第111話:久しぶりの解放
世代別で別れている日本サッカーの代表の中で、特別なチームが二つある。
一つ目はワールドカップを目標とする日本A代表チーム。
そして、もう一つはオリンピックサッカー日本代表である。
オリンピック代表チームはその名の通り、4年に1度開催されるオリンピックのための特別な存在。
日本サッカー協会によって編成される、日本のサッカーのナショナルチームである。
オリンピックは世界のスポーツの祭典であり、経済効果は30兆円以上。まさしく国をあげた一大イベントともいえる。
特に日本人にとってオリンピックは特別な存在。
昔はサッカーワールドカップより、オリンピックサッカーの方が盛り上がっていた時代もある。
そして来年のオリンピックの開催地は日本の大阪。
数十年ぶりに母国開催となるオリンピック代表チームは、ワールドカップよりも注目を浴びているのだ。
◇
(まさか、今回のセレクションが、あの大阪オリンピックの代表チームへの追加メンバーセレクションだったとは……)
そんな重要なセレクションに参加するとは思わず言葉を失う。
(でも、なんで普通の高校生のオレが、オリンピックのセレクションに参加を? あっ、そうか、ゲードさんから招待を受けて……)
あまりのことに混乱しまくっていた。
今までの経緯を思い出しながら、冷静さを取り戻していく。
(それにしても、実績がないオレが、何で選ばれのかな? やっぱりゲードさんは一体何者なんだろう……?)
冷静になって周りを見渡し、今回のセレクションに参加するメンバーの凄さに気が付く。
参加メンバーの全員が現役のJリーガーだった。
23歳以下というオリンピックの制限はあるが、全員がプロのJリーガーなのだ。
(学生で参加しているのは、オレ一人だけだよな……やっぱり)
ユニフォームのチーム名を観察しても、大学生の参加も一人もいない。
参加者は全員が大人であり、プロの選手ばかりなのだ。
(こうして冷静に見ると、将来有名になるJリーガーがほとんどだな……)
オレは前世のサッカーの記憶がある。
その記憶の中の選手名鑑を検索していく。
今回一緒にセレクションを受けるのは、有名な選手ばかりだった。
そんな選手たちと一緒に整列していることに、だんだんと興奮してきた。
先ほどまでは参加者が同じ高校生生だと、勘違いしていた。
だから周りの人たちの凄さに気がつかなかったのだ。
「改めて伝えておくが今回のセレクションでは、昨日までの諸君のプロとしての実績は考えない。現時点でのポテンシャルの高さだけを評価する。だから、全員にオリンピック代表のチャンスがある!」
「「「はい!」」」
ヘッドコーチの言葉に、参加者たちのボルテージは更に上がっていく。
今回参加しているのはJ1の選手もいれば、J2やJ3の選手もいる。
だがオリンピック代表の選定の基準は、クラブでの肩書や実績ではない。
つまりJ3の選手も大躍進で、オリンピック代表に選ばれる可能性があるのだ。
(それにしても、やっぱり何でオレが呼ばれたのな? まあ……とにかく経験だと思って頑張ろう!)
まだ高校1年生なオレが、合格する可能性はゼロに等しい。
だから精一杯にプレイすることにした。
(こんなに凄いメンバーとサッカー出来るなんて、夢のようだから……今日は楽しまないとね!)
何事も前向きさと経験である。
こうしてオリンピック代表のサブメンバーを選ぶセレクションに、オレは挑むのであった。
◇
「よし。ではミニゲームはじめるぞ!」
ヘッドコーチの号令で、いよいよセレクションがスタートとなる。
形式としてはランダムで8人1チームを、4チーム作る。
それをリーグ戦のように、総当たりのミニゲームで戦わせていく。
リーグ線が終わったら、またメンバーをランダムで変えていく選定スタイルだ。
(これは小学5年の時のU-15や、F.S.Vの入団テストと同じよう感じだな)
セレクションでは短い時間で、個人の能力を見る必要がある。
だから毎回、同じようなテストになるのであろう。
ランダムで選ばれているので、チームの勝ち数は関係ない。
あくまで個人のプレイを評価するための試験なのだ。
よし。オレも頑張っていかないと!
「おい、あっちのチームに、さっきの高校1年がいるぞ……」
「ああ。これは初戦から、もうけたな……」
ん?
最初のミニゲームの対戦相手から、何やら聞こえてきた。
かなりの小声であるが、オレはサッカーに関しては地獄耳。
全部聞こえている。
オレの対戦相手のチームの人は、何やら喜んでいる。
一方でオレと組まされたチームの人たちは、内心でため息をついた。
(ああ、なるほど。そういうことか……でも、この反応も仕方ないか。何せ、オレは皆よりも6歳も年下だかな……)
参加しているJリーガーは、ほとんどが22才か21歳である。
これは来年のオリンピックのサッカーの規定が23歳以下。
だから経験あるギリギリの年齢のプレイヤーばかりなのだ。
(たしかに、オレも自分のチームの中に、6歳も年下の小学生がいたら……ビビるよな……)
特にオレは日本ではまったく無名の高校生。
敵味方のこの反応も仕方がない。
「野呂コータといいます! 皆さん、よろしくお願いします!」
だがオレは腐ることはしない。
どうせサッカーするのなら、精いっぱいに頑張っていきたい。
勝ちやセレクションに合格するのは二の次だった。
「よし、はじめ!」
審判役のコーチの笛が鳴る。
いよいよ、セレクションがスタートするのであった。
◇
1試合目のミニゲームがすすんでいく。
オレの最初のポジションは守備役だった。
(おお、やっぱりみんな上手いな! さすがは現役のJリーガー様だな!)
ミニゲーム中、オレは感動しまくりだった。
何しろ現役のJリーガーたちと一緒にプレイするのは、今回が初めて。
人生で初めての経験に、終始に渡って感動する。
(ドイツリーグとはタイプは違うけど、今の日本の若手の選手たちも、みんな技術が高いな……)
オレが3月までプレイしていたのは、ドイツの2部リーグ。
彼らと比較しても、セレクションメンバーの技術力は高かった。
特にパスやドリブルなどの技術は、かなり高い方である。
(さすがオリンピックのサブ候補のセレクションに選ばれるだけあるな……)
ここに集まった選手たちは、22歳以下の日本の中でも選ばれた精鋭たち。
更にここにいない他の正規オリンピック正規代表の24人がまだいる。
オリンピックセレクションは国の威信をかけて戦う、戦士たちの集合体なのだ。
(いやー、そんな凄い人たちと、一緒にプレイできるのは楽しいな!)
ミニゲームをプレイしながらも何度も感動に浸る。
たとえオレが選ばれなくても、この同じ空気を供給できただけでも貴重な経験。
この機会を与えてくれたゲードさんに、感謝しかない。
(ん? ん? それにしても、さっきから、変な感じだな……)
試合をしながら、ふと気が付く。
ミニゲームを開始した時から、何とも言えない違和感があった。
言葉ではなんとも上手くいえない。
何というか……いつもと違って、オレが周りとの連携が、誤差があるのだ。
こんなのはサッカーをしていて、初めての経験である。
(原因は何だろう……? あっ、そうか!)
その時である。
プレイ中に、あることに気が付く。
(そうか、このミニゲームでは、オレは本気と全力を出してもいいのか⁉)
違和感の原因はオレにあった。
何故なら高校のサッカー部でオレは、いつも自分自身に枷をつけてプレイしていた。
部のチームメイトの実力に合わせて、自分のポテンシャルを3割くらいに抑えていたのだ。
(周りの皆さまはプロのJリーガーだから、今日は抑える必要がなかったな……はっはっは……忘れていたな!)
彼らは日本の若手の中でトップクラスの選手たち。
今日は枷をつけてプレイする必要はない。
オレごときが本気を出しても、ちゃんと反応してくれるはずだ。
(よし。前回の山多高校との試合より、今日はもう少し多く出そう……)
先週の青森山多高校との試合でも、オレはかなり力を解放した。
その時は開放が久しぶりだったので、後半で7割くらいの力を瞬間的に出していた。
(今日はとりあえず8割くらいの力でいいかな?)
いきなり本気の全力を出すのは、少し怖い。
F.S.Vの大きな試合の後みたいに、身体に支障がくる危険性がる。
でも8割くらいの全力なら、今でも大丈夫であろう。
徐々にギアを上げていく感じだ。
「よし、いくぞ!」
思い立ったが吉日。
ミニゲームの最中、オレは力を解放させる。
これは幼稚園時代からコツコツ培ってきた基礎力。
F.S.Vの3年間、プロとの対決で鍛えあげた技と力。
高校の5ケ月、枷で鍛えてきた新しい力。
そして、転生してから鍛錬を積んできた力を解放していく。
「おっし! いくぞぉお!」
気合が前に出て、思わず声が出る。
相手がプロでも構わない。
オレができるのは全力のプレイだけ。
「な、なんだ⁉」
「14番の高校生の動きが⁉」
突然のオレの動きに、敵チームは戸惑う。
そして味方ですら、戸惑っている。
「今だ!」
味方のその迷いも利用して、オレは敵を抜き去っていく。
そして、そのまま一気にゴールを決める。
「おお、入った! よかった!」
自分でシュートして、思わず感動する。
予想以上に自分の身体が、鋭く動いてくれたのだ。
(これでも最大の時の8割くらいかな?)
正直なところ久しぶりに全力を出したので、まだ身体がついていかなった。
F.S.V時代の最高潮の時の力を出すには、もう少し慣れが必要かもしれない。
「よし、ドンドンいきましょう!」
オレはボールを持ってスタート地点に戻す。
すぐにプレイを再開したかった。
今のオレは本気でサッカーが出来ることに歓喜していたのだ。
(このままでいけばF.S.Vの最高潮の時より良いプレイが、いずれは出来そうかな?)
高校のこの5ケ月間で、身体のケアは無事に終わっていた。
更に加えてドイツ時代よりも、全体的にパワーも付いている。
そのお陰でF.S.V時代では出来なかったプレイが、ドンドンできそうな気がするのだ。
(よーし、せっかくのセレクションを楽しまないとね!)
今日のチームメイトと対戦相手は、日本の若手のトップクラスの選手たち。
だから胸を借りるつもりでプレイしていこう。
(当たって砕けろ……そして、チャレンジ精神だね!)
こうしてオレはセレクションのミニゲームに、どんどん挑んでいくのであった。
◇
そしてセレクションが開始してから2時間が経つ。
ピピー!
「よし、今日のセレクションは終了だ!」
ヘッドコーチから合図があった。
時間があっとう間に経ち、いつの間にかテストが終わっていたのだ。
最初と同じように、全員が集合する。
「次に番号を呼ばれる者は、明日も参加できる。では呼ぶぞ……」
ヘッドコーチは評価表を確認しながら、13名の番号を呼んでいく。
その中にオレの14番の番号もあった。
ん?
もしかしたらオレは下手だったから、明日は別メニューになっちゃうのかな?
それには他の選手たちが発表にザワザワしている。
オレのことを見ながらビックリしていた。
一体どうしたんだろうか?
そういえば数年間のセレクションの時も、こんなシチュエーションがあったような。
「知っている者が多いが、この13名は明日、日本オリンピック代表と練習相手になってもらう」
おお!
明日から合流してくる日本オリンピック代表。
なんとオレは彼らと練習が出来るのだ。
まさかの事態にオレは驚く。本当にビックリした。
ん?
まてよ。
前にも、こんな事があったようが気がするぞ。
つまり、ということは……
「この13名の中で明日の試合で活躍した者から、日本オリンピック代表のサブメンバーを決める」
ああ、やっぱりそうか……。
こうしてオレは日本オリンピック代表のサブメンバー候補……13名に残ってしまったのだ。