第116話:初練習に参加
オリンピック代表の発表の夜から、数日が経つ。
学園長が言っていたように、オレに平穏な学園生活が戻っていた。
「本当に誰もいなくなったな……」
部活が終わった下校時間。
校門前にいたマスコミ陣は、誰もいなくなっていた。
学園長が水面下で動いてくれていたのであろう。
◇
部活から帰宅する。
オレは自宅の居間でTVを見ている。
そこにはオレの顔写真が映し出されていた。
TVの見出しには『史上最年少でサッカーオリンピック代表候補に選ばれた、野呂コータ君の正体とは⁉』と書いてある。
夕方のニュース番組の中の、スポーツコーナの時間だ。
コーナでは学園から公式に発表された、オレの情報がいくつか紹介されていた。
名前や年齢と血液型。
小学生の時の経歴。
顔写真と部活サッカーをしている映像。
顧問の先生のインタビューも流されていた。
(学園に取材に来させない代わりに、こんな情報公開をしていたのか……)
これは全部、学園長が用意して、マスコミ陣に提出した物である。
視聴者が知りたい情報をキッチリとまとめていた。
そのお陰でマスコミ陣も、学園前での取材を止めるのを了承したのであろう。
学園長はかなりの情報操作のやり手なのかもしれない。
「凄いね! お兄ちゃんがTVに映っているよ!」
「本当に凄いわね。私もママさん友だちに、コータのことを色々と聞かれたわ」
TVを一緒に見ながら、妹と母親も大喜びしている。
かなり恥ずかしいが、これも覚悟はしていた。
「でも、この写真のお兄ちゃん、なんか写りがイマイチだよね、ママ?」
「そうね、葵。寝癖もついて、変えて欲しいわね」
「本物のお兄ちゃんは、もっとカッコイイからね!」
学園が用意したオレの写真は、家族には不評である。
そういわれてみれば、確かに微妙な写真の選定。
明らか写りが悪い写真ばかりだ。
(もう少しカッコイイ写真にして欲しかったな……まあ、いっか)
もしかしたら、あの学園長の陰謀で、この変な顔の写真になったのであろうか?
そういえばマヤのことで、オレに釘を刺してきたし。
だがオレは気にしないことにした。
何しろ、こんな写真一枚だけで、学園での騒動を止めてくれたのだ。
マヤの父親には感謝しかない。
「そういえばコータは、代表の練習で忙しくなるのか?」
「とりあえずは明後日の金曜日に、合同練習があるみたいだよ、お父さん」
同じくTVを一緒に観ていた父親に、今後のスケジュールについて説明しておく。
日本サッカー協会の担当者からの連絡で、明後日に練習があるという。
高校は公休扱いなるので、オレは参加する予定だった。
「お兄ちゃんの代表の練習? 葵も見に行きたい!」
「でも葵は学校があるだろう?」
「あっ、そうか? エヘヘヘ……葵も頑張らないとね」
葵は隙あらば、オレのサッカーの観に来ようとする。
でも中学生はまだ義務教育だから、ちゃんと勉強もしないといけない。
この辺の葵は相変わらず子供っぽい。
(それにしても、いよいよオリンピック代表チームの皆と合同練習か……楽しみだな……)
オリンピック代表チームは、A代表と並ぶ特別な存在。
オレはワクワクしながら、当日に備えるのであった。
◇
それから二日が経ち、金曜日がやってきた。
代表として初の練習に参加する日である。
「改めまして、皆さん。ボクは野呂コータと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
練習開始前のミーティング。
日本代表の練習場の施設である、ミーティングルームにやってきた。
オレは全メンバーの前で、自己紹介をする。
何しろ自分は最年少での参加者。
常に低い姿勢から、礼儀正しくいかないといけないのだ。
「そう、固くなるな、野呂コータ」
「今日からはオレたちは同じ代表メンバーだ。年齢は関係ないから、リラックスしていこうぜ」
そんなオレに向かって、代表メンバーの人たちは暖かい反応で迎えてくれた。
(おお、みんないい人だ! サッカーが上手いのに、性格もいい人だなんて、聖人の集まりか、ここは!)
そんな暖かい反応に、オレは感動する。
ここだけの話……『ケッ。高校生のガキがまぐれで代表に来るんじゃねえぞ!』みたいな反応も覚悟していた。
だが、そんな辛辣な態度をする選手は、ここにはいなかったのである。
「えー、挨拶はそこまでにしておけ。これからミーティングを始める。代表召集の経験者も多いと思うが、全員が改めてメモしておけ」
「「「はい!」」」
オリンピック代表のヘッドコーチから、指示が飛んでくる。
いよいよ、オレのオリンピック代表としての活動が、スタートするのである。
最初は頭を使ったミーティングから。
オレはミーティングルームの一番前の席について、メモ帳を取り出す。
◇
専門の講師が登壇して、第一講座がスタートする。
(ふむふむ……最初は代表としての心構えか……)
ミーティングは意外な内容からスタートした。
まずは専門家によるメンタルな講義。
オリンピック代表メンバーとしての、今後の注意事項などが教えてくれた。
(なるほど。たしにかオレは今後、日本代表として恥ずかしくない行動をしないとな……)
講義を聞きながら、オレは一生懸命にメモをとっていく。
今までのオレは、普通の一般高校のサッカー部員として生きてきた。
だがTVで発表された今後は、日本国民が注目してくる。
サッカーの練習中やプレイ中は、真面目にするのはもちろんのこと。
外出する時も、ちゃんとしなければいけない。
それこそ近所のコンビニ行く時も、だらしない態度は出来ないかもしれない。
オレも気を付けないと。
◇
実りある第一講座が終わり、第二講座に移る。
(次はコンプライアンス的な講義か……)
コンプライアンス講義とは法令や社会規範、倫理を代表選手として遵守することである。
サッカーは世界中で愛されている、ビッグスポーツ。
そのために色んな問題が発生する場合がある。
サッカー賭博問題やドーピング問題、肖像権問題、脱税問題など、世間を騒がせる時もある。
また選手による暴言や侮辱的言動、差別的言動、政治的な発言で、世界中で問題なった事件もあった。
だからコンプライアンス講習では、そういった事例を交えて勉強していく。
(たしかにドイツでも、サッカーは色んなコンプライアンスなことがあった……)
講習を受けながらオレは、F.S.V時代を思い出す。
あの時も入団後に、コンプライアンス含めた多くの講習を受けた。
特にヨーロッパは厳しくて、オレも契約書にサインしながら勉強していた。
海外のトップクラスの選手ともなれば、その発言力は政治家以上に注目されてしまう。
サッカー選手は個人事業主として、気を付けることが多々あるのだ。
オレは日本的なコンプライアンスの注意事項を、一生懸命に学んでいく。
◇
第二講座が終わり、最終講座に移る。
(ん? 次で最後の講習かな? 最後はマスコミ対応の講習か……)
ミーティングの最後は、マスコミ対策の注意事項であった。
受け答えの実例や、その心構えなど事細かく、教えてもらう。
(たしかにプロのサッカー選手は、マスコミの取材を受けることが多いからな……)
プロの試合ではスタジアムを去る前に、選手たちはマスコミ陣から取材を受ける。
これはTVを観ているファンに向けたサービスの一環。
だから負け試合の直後でも、選手たちは出来る限り取材に応じなければいけないのだ。
(これはオレの今回は大丈夫そうだな)
オレにはマスコミの取材は無いであろう。
先日の代表発表の直後は、マスコミ陣が学園まで押し寄せていた。
だが今はすっかり沈静化している。
何しろオレはまだ高校1年生。オリンピック代表でも控えメンバーなはず。
だからマスコミ陣に取材を受ける心配もないのだ。
でも一応はちゃんとメモしておく。
◇
「ミーティングは以上になります。この後は練習場で、全体練習をする」
あっとう間に代表ミーティングが終わる。
これからは身体を動かす時間。
オレの楽しみにしていた代表メンバーとの練習の時間が、いよいよやってきたのだ。
「ちなみに今日の練習は、マスコミ向けに公開練習となっている。先ほどの講習の内容を各自忘れずに!」
「「「はい!」」」
おお、今日はマスコミ公開練習の日なのか。
きっと第二次発表の直後だから、公開するのであろう。
マスコミの人たちの目当ては、代表のレギュラー組やエースの人たちであろう。
何しろ彼らの話題は日本中が注目している。
まあ、オレには関係ない話だから、大丈夫であろう。
そんな軽き気持ちで、オレは初の練習に挑むであった。
◇
(なんだ、このカメラとTVカメラの数は⁉)
だがオレのお気楽な予想は外れた。
おびただしい数のカメラのレンズが、練習中のオレに向けられているのだ。
「おい、コータ。あまり気にするな」
「あっ、はい。ありがとうございます。でも、なんで、あんなにボクの方に……」
「それはお前が日本サッカー史上初の、現役高校1年生のオリンピック代表だからな」
「ああ、なるほどです」
一緒にパス練習している代表メンバーの人が、小声で話しかけてきた。
オレのことを心配してくれている。
それによると、今日のマスコミの目当ての多くは、オレだという。
(まさか、こんなオレに専門家たちが、ここまで注目するとはな……)
前回の校門前のマスコミ陣は、いわゆるワイドショー的な人たちだった。
だが今日のマスコミは色んな人たちがいる。
サッカー専門雑誌やサッカー専門番組など、専門的な会社の腕章を付けた人もいた。
中には引退した元Jリーガーも取材に来ている。
あとでオレもサインが欲しい有名人だ。
(とにかく、それだけ来年のオリンピックは……サッカー日本代表は注目を浴びているんだな……)
来年の大阪オリンピックは数十年ぶりの日本開催。
だから国民の注目も高いのであろう。
そんな国民の情報の飢えを癒すのが、彼らマスコミや専門取材陣なのだ。
(よし。いち読者であるオレも、頑張らないと!)
サッカー専門誌やTV番組は、オレも大好きである。
前世と今世でも、本当にお世話になっていた。
だから今日は恩返しのつもりで、練習を頑張ることにした。
今のオレに出来ることは、一生懸命に練習することだけなのだ。
(それに代表メンバーとの練習は、学ぶことが多いから、本当に楽しいな!)
練習しながらオレは、終始に渡って感動していた。
ここにいるメンバー24名は、全員がハイレベルな能力の人たちばかり。
コーチ陣も日本の最先端の専門家が勢ぞろい。
そんな彼らと練習していることが、オレには何よりの宝物の時間。
最高に幸せな時間だったのだ。
「よーし、頑張っていくぞぉお!」
興奮しすぎたオレは、気合いの声を上げる。
練習場に変な間で響き渡る。
あわわ……これは恥ずかしい。
ちょうど練習の合間の静かなタイミングに、オレは大声で叫んでしまったのだ。
◇
『現役高校生サッカー日本代表、野呂コータ。練習初日から奇声を発する⁉ 大丈夫か、日本代表⁉』
次の朝のスポーツ新聞に、そんな見出しが載ってしまった。
(とほほ……今度から気を付けなと……)
こうしてオレは不本意な見出しで、全国デビューするのであった。