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第115話:学園長

 オリンピック代表候補に突然選ばれた次の日。

 校内放送で呼ばれたオレは、学園長室に向かった。


「し、失礼します。高等部1年1組の野呂コータです」

 

 分厚い木製の扉をノックして、学園長室に入っていく。


 学園の最深部にあるこの部屋に入るのは、初めてのこと。

 恐る恐る足を踏み入れていく。


「……キミが野呂コータか?」

「は、はい、そうです!」


 学園長室には一人の大人がいた。

 50代くらいの年齢で、立派なヒゲをはやした、高そうなスーツを着た威厳ある人。

 きっと、この人が学園長なのであろう。


「そのソファーに座りたまえ」

「はい、失礼します」


 指示に従ってソファーに座る。

 かなりフカフカで豪華な感触がした。


「私がこの学園の学園長だ」

「どうも、はじめまして。ボクは野呂コータと申します!」


 やはり、この人が学園長さんで正解だったのか。

 対面のソファーに座った学園長と、互いに自己紹介をしあう。


 学園長はかなりの威厳があるな。


「あの……今回はボクのことで、学園に迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!」


 話題をふられる前に、オレは先に頭を下げて謝る。


 自分も知らなかったこととはいえ、突然オリンピック代表に選ばれてしまったこと。

 そのため学園の校門前にマスコミ陣が殺到。


 一般生徒や学園に、多大な迷惑をかけてしまったことを謝罪する。


「謝るだと? 野呂コータ君、キミは代表に選ばれることを知らなかったのだろう? だったら謝る必要はない。」

「でも、マスコミ陣の方が、学園の校門の前で……」

「ああ、あれか? あの程度なら問題はない」


 驚いたことに、学園長は特に怒っている様子はなかった。

 むしろ余裕の笑みを浮べて、オレのことをなだめてくれる。


 もしかしたら怖そうな見た目に反して、かなりいい人なのかもしれない。


「校門前のマスコミ陣も、私の方で対策をしておく。明日には消えているだろう」

「えっ、明日には……ですか?」

「ああ。私はマスコミ関係にも顔が利くのでね」


 学園長の目が鋭く光る。

 ちょっと怖い感じも秘めた、怪しい光。


 というか、マスコミ関係に力を及ぼすとは、どういうことだろう?


「うちのマヤ……MAYAマーヤも芸能の世界にいる。その関係だ。怪しいことではない」

「マヤの……あっ、そういえば!」


 この学園には世界の歌姫であるMAYAマーヤが在籍している。

 彼女は世界的な大ヒットを飛ばしている超有名人。


 だから学園長はマスコミ対策にも慣れているのであろう。


(そういえば、この人はマヤの実のお父さんだったな……)


 マヤは学園のご令嬢である。つまりこの学園長の実の娘。


 クラスメイトの情報通の話によると、彼女の所属事務所の社長は、この父親が兼任しているという。

 だから学園長は業界にも、絶大な影響力をもっているのであろう。


「そういえば野呂コータ君。キミの今後のサッカー関係のスケジュールは?」

「えーと、今後は日本代表のスケジュールを中心に、動いていく必要があるみたいです……」

 

 学園長に今後の自分のスケジュールを説明していく。


 昨夜、日本サッカー協会の担当者から電話があった。

 その時に今後の流れについて、簡単に説明があったのだ。


「今後のボクは、けっこう練習や海外遠征や試合が多いので、授業は休みがちになるかもしれません……」


 オリンピック代表のメンバーのスケジュールは、平日と週末も関係なく組まれている。

 だからオレもオリンピックが終わるまでは、授業に出られない日が多くなる。


「でもボクとしては、出来ればこの学園を辞めたくありません。レポート提出も出す覚悟はあります!」


 日本の高校では出席日数によって、進級ができない場合が多い。


 オレはオリンピック代表を全力で頑張る。でも高校生活も同じくらいに頑張りたかった。

 その想いを学園長に伝えていく。


「野呂コータ君。キミの4月からの半年間の高等部での成績を、見させてもらった。これによると、かなり好成績みたいだね?」

「あっ。はい、ありがとうございます。恐れ入ります」


 机の上の書類を見ながら、学園長は褒めてくる。


 オレは表では謙遜するが、内心では申し訳ない感じだった。

 何しろオレは前世の記憶を持っている。

 そのため高校くらいの勉強は楽勝なのだ。


「これによると当校の1年生では、学年で総合1番の成績か。先月の全国テストでも、全国でもトップクラスの成績だな。サッカーだけではなく、勉強にも優れているのだな、キミは?」

「はい、ありがとうございます。ちょうど運が良かっただけかもですね……あっはっはっは……」


 学園長の更なる褒め言葉を、笑ってごまかす。

 何しろ全国トップクラスの結果を出せたのは、前世の記憶のお蔭なのだ。


(前は勉強ばかりしていたからな……)


 前世のオレは小学生4年の時に、事故で右足と家族を失った。

 だから中高時代は、死に物狂いで勉強をしていた。


 社会に出た時に独り立ちするために、勉強だけが頼りだった。

 そのお陰で勉強の成績は、全国クラスだったのだ。


(でも、次のテストでは、目立たないように気を付けないとな……)


 前世の知識でズルはいけない。

 次からのテストでは、ほどほどの成績になるように調整しよう。


「野呂コータ君。キミは心配しているが、当学園はキミを応援するつもりだ」

「えっ? 応援ですか?」


「ああ、そうだ。オリンピック代表に専念できるように、出席日数の方も公休扱いで配慮しておこう」

「えっ、公休扱いですか? 学園長、ありがとうございます!」


 学園長からのまさかの言葉であった。


 なんとオレが日本代表関係で学校を休んでも、全て公休扱いにしてくれるという。

 つまり自分で学習しておけば、無事に2年生に進学できるのだ。


 こんな特別な配慮をしてくれる、学園長には本当に感謝しかない。


「あっ、でもなんで、こんなにボクのことを……」


 同時に疑問が浮かび上がってきた。

 何で、ここまでオレに配力してくれるのであろうか?


 この学園はサッカーに関しては、それほど力を入れていない。

 どちらかといえば野球部の方に力を入れている。


 その証拠に野球部には、大きな第一グラントが整備されていた。

 一方でサッカー部は学園の奥地にある、第2グラウンドが当てられている。

 かなりの奥地にあるので、サッカー部以外は近づかない秘境でいつも練習していた。


 そのため『学園長はサッカーがあまり好きではない』という噂があるのだ。


「私はサッカーのことは嫌いではない」

「えっ……?」

「むしろ逆だからこそ、自らの学園のサッカー部には手を出せずにいたのだ」


 学園長からの意外な答えであった。


 もしかしたら学園長もサッカーをやっていたのかな?

 サッカーのことを語る時の優しい瞳を見て、オレは何となくそう思う。


「ごほん……話がズレてしまったな。今日の話はこれで終わりだ。授業に戻って勉強に励みたまえ、野呂コータ君」

「はい、ありがとうございます! 学園長!」


 咳ばらいをして学園長は、威厳ある顔に戻る。


 とにかく話をまとめると、学園長はいい人だった。

 そしてオレは学業もしつつ、オリンピック代表にも専念できることになったのだ。


「そういえば最後にいいかな、野呂コータ君?」

「はい、なんでしょうか?」


 部屋を去る前に、声をかけられた。

 いったい何のことだろう?


「最近キミは、うちの娘……マヤと仲良くしてくれているらしいね?」

「マヤとですか? はい、クラスメイトとして仲良くしています」


 いきなりマヤの話をふられたので、オレは正直に答える。

 彼女とはクラスメイトとして、普通に狂してでも会話をしていると。


 マヤはクールで感情を表に出さない。

 でも話をすると、意外といい子である。


 あとサッカー部のグラウンドにも、たまに試合を観に来てくれていると。

 その試合の後にも、話しはしていると説明する。


「なるほど、そういうことか……最近うちのマヤが少し変わったのは、そのせいか。監視の者の報告のとおりだな」

「えっ、監視の……ですか?」


 いきなり怖い言葉でてきた。


 そう言えば世界的な歌姫のマヤには、マネージャー……監視役が密かについているという。

 噂でクラスメイトに扮した者、教師や一般人に紛れた複数いる……と聞いたことがある。


 ほ、本当にいたんだ。


「ここから先は学園長ではなく、私個人の言葉だ。マヤはようやく授かった大事な一人娘。私は父親として、娘のマヤに近づく害虫は全て駆除する覚悟がある」

「が、害虫ですか……」


 オレは唾をごくりと飲み込む。


 何故なら前に彼女に絡んでいた、あの上級生3人。

 彼らはいつの間にか学園を去り、家族ごと東京から引っ越した……という噂があった。


 もしかしたら……。


「野呂コータ君、キミには期待している。だから今後も娘に近づく時は、細心の注意を払いたまえ」

「は、はい、善処いたします……」


 学園長の目が鋭く光り、そこで話は終わる。

 オレは唖然としながら、学園長室を後にするのであった。


(学園長……マヤのお父さんは、かなり過保護なのかな……)


 先ほどの言葉は、本気の警告であった。

 でも、それも仕方がないのかもしれない。


 何しろ彼女はまだ16歳の女の子。

 世界的な歌姫とはいえ、その中身は普通のか弱い女の子なのだ。


 特に芸能界は普通と違う世界だと、聞いたことがある。

 学園長は父親として、大事な娘を守るために必死なのであろう。


 だからあんなにも過保護なのかもしれない。


(まあ、マヤとは普通のクラスメイトの関係だから、オレは大丈夫だな。よしっ! とにかくオレはこれでサッカーに打ち込めそうだな!)


 学園長から有り難いバックアップをいただいた。

 サッカー部の皆にも暖かい言葉も貰った。

 あと昨夜は家族からも、お祝いと応援の言葉をもらった。


 最後にクラスメイトは……これは学園長のサポートもあるので、クラスメイトたちは何とかなるであろう。


「よし。今度の合同練習に向けて頑張っていこう!」


 今度の週末には代表チームの練習があると、連絡を受けていた。


 こうしてオレはオリンピック代表に、全力で参加できることになったのだ。


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