの強敵なのだ。
(これはマズイぞ……)
サッカーは11人の集団競技だが、一人の選手によって大きく変わる時がある。
たった一人の凄い選手の出現により、大躍進する国が何度も出ていた。
今回の場合は、あのカルロさん。
彼の本番での恐ろしさは、5年前に必死で抑えたオレが一番よく知っている。
彼のプレイのリズムは独特で、初見では絶対に止められない。
あれから更に急成長したカルロさんを、今日の日本のスタメンで止められ人はいないであろう。
(もしかしたら日本が負けてしまう危険性も……)
こうして大きな不安と抱えたまま、オレたちはトーナメント2回戦に突入するのであった。