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第113話【閑話】ヘッドコーチの話

《オリンピック代表ヘッドコーチの話》


 今は日本サッカー協会の大事な会議中。

 俗にいうサッカーオリンピック委員会である。


「では最後の議題に移ります。内容はオリンピック代表選手の選考についてです」


 会議の中で、本日の最大の案件にはいる。

 来年の大阪オリンピックに向けて、次の二次代表メンバー24名を決めないといけないのだ。


「2次はこのメンバーでいきたいと思います」

 

 委員会メンバーに、選手リストを公開する。

 会議室のスクリーンに、選手名の一覧が映し出されていく。


「なるほど、このメンバーか……」

「無難だな……」

「だが現状ではベストだといえるな……」


 私が選考したメンバーについて、委員から次々と意見が出される。

 最近のJリーグでの調子や、国際試合での結果などが協議されていく。


 基本的にはサプライズ選考はなく、誰もが納得するメンバーであった。


「ん? よく見たら、23名しかないぞ?」

「そう言われてみてば……」

「残り一人は誰だ……?」


 委員会メンバーたちがザワつく。

 その反応も無理はない。


 何しろ私が提出した名簿は23名しかいない。

 代表メンバー24名には1名足りないのだ。


「最後の1名は少し特殊なので、別枠で説明します。では、スクリーンをご覧ください」


 とある選手のデータをスクリーンに映す。

 名前と顔写真、生年月日、所属チーム、過去の経歴などである。


「野呂コータ……だと? 聞いたことがない選手だな?」

「J3あたりの選手か?」

「いや、待て……生年月日をよく見ろ……」

「バカな……現在16歳……高校1年生だと⁉」


 その選手のデータの異様さに、委員会メンバーも気が付く。

 先ほどまで静かだった会議室は、一気にザワツキ始める。


「それに所属が、東京都のタマ学園高等部サッカー部だと? 全国大会でも、聞いたことがないぞ?」

「添付資料によると……バカな……去年は都大会で1回戦敗退のチームだぞ⁉」


 彼の所属するサッカー部のデータを見て、委員会メンバーは更にヒートアップしていく。


 全国大会で優勝するような名門のサッカー部の所属なら、まだ話は分かる。

 だが都大会の1回戦で敗退するチームに、誰もが驚愕していたのだ。


「しかも中学生の時の経歴が、何だこれは?」

「ドイツ留学していたみたいだが、サッカーに関しては空欄になっているぞ⁉」


 あのセレクションの後に、私はかなり調査した。

 だが野呂コータの中学時代の経歴は、その一切が謎に包まれていた


 もしかしたらドイツ時代は、名の知られていない小さなジュニアユースのチームにいたかもしれない。


「小学生時代の所属は……リベリーロ弘前ひろさきだと?」

「このチームは聞いたことがあるな。たしか全国大会で4連覇して、話題になっていたな?」

「ああ、そういえば。しかし、ジュニア時代の経歴など、眉ツバものだぞ……」

「たしかに。現に野呂コータという名前は、記憶にありませんな……」


 委員会メンバーは更にザワついていた。

 この反応も、ある程度の予測はしていた。


 私も調べて驚いたが、野呂コータは小学生の時は、かなり有名なチームにいた。

 だがそんな有名なチームに所属していた選手は、日本中にはごまんといる。

 委員会メンバーの反論はもっともだ。


「なぜ、こんな選手を大事な代表メンバーに⁉」

「ああ、そうだんぞ! 大阪オリンピックはワールドカップ以上に大事なんだぞ⁉」

「我が国は絶対に結果を出さねばらなないのに⁉ どういうつもりだ⁉」


 委員会メンバーは興奮状態に陥っていた。

 その怒りの矛先は、責任者である私に向けられてきた。


 このままでいけば私の解任問題に発展しかねない状況。

 母国開催のオリンピックの重圧と責任は、それほどまでに大きいのだ。


「皆さんの驚きも十分承知しています。そこで最後に、この映像をご覧下さい」


 今回の件で委員会メンバーが激怒するのは、予測していた。

 だから私は添付資料を用意していた。


 その映像をスクリーンに映し出す。


「これは先日のセレクションでの、代表チームとの試合の映像です……」


 映し出したのは試合の映像。

【現オリンピック日本代表 VS 昨日のセレクション合格者11名】

 の試合の記録である。


「おい……あのセレクション組の14番は……?」

「ああ、凄いな……こんな選手が日本にいたのか……?」

「凄いぞ……現代表組が子ども扱いされているぞ……」


 年老いているとはいえ、委員会メンバーは全員が元プロサッカー選手。

 ひと目での映像の中のある選手の、その異質さに気が付く。


「この14番は、どこのクラブの選手だ……?」

「こんなユニフォームはJ3でも、見たことがないぞ……?」


 委員会メンバーの興味はどんどん加速していく。

 スクリーンで輝いてプレイしている14番に、いちサッカーマンとして惹かれているのだ。


「これで納得していだけましたか?」


 そのタイミングを見計らって、私は映像を止める。


 もっと見ていたそうな委員会メンバーたちに、静かに問いかけるのであった。


「おい、まさか、この14番が……?」

「はい、野呂コータ君です」


 満面の笑みで委員会メンバーに答える。

 この笑顔も事前に練習していた。


「そんな馬鹿な……こんな選手が高校生だと⁉」

「いや、それより、こんな選手が日本にいたのか……」

「ああ、そうだな……」


 委員会メンバーは言葉を失っていた。

 先ほどの衝撃を、どう説明していいか言葉にならないのだ。


「では、最後の24人目は、彼、野呂コータ君でいきたいと思います……」


 その衝撃を利用して、私は会議を進めていく。

 相手のひるんだ隙を狙うのは、会議もサッカーも同じなのだ。


「彼はまだ若い高校生です。そのため試合出場に関しては、最大限の注意を払っていきたいと思います。まずは控えの選手としての登録。国際試合でのデビューは、状況を見ながら現場で対応していきます……」


 最後に補足説明をしていく。

 委員会メンバーの不安も取り除く必要もある。これも会議のテクニックだった。


 そのままの勢いでメンバー選考に対して、最終決議をとる。

 もちろん誰の反対もなく、満場一致で賛成をしてもらった。


(ふう……やれやれ……無事に通ったか……)


 これでオリンピックの第二次メンバーが、無事に決まったのである。



 心臓に悪い委員会が、無事に終わった。

 委員会メンバーが退出した会議室で、私は後片付けをする。


「ん?」


 会議室に一人だけ残っている委員会メンバーがいた。

 彼は無言で、先ほどの映像を観ていたのだ。


「興味があるんですか、澤村さん?」


 その委員会メンバーの名は澤村ナオト。

 元は横浜マリナーズのエースだった有名選手である。

 引退した後は自分で会社を立ち上げ、実業家としても大成功した人だ。


 サッカー協会とはしばらく距離をとっていたが、数年前から急に戻ってきていた。

 戻ってきたサッカー協会でも、数々の成功を収めていく。


 今では日本サッカー協会の若手グループの代表格。

 今年度なってから委員会メンバーになるほどの、実力の持ち主である。


「ああ、少しだけな。それにしても、あの時の子供ガキが、面白い選手に育っていたな」

「えっ? 彼を……野呂コータを知っているんですか? 澤村さんは?」


 意外な言葉に思わず聞いてしまう。

 

 そういえば……先ほどの会議でも、この澤村ナオトだけは不思議が反応だった。

 

 野呂コータの名前を発表した時も、ただ一人だけ静かに見ていたのだ。

 他の委員会メンバーは、あんにも驚いていたのに。


「知り合いだと? まあ、うちのヤツの永遠のライバルってヤツだな」

「うちのヤツって……まさか澤村さんの息子さんの、あのヒョウマ君の⁉」


 日本サッカー界の若手の中で、一番話題になっている選手がいる。


 それは若干16歳にして、今季のイタリアのユベトスFCで大活躍している選手。

 澤村ヒョウマ……つまり、この澤村氏の実の息子である。


 はっきりいって澤村ヒョウマは、今の日本サッカー選手の中でも別格の才能の持ち主。

 将来の日本サッカーを背負って立つ逸材である。

 


 本来なら澤村ヒョウマも、オリンピック代表に召集したかった。

 だがユベトスFCのスケジュールの関係上、今は難しかったのだ。


「あのヒョウマ君とライバルとは……どういう意味ですか?」


 澤村ナオトは冗談を口にするタイプではない。

 つまり彼は野呂コータに関して何か知っているのであろう。


 おそらくは謎に包まれた、ドイツ時代の野呂コータについて。

 これは是非とも聞きださなければいけない。


「さあな。ガキ同士のことは、親には分からん。じゃあ、お先するぜ」

「あっ、待って下さい……」


 だが澤村ナオトは何も説明せずに、会議室を立ち去ってしまった。

 こうなったどうしようもない。


 あの男は掴みどころのない性格をしている。

 無理に追っても、今は何も話してくれないであろう。


「野呂コータか……」


 誰もいなくなった会議室で、私は一人つぶやく。


 突如として現れた、凄まじいテクニックをもった高校生。


 あの澤村ナオトも昔から注目していた存在。


 そしてユベトスFCで活躍する澤村ヒョウマが、ライバルとして認めている者。 


「まさか……な」

 

 そして予感するのであった。


 あの高校生がこれからオリンピック代表に……いや、日本のサッカー界に大きな衝撃を与えてくれそうな予感を。


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