第119話:最終予選スタート
オリンピックがある年の1月中旬。
オレは中東の、ある国に来ていた。
「おお、凄い! 砂漠の中にビル群がある!」
来国の目的は、オリンピックアジア最終予選に参加するため。
予選が行われる首都を見て、オレは感動の声をもらす。
今前世を合わせて、中東に来たのは初めての経験。
空港からの直通バスの中で、外の景色に感動しまくりである。
ちなみに貸し切り大型バスの中には、オリンピック代表メンバーとスタッフが乗っていた。
「おお、ここがサッカースタジオか! 凄い立派だな!」
試合が行わるスタジオに到着した。
立派なその外観にも思わず声をもらす。
ヨーロッパでも見たこともないような、近代的なスタジアムが目の前にあった。
(いやー、さすがオイルマネーは凄いな……)
この国は世界の中でも有数の原油産出国で、現在の国王は大のサッカー好き。
そのためサッカースタジアムには、膨大なお金がかけられていたのだ。
「スタジアムの中の設備も凄いな……これは予選も気持ちよくプレイできそうだな」
スタジアムに移動してからも、視察しながら何度も感動する。
この国の平均気温は、かなり高い。
だが冬の今は20度くらいと適温。更に湿度は低く、不快感はない。
これに比べたら東京の夏の方が、サッカー選手にはキツイかもしれない。
「コータ、ずいぶんとハシャイデいるな?」
「リラックスしすぎじゃないか、コータ?」
「オレたちなんて緊張しまくりだぜ……」
一緒に行動している代表メンバーの皆に、そんなことを言われる。
たしかに一緒に視察している彼らは、見るかに緊張していた。
「ボ、ボクも一応は緊張していますよ……」
一人だけ浮かれていると気まずい。
オレは苦笑いしながら、緊張しているフリをする。
そのまま日本代表一行は、スタジアムの芝を確かめるための練習する。
(たしかに浮かれすぎかもしれないな……気をつけないとな……)
オレはあまり緊張しないタイプだが、さすがに国の威信をかけたオリンピック戦は、さすがに緊張する。
だが今回のアジア最終予選では、それほど緊張はしていない。
リラックスしているには大きな理由があったのだ。
(何しろ、この最終予選で、日本は“通過が確定”しているからね!)
オレには前世の記憶があり、これから起こる歴史を知っている。
特にサッカー関係についての記憶力は、かなり自信があった。
それによると今回のアジア最終予選を、日本代表チームは無事に突破できる。
だから現地入りしても、オレはリラックスしていたのだ。
(歴史によると、たしか日本は予選リーグを突破……その後の決勝トーナメントでも何とか勝ち抜くはずだ)
スタジアムで練習しながら、記憶を再度辿っていく。
最終予選は全部で16国が参加する。
各予選リーグを開催して、次に8カ国で決勝トーナメントを行う。
最終的にはトーナメントを勝ち抜いた上位3カ国が、8月のオリンピック本戦に進むことができる。
(日本はたしか最終的に2位で終えるはず……だ)
この時代のオリンピック代表は、アジア地区でけっこう強い。
だがアジアのサッカーレベルも、かなり高い。油断をせずに全力でいかなければならないのだ。
(でも、オレは全力で準備はするけど、なるべく試合には出ないようにしないとな……)
ここだけの内緒の話がある。
実は最近のオレは、調子を落としている……フリをしていた。
このままでいけば最終予選でも、ベンチ待機が確定する計算だ。
(歴史を変えないようにしないとね……)
何しろ前世の代表メンバーには、オレはいない存在。
下手に試合に先発出場したら、結果が変わってしまう可能性がある。
だからスタメンに選ばれないように、調子悪いアピールを監督にしていたのだ。
(本当は最終予選の試合にも出てみたいけど、無理に変える必要はないからね!)
自分のサッカー欲のために、歴史を変えないように我慢をしていた。
特にオリンピック予選ともなれば、何が起こるか予想もできない。
だから今回の最終予選は、歴史通りに進めることしたのだ。
(それに試合に出られないでも、勉強や練習することは沢山あるからね!)
各国の試合をベンチから見ているだけで、かなり勉強になる。
それにレベルの高い代表メンバーと練習しているのは、得られる経験が多い。
(アジア予選か……気合いれて応援しつつ勉強していかないとね!)
こうしてオレのアジア最終予選……見ているだけ日本通過の予選はスタートするのであった。
◇
数日の練習調整期間が終わり、いよいよ最終予選が始まっていた。
「おお、日本は順調だな!」
まずは4カ国による予選リーグがスタート。
その中で日本は好調だった。
初戦を白星で飾り、2戦目も勝利する。
「おお、凄いな! 凄いぞ、みなさん!」
オレは間近で試合を見ながら、感動の声をあげる。
事前の作戦通りに、ベンチで試合を観戦。
臨場感ある試合に、心から大満足していいた。
(よし。今のところは歴史通りだな……)
日本の3試合目は引き分け。
これで2勝1分けで、1位通過で予選リーグを突破できた。
ちなみに試合の内容は得点者、前世とまったく同じ内容。
オレがベンチ待機だったことで、歴史通りに進んでいるのだ。
(このままでいけば、決勝トーナメントも大丈夫そうな!)
本当は試合に出たくて、ウズウズしていた。
だが、ここは我慢である。
このままオレが何もしなければ、日本は無事に決勝トーナメントを2位で終えることができるのだ。
(オレが頑張るのは、予選リーグの決勝戦にしよう。それなら問題はないね!)
決勝戦までいけば、日本の2位内とオリンピック出場が確定する。
そこからなら本気を出しても、歴史はそれほど大きく変わらないはず。
こうしてオートプレイのように予選リーグは、順調に進んでいくのであった。
◇
数日が経ち、いよいよ決勝トーナメントがスタートした。
勝ち残ったのは、アジアの強豪8カ国。
ここからはトーナメント方式で一発勝負の連続である。
(初戦の相手は、かなりの強豪だな……)
トーナメントの第一試合が始まっていた。
試合は日本に不利な状況。
ちょうど今は後半がスタートしたばかり。
日本は0対1で負けている。
このまま負けてしまえば、日本はトーナメント1回戦で敗退。
オリンピック本戦に進むことができない。
だから日本ベンチはかなりの緊張感に包まれている。
(ふふふ……みなさん、大丈夫ですよ。ふふふ……)
そんなの日本ベンチの中で内心、一人だけ緊張感のない選手がいた。
選手の名前は野呂コータ……つまりオレである。
(みなさん、日本はこの試合に勝つことが出来ますよ!)
オレが余裕なのには訳がある。
何故なら日本はこの後半で、見事に逆転勝利するのである。
これは歴史であり確定していること。
だからオレは余裕をかましていたのだ。
(おお、試合が動いてきたな……もうすぐ、逆転の時間かな?)
前世の記憶を探っていく。
ここだけの話、サッカーに関しての記憶力だけなら、誰にも負けない自信がある。
いつ、どこで、何の試合が、どんな感じだったか。
ある程度までなら記憶していた。
まあ、その代わり、他はうっかり忘れてしまっていることも、たまにはある。
いや、けっこうあるかな……。
この辺の物忘れは、記憶量が多すぎる反動なのかもしれない。
あまり気にしないでおこう。
(このプレイの後は、たしか途中出場の大川選手が、同点ゴールを決める。その後は一気に流れに乗った日本が追加点を決めて、2対1で逆転勝利するはずだ!)
前世の歴史を思い出しながら、試合の流れと整合していく。
ここまでは歴史通りの試合展開であり、順調に逆転するであろう。
(さあ、大川選手、頼みますよ! 華麗なる同点ゴールを!)
オレはベンチに横に視線を向ける。
もうする途中出場するはずの大川選手の姿、探すために。
彼の約束された勝利の道に、期待を乗せる。
(ん? あれ……?)
だが、不思議はことが起こった。
ベンチ内に大川選手が見当たらないのだ。
(あれ? もしかして、今日は先発出場だっけ?)
うっかり見逃していたのかもしれない。
ピッチで戦っている日本代表メンバーを、チェックしていく。
(あれ……? いないぞ? どうして、大川選手がいないのだろう?)
オレは必死で彼の居場所を探す。
控え選手としてスタジアムの選手席にいるのであろうか?
いや……あの席にも大川選手は座っていない。
(あっ……⁉)
その時である。
オレはあることを思いだす。
(そうか大川さんは……大川さんはいなかったんだ!)
オレが代表チームに入り歴史が変わり、落選した選手が一人だけいた。
その人の名は大川さん。
つまりオレが代表選手になったことで、代表選手の枠から外れてしまったのだ。
(これはマズイぞ……)
嫌な汗が流れてきた。
今、日本は0対1で負けている。
それを打開するべき運命の大川選手は、ここにはいない。
つまり歴史は悪い方に変わってしまったのだ。
(どうしよう……)
こうしてオレたち日本代表は、オリンピック本戦に進めない危機が陥ったのだ。