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第116話:初練習に参加

 オリンピック代表の発表の夜から、数日が経つ。

 学園長が言っていたように、オレに平穏な学園生活が戻っていた。


「本当に誰もいなくなったな……」


 部活が終わった下校時間。

 校門前にいたマスコミ陣は、誰もいなくなっていた。

 学園長が水面下で動いてくれていたのであろう。



 部活から帰宅する。

 オレは自宅の居間でTVを見ている。

 そこにはオレの顔写真が映し出されていた。


 TVの見出しには『史上最年少でサッカーオリンピック代表候補に選ばれた、野呂コータ君の正体とは⁉』と書いてある。

 夕方のニュース番組の中の、スポーツコーナの時間だ。


 コーナでは学園から公式に発表された、オレの情報がいくつか紹介されていた。


 名前や年齢と血液型。

 小学生の時の経歴。

 顔写真と部活サッカーをしている映像。


 顧問の先生のインタビューも流されていた。


(学園に取材に来させない代わりに、こんな情報公開をしていたのか……)


 これは全部、学園長が用意して、マスコミ陣に提出した物である。

 視聴者が知りたい情報をキッチリとまとめていた。

 

 そのお陰でマスコミ陣も、学園前での取材を止めるのを了承したのであろう。

 学園長はかなりの情報操作のやり手なのかもしれない。


「凄いね! お兄ちゃんがTVに映っているよ!」

「本当に凄いわね。私もママさん友だちに、コータのことを色々と聞かれたわ」


 TVを一緒に見ながら、妹と母親も大喜びしている。

 かなり恥ずかしいが、これも覚悟はしていた。


「でも、この写真のお兄ちゃん、なんか写りがイマイチだよね、ママ?」

「そうね、葵。寝癖もついて、変えて欲しいわね」

「本物のお兄ちゃんは、もっとカッコイイからね!」


 学園が用意したオレの写真は、家族には不評である。

 そういわれてみれば、確かに微妙な写真の選定。

 明らか写りが悪い写真ばかりだ。


(もう少しカッコイイ写真にして欲しかったな……まあ、いっか)


 もしかしたら、あの学園長の陰謀で、この変な顔の写真になったのであろうか?

 そういえばマヤのことで、オレに釘を刺してきたし。


 だがオレは気にしないことにした。

 何しろ、こんな写真一枚だけで、学園での騒動を止めてくれたのだ。

 マヤの父親には感謝しかない。


「そういえばコータは、代表の練習で忙しくなるのか?」

「とりあえずは明後日の金曜日に、合同練習があるみたいだよ、お父さん」


 同じくTVを一緒に観ていた父親に、今後のスケジュールについて説明しておく。


 日本サッカー協会の担当者からの連絡で、明後日に練習があるという。

 高校は公休扱いなるので、オレは参加する予定だった。


「お兄ちゃんの代表の練習? 葵も見に行きたい!」

「でも葵は学校があるだろう?」

「あっ、そうか? エヘヘヘ……葵も頑張らないとね」


 葵は隙あらば、オレのサッカーの観に来ようとする。

 でも中学生はまだ義務教育だから、ちゃんと勉強もしないといけない。

 この辺の葵は相変わらず子供っぽい。


(それにしても、いよいよオリンピック代表チームの皆と合同練習か……楽しみだな……)


 オリンピック代表チームは、A代表と並ぶ特別な存在。

 オレはワクワクしながら、当日に備えるのであった。



 それから二日が経ち、金曜日がやってきた。

 代表として初の練習に参加する日である。


「改めまして、皆さん。ボクは野呂コータと申します。不束者ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!」


 練習開始前のミーティング。

 日本代表の練習場の施設である、ミーティングルームにやってきた。


 オレは全メンバーの前で、自己紹介をする。


 何しろ自分は最年少での参加者。

 常に低い姿勢から、礼儀正しくいかないといけないのだ。


「そう、固くなるな、野呂コータ」

「今日からはオレたちは同じ代表メンバーだ。年齢は関係ないから、リラックスしていこうぜ」


 そんなオレに向かって、代表メンバーの人たちは暖かい反応で迎えてくれた。


(おお、みんないい人だ! サッカーが上手いのに、性格もいい人だなんて、聖人の集まりか、ここは!)


 そんな暖かい反応に、オレは感動する。


 ここだけの話……『ケッ。高校生のガキがまぐれで代表に来るんじゃねえぞ!』みたいな反応も覚悟していた。


 だが、そんな辛辣しんらつな態度をする選手は、ここにはいなかったのである。


「えー、挨拶はそこまでにしておけ。これからミーティングを始める。代表召集の経験者も多いと思うが、全員が改めてメモしておけ」

「「「はい!」」」


 オリンピック代表のヘッドコーチから、指示が飛んでくる。

 いよいよ、オレのオリンピック代表としての活動が、スタートするのである。


 最初は頭を使ったミーティングから。

 オレはミーティングルームの一番前の席について、メモ帳を取り出す。



 専門の講師が登壇とうだんして、第一講座がスタートする。


(ふむふむ……最初は代表としての心構えか……)


 ミーティングは意外な内容からスタートした。

 まずは専門家によるメンタルな講義。

 オリンピック代表メンバーとしての、今後の注意事項などが教えてくれた。


(なるほど。たしにかオレは今後、日本代表として恥ずかしくない行動をしないとな……)


 講義を聞きながら、オレは一生懸命にメモをとっていく。

 今までのオレは、普通の一般高校のサッカー部員として生きてきた。

 だがTVで発表された今後は、日本国民が注目してくる。


 サッカーの練習中やプレイ中は、真面目にするのはもちろんのこと。

 外出する時も、ちゃんとしなければいけない。


 それこそ近所のコンビニ行く時も、だらしない態度は出来ないかもしれない。

 オレも気を付けないと。



 実りある第一講座が終わり、第二講座に移る。


(次はコンプライアンス的な講義か……)


 コンプライアンス講義とは法令や社会規範、倫理を代表選手として遵守することである。


 サッカーは世界中で愛されている、ビッグスポーツ。

 そのために色んな問題が発生する場合がある。


 サッカー賭博問題やドーピング問題、肖像権問題、脱税問題など、世間を騒がせる時もある。


 また選手による暴言や侮辱的言動、差別的言動、政治的な発言で、世界中で問題なった事件もあった。


 だからコンプライアンス講習では、そういった事例を交えて勉強していく。


(たしかにドイツでも、サッカーは色んなコンプライアンスなことがあった……)


 講習を受けながらオレは、F.S.V時代を思い出す。

 あの時も入団後に、コンプライアンス含めた多くの講習を受けた。


 特にヨーロッパは厳しくて、オレも契約書にサインしながら勉強していた。


 海外のトップクラスの選手ともなれば、その発言力は政治家以上に注目されてしまう。

 サッカー選手は個人事業主として、気を付けることが多々あるのだ。


 オレは日本的なコンプライアンスの注意事項を、一生懸命に学んでいく。



 第二講座が終わり、最終講座に移る。


(ん? 次で最後の講習かな? 最後はマスコミ対応の講習か……)


 ミーティングの最後は、マスコミ対策の注意事項であった。

 受け答えの実例や、その心構えなど事細かく、教えてもらう。


(たしかにプロのサッカー選手は、マスコミの取材を受けることが多いからな……)


 プロの試合ではスタジアムを去る前に、選手たちはマスコミ陣から取材を受ける。


 これはTVを観ているファンに向けたサービスの一環。

 だから負け試合の直後でも、選手たちは出来る限り取材に応じなければいけないのだ。


(これはオレの今回は大丈夫そうだな)


 オレにはマスコミの取材は無いであろう。


 先日の代表発表の直後は、マスコミ陣が学園まで押し寄せていた。

 だが今はすっかり沈静化している。

 何しろオレはまだ高校1年生。オリンピック代表でも控えメンバーなはず。


 だからマスコミ陣に取材を受ける心配もないのだ。


 でも一応はちゃんとメモしておく。



「ミーティングは以上になります。この後は練習場で、全体練習をする」


 あっとう間に代表ミーティングが終わる。

 これからは身体を動かす時間。


 オレの楽しみにしていた代表メンバーとの練習の時間が、いよいよやってきたのだ。


「ちなみに今日の練習は、マスコミ向けに公開練習となっている。先ほどの講習の内容を各自忘れずに!」

「「「はい!」」」


 おお、今日はマスコミ公開練習の日なのか。

 きっと第二次発表の直後だから、公開するのであろう。


 マスコミの人たちの目当ては、代表のレギュラー組やエースの人たちであろう。

 何しろ彼らの話題は日本中が注目している。


 まあ、オレには関係ない話だから、大丈夫であろう。


 そんな軽き気持ちで、オレは初の練習に挑むであった。



(なんだ、このカメラとTVカメラの数は⁉)


 だがオレのお気楽な予想は外れた。

 おびただしい数のカメラのレンズが、練習中のオレに向けられているのだ。


「おい、コータ。あまり気にするな」

「あっ、はい。ありがとうございます。でも、なんで、あんなにボクの方に……」


「それはお前が日本サッカー史上初の、現役高校1年生のオリンピック代表だからな」

「ああ、なるほどです」


 一緒にパス練習している代表メンバーの人が、小声で話しかけてきた。

 オレのことを心配してくれている。

 それによると、今日のマスコミの目当ての多くは、オレだという。


(まさか、こんなオレに専門家たちが、ここまで注目するとはな……)


 前回の校門前のマスコミ陣は、いわゆるワイドショー的な人たちだった。


 だが今日のマスコミは色んな人たちがいる。

 サッカー専門雑誌やサッカー専門番組など、専門的な会社の腕章を付けた人もいた。


 中には引退した元Jリーガーも取材に来ている。

 あとでオレもサインが欲しい有名人だ。


(とにかく、それだけ来年のオリンピックは……サッカー日本代表は注目を浴びているんだな……)


 来年の大阪オリンピックは数十年ぶりの日本開催。

 だから国民の注目も高いのであろう。


 そんな国民の情報の飢えを癒すのが、彼らマスコミや専門取材陣なのだ。


(よし。いち読者であるオレも、頑張らないと!)


 サッカー専門誌やTV番組は、オレも大好きである。

 前世と今世でも、本当にお世話になっていた。


 だから今日は恩返しのつもりで、練習を頑張ることにした。

 今のオレに出来ることは、一生懸命に練習することだけなのだ。


(それに代表メンバーとの練習は、学ぶことが多いから、本当に楽しいな!)


 練習しながらオレは、終始に渡って感動していた。


 ここにいるメンバー24名は、全員がハイレベルな能力の人たちばかり。

 コーチ陣も日本の最先端の専門家が勢ぞろい。


 そんな彼らと練習していることが、オレには何よりの宝物の時間。

 最高に幸せな時間だったのだ。


「よーし、頑張っていくぞぉお!」


 興奮しすぎたオレは、気合いの声を上げる。

 練習場に変な間で響き渡る。


 あわわ……これは恥ずかしい。

 ちょうど練習の合間の静かなタイミングに、オレは大声で叫んでしまったのだ。



『現役高校生サッカー日本代表、野呂コータ。練習初日から奇声を発する⁉ 大丈夫か、日本代表⁉』


 次の朝のスポーツ新聞に、そんな見出しが載ってしまった。


(とほほ……今度から気を付けなと……)


 こうしてオレは不本意な見出しで、全国デビューするのであった。


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