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第112話:身体と技のバランス

 セレクションの翌日の日曜日になる。

 昨日に引き続き、今日もセレクションが行わる。

 U-22オリンピック代表チームとの練習試合があるのだ。


 ちなみに『U-22オリンピック日本代表』とは……“日本サッカー協会によって編成される22歳以下のサッカーのナショナルチーム”である。

 来年の大阪オリンピックが23歳以下まで出場できないので、前年度の今年はU-22という呼び方になる。


 一般の人にはちょっと面倒くさい呼び方になるが、簡単に説明すると

『オリンピック年に日本でサッカーをしている23才以下の人たちの中で、一番凄い選手のチーム』がオリンピック代表チームなのだ。



「いやー、凄いメンツだな……本当に、凄いな……」


 そのオリンピック日本代表の正規メンバーが今、オレの目の前に立っていた。

 これからサブ候補のオレたちと、ガチの練習試合が行われるのだ。


 だが感動のあまりオレは『凄い』しか言っていない。


「おお、アノ方は……そして、あちらの方は……」


 今は練習試合の直前。

 目の前に整列しているのは、現オリンピック代表チームの11人。

 サッカーオタクであるオレは、もちろん彼ら代表の名前と顔を知っている。


 彼らはオレの5、6歳上のJリーガーたち。

 彼らは各クラブのエースであり有名人。

 前世でいち視聴者だったオレも、この方々の活躍をTVで観て熱狂していた。


(いや……まさか本物のオリンピック代表の選手に会えるとは……これは鼻血が出そうだな……)


 そんな未来の有名人たちが、22歳の若さで、オレの目の前に降臨していた。

 サッカーオタクだったオレに、興奮するなと言うのが、無理な注文である。


(そうだ。今日は絶対に色紙にサインをしてもらわないと!)


 オレはいつもかばんに、サイングッツを入れていた。

 いきなり有名なサッカー選手に会った時の対策である。


(さすがに練習試合中は、サインを貰うのはマズイよな? 試合が終わってから、サインを貰おう!)


 オリンピック代表の全メンバーと会えるなんて、一生に一度しかない大チャンス。

 どんな手段を使っても、代表20人の方々の個人をサインがゲットするぞ。


 これはオレにとって人生の楽しみであり、今日の練習試合よりもある意味で重要なのだ。



「それでは練習試合を始めるぞ。ルールは本番と同じでいく」


 オレがそんな妄想をしていたら、ヘッドコーチの挨拶がある。

 おっと、気持ちを切り替えないと。

 いよいよオリンピック日本代表との練習試合が始まるのだ。


「事前に両チームに伝えていたように、この試合の動きによっては、場合によってはオリンピック日本代表メンバーの入れ替えもある。両チーム、気合を入れていけ!」

「「「はい!」」」


 ヘッドコーチのそのひと言に、全員が過剰に反応する。

 かなりの気合いの入れようであった。

 

 ちなみに、これから行う練習試合は


【現オリンピック日本代表 VS 昨日のセレクション合格者11名】


 の対戦である。


 昨日ヘッドコーチの説明にあったように、セレクション組から合格者は4名だけ。

 

 だが場合によっては“昨日のセレクション合格者11名”の中から、更に5名以上のオリンピック日本代表に昇格する者が出る。

 逆にオリンピック日本代表から落選する者も可能性もあった。


 だから両チームの全員が、凄まじく気合が入っていたのだ。


 まあ……何故かセレクション合格した、普通の高校生のオレには関係ない話であろうが。


「ヘッドコーチ、ちょっといいですか?」

「どうした?」

「噂に聞いたのですが、彼は……高校生ですよね?」


 オリンピック代表の一人が不思議そうな顔で、ヘッドコーチに尋ねる。

 “彼”と指を刺した先にいるのは、もちんオレがいた。


「ああ、たしかに彼は高校1年生で16歳だ。だがオリンピック代表U-22は規定により、22歳以下であれば問題ない」


 ヘッドコーチは冷静に返答していた。

 このやり取りは5年前のU-15のトレセンでも、何度か聞いたような気がする。


 もしかしたら、あの時のマニュアルが、今も日本サッカー協会に浸透しているのかもしれない。


「おい、今のを聞いたか……高校1年生だと……」

「半年前まで中坊だったヤツだぞ……」

「そんなヤツがオリンピック代表候補だなんて、今まで聞いたことがないぞ……」


 ヘッドコーチの説明に、対戦相手の代表メンバーはざわつく。

 何しろ日本サッカーの歴史の中で、現役高校生がオリンピック代表に選ばれた歴史はない。

 代表メンバーがざわつくのも無理はない。


(この反応も久しぶりだな……みなさん毎回申し訳ないです……)


 オレは心の中で謝罪をする。


 むしろ、自分が何故この場に立っているのか、オレの方が逆に不思議だった。

 昨日のセレクションで合格したのも、未だに信じられないのだ。


「こいつを普通の高校生だと思わない方がいいぞ」

「ああ、そうだな。こいつ……野呂コータは、普通の高校生じゃないぞ」


 そんな代表メンバーに対して、ひと言物申している人たちがいた。

 彼らはオレと同じセレクション合格者の10名。

 昨日のセレクションではミニゲームで敵味方に別れ、共に汗を流したJリーガーだった。


「このコータは昨日のセレクションでも、圧倒的に存在感を出していたぞ」

「6歳下だと思って舐めていたら、一瞬で抜かれちまうぞ」

「昨日オレたちも、手も足も出なかったからな」


 彼らはオレのことを推してくれていた。

 なんか知らないけど、昨日のオレとのミニゲームのことを凄く認めてくれているのだ。


「なんだと⁉ こんな身体の線が細い奴が……?」

「お前たち現役Jリーガーを……?」

「信じられないな……?」


 彼らの言葉に、代表メンバーは驚いていた。

 そして、あっけに取られているオレに、みんなは視線を向けてくる。


 この場にいる両軍の全選手とコーチ陣の視線が、オレ一人に集中していた。


「よく分かりませんが、ボクは普通の高校生なので……でも、全力でプレイするので、今日はよろしくお願いします!」


 注目されていたオレは、思わず宣言する。


 自分のプレイの評価は、自身ではよく分からない。

 だからオレにできるのは、一生懸命にプレイすること。

 サッカーを楽しむことだけなのだ。


「野呂コータの言う通りだな。よし。では、スタートするぞ。はじめ!」


 ヘッドコーチから開始の合図がある。

 こうして不思議な緊張感の中、オリンピック代表との練習試合が始まるのであった。



(おお! やっぱり、オリンピック代表の人たちは、凄いな!)


 練習試合が始まっていた。

 試合をしながらオレは、終始感動していた。


(これが22歳以下の若手で、日本最高峰の人たちのプレイか! 凄い!)


 対戦相手はオリンピック代表のために集められて精鋭たち。

 現役Jリーガーでもある彼らは、凄まじい戦闘力を持っていた。


 昨日のセレクション組の人たちとは、またレベルが一段階上の凄さがあるのだ。


(こんなにハイレベルの人と戦うのは久しぶりだな……)


 こんなに興奮するのはF.S.Vにいた時いらい。

 オレはドイツにいた時も、かなりハイレベルな世界で戦ってきた。


 だが、日本代表の誇りをかけてプレイする世界は、また違う空気の世界である。

 誰もが日本代表として。クラブ代表としての意地とプライドをかけていたのだ。


(よし、オレも精いっぱい頑張ろう!)


 こんな素晴らしい緊張感の中でプレイできるのは、もう二度とないかもしれない。

 だからオレも一生懸命に試合に臨む。


 相手は格上のオリンピック代表チーム。

 だが怯むことなく、どんどん挑んでいく。


(おお? なんか身体がどんどん軽くなっていくぞ? プレイのキレも?)


 プレイしながら凄いことが起きてきた。

 自分の身体に異変が起きてきたのだ。


(これはF.S.V時代の全盛期の力?)


 自分自身で自覚してきた。


 高校生になっていてから、意識的に抑えていた枷が完全に消滅していたことに。

 ドイツ時代で無理して蓄積していた疲労も、全て消えていたことに。


 昨日よりもさらに調子がいい。

 今のオレは完全に100%のプレイが、出来るようになっていたのだ。


(いや、あの時以上の力が溢れてきたぞ⁉ これは凄いな!)


 高校に入学してから半年間近く、気持ちに枷をかけた鍛錬をしてきた。

 それから解放されたことにより、今まで以上の力が漲っている。


 初めて経験する高校生時代の自分の力……本気の力に、自分自身で驚愕する。


(この感覚は凄い! それに楽しい!)


 新しい感覚は不思議な感じだった。

 自分の身体は羽のように軽いのに、プレイには鋭いキレがあった。


 周りの人たちのプレイが、360度の全方位に渡って認識できる。

 なおかつ味方や敵が、次にどんなプレイをしたいのか、何となく感じるようになっていたのだ。


(これは身体の成長と、自分の技がようやくマッチした感じなのかな?)


 今までのオレは、年齢にそぐわない鍛錬を積んできた。

 ここだけの話、習得した技や感覚が、実際の身体に付いてこられない時も多々あった。


 だが16歳になったオレは、身体の成長期をほとんど終えている。

 骨の成長も伸びきっており、身長も前世よりも3cmも高い、173cmまで大きくなっていたのだ。


 サッカー人生10数年目にして、ようやく技と感覚が、肉体と合流した感じだった。


(うん、これは面白い! これがサッカーか!)


 プレイしながら終始に渡り感動する。

 ボールを蹴りながら、ドリブルしながら笑みがこぼれてきた。


 ただ直線を駆けるだけや、相手のマークを瞬時に外したりするだけでも楽しかった。


(こんなに楽しいのは、初めてボールを触った以来かもしれないな? 本当に楽しいや!)


 あまりの楽しさにオレは我を忘れる。

 今は何のための練習試合なのかも、分からなくなるほど、熱中してボールを追いかけた。


 オレは幼稚園時代のように、無我夢中でボールを蹴っていたのだった。



「ピピー!」


 いつの間にか90分が経っていた。

 

 本当にあっとう間の90分だ。


(今日は本当に楽しかったな……本当に楽しかったな……)


 その日の練習試合の結果は、よく覚えていない。


 いつのまにか解散して、オレは帰路についていた。


 気がついたらランニングしながら家に帰宅していたのだ。


(また、あんな楽しい試合がしたいな……)


 帰宅してから覚えているのは、今日の練習試合が本当に楽しかったこと。


 あっ。あと、試合後の誰もが不思議な表情をしていたこと。

 チームメイトと対戦相手の人たちが、あっけに取られていたような表情をしていたことだった。



 次の日になり1週間が始める。

 月曜からは、またいつもの高校生活に戻っていた。


 朝6時から学校のグランドで朝練。

 その後は授業を真面目に受ける。


 午後の最終授業を終えたら、部活の時間。

 オレは前と変わらず、部活のみんなと楽しい練習の時間を過ごしていた。


「おっ、今日は夕方に発表があるんだな!」


 そんな1週間後の日曜日。

 今は部活の練習が終わり帰宅した夕方6時。


 サッカーオタクであるオレは、とあるニュースが気になっていた。


「オリンピック代表チームのメンバーは、誰が選ばれるのかな?」


 今日の日本サッカーの話題は、オリンピックサッカーに染まっていた。

 オリンピックのアジア予選を戦う、第二次選手の発表がTVでされるのだ。


「オレ的には、あの選手かな? いや、あっちの選手も監督の戦術向きかな?」


 家のTVの前で、オレは予測を口にする。

 こうした代表メンバーの予測は、サッカーオタクにはたまらない幸せな時間。

 誰が次のメンバーに選ばれるか、考えることが楽しいのだ。


「いやー、コータの予測は、今回ばかりは外れるじゃないかな?」

「そうかな、パパ? 今回もボクが勝たせてもらうよ!」


 野呂家のTVの前には、家族4人が勢ぞろいしていた。

 日本代表メンバーの予想に関しては、いつも父親と予想勝負をしている。


(特に今回の予想には自信がある……何しろ1週間前に、実際にみんなのプレイを見てきたからね!)


 オリンピック代表のセレクションに参加してきたことは、家族にも伝えてある。

 そんな訳で今日の野呂家はテンションが高い。


「おお、いよいよ発表だ!」


 オリンピック日本代表の監督が、記者会見の席に出てきた。

 紙を見ながら、オリンピック代表の第二次発表をしていく。


(うん、うん……今のところは、妥当な線だな……)


 発表を聞きながら、TVの前のオレは頷く。

 今はサプライズ人事の発表はない。


 先週までの20名の代表メンバーが引き続いて、名前が呼ばれていた。

 それに加えてのセレクション組からの3名も、上手い順に選ばれている。


『では24人目、最後のメンバーを発表します……』


 オリンピック代表の本戦は規定により18人。

 だが1年近く続く予選は、24名の選手で戦っていく。


 今までの23人目までサプライズはなく、妥当なメンバーが呼ばれていた。

 だが最後の一人を前にして、監督は言葉を止める。


 おお、これは!

 もしかしたら、サプライズ人事の予感が⁉


 きっと、あの時のセレクションのメンバーの中から、誰かがサプライズ選ばれるのであろう!


 これもオレの予測通り。

 このままでいけば見事に的中しそう。


 パパ、悪いけど、今回はオレが勝たせてもらったよ!


『えーと、最後の代表メンバーは、東京都のタマ学園高校の1年生……野呂コータ。以上の24名がオリンピック代表の候補メンバーです』


 えっ?


 ん?


 TVからよく分からない名前が聞こえてきたぞ……。


 いや、名前自体は、よく聞いたことがある。


 ふう……お茶を飲んで、少し冷静になって考えてみよう。


 東京都のタマ学園高校……それはオレがいる高校の名前だ。


 そして1年の生徒の中に、野呂コータという同姓同名はいない。


 消去法で確定だ。


「えっ? つまり……?」


 そこでオレは、ようやく事態を理解した。


 いや、でも、まさか、このオレが……?


「コータ、日本サッカー協会のお偉いさんからの電話だぞ!」


 父親の携帯に電話がかかってきていた。

 日本サッカー協会のオリンピック代表の担当者からの電話だという。

オレは携帯電話を持っていないかから、セレクションの後に父親の番号を提出していたのだ。


(そんな……本当に、このオレが……)


 オレの考えたメンバー予想は、見事に外れた。


 何故ならオレ自身に、人生で最大のサプライズが起きたからである。


(オレがオリンピック代表に⁉)


 こうしてオレはオリンピック代表に選ばれたのであった。


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