第109話:怪しげなお願い
青森山多高校との練習試合から1ヶ月が経ち、8月になっていた。
全国の高校生は、楽しい夏休みに入っている季節。
だがオレたち高校サッカー選手にとっては、サッカー三昧の日々だ。
今も試合がちょうど終わったところである。
「よっしゃぁああ!」
「やったな、みんな!」
試合後のロッカールーム。
部の先輩たちが叫んでいた。
それは歓喜の雄たけびであり、勝利の余韻である。
オレも着替えながら、一緒にその余韻に浸っていた。
「まさかオレたちが東京予選の3回戦を、突破できるとはな……」
「ああ、そうだな……去年までの初戦敗退じゃないんだな、オレちは……」
先輩たちが歓喜するのも無理はない。
先ほど自分たち勝利した試合は、全国高校サッカー選手権の東京予選の3回戦。
激戦の末に強豪校を倒し、10月の4回戦まで駒を進めることができたのだ。
(先輩たちが喜ぶのも無理はないか。東京は激戦地区だからね……)
喜ぶ先輩たちを眺めながら、オレも感慨にふける。
日本一の大都市である東京予選は、数百校のサッカー部が参加しているので、全国的に激戦地区。
自分が住んでいた青森とは、サッカー人口の規模が違うのだ。
「3回戦突破できたのも、コータのお蔭だな……」
「ああ、そうだな……」
いきなり先輩たちの話題が、オレに飛んできた。
「ボクのお蔭ですか? いやー、ボクは普通に楽しく、練習をしているんですが……あっはっはっは……」
急に先輩たちに褒められると、照れてしまう。
頭をかいて謙遜する。
(恥ずかしいけど、みんなが喜んでくれてよかったな……)
青森山多高校との試合の後半、オレはかなりの本気を出してプレイをした。
最大ポテンシャルの70%位を出してしまった。
そのため部のみんなにはあの試合以降に、自分の実力の半分くらいがバレてしまった。
だから先輩たちもオレのことを褒めてくれているのだ。
「それにしても、コータが、あのリベリーロ弘前のレギュラー選手だったとはな……」
「ああ、そうだな。小学生の時に全国大会を連覇したメンバーの一員だったとはな……」
先輩たちが話をしているように、オレは自分のサッカー歴について全部話をした。
リベリーロ弘前で一応はレギュラー選手だったことを。
あとドイツではF.S.Vに所属していたことも話していた。
「それにしても、コータのドイツは……」
「おい、待て。ドイツの話は、可愛そうだから、コータの前では控えようぜ……」
「ああ、そうだったな……そっとしておいてやろうぜ」
だが残念ながら、F.S.Vの特別契約で選手になっていたことは、誰も信じてもらえなかった。
何でもネットでいくら検索して、オレの名前が見つからないらしい。
しかもこの時代の日本では、ドイツリーグはマイナーな扱い。
日本の高校生にとっては、3部や2部に至っては興味がない存在なのかもしれない。
(でも、これで良かったのかもしれないな?)
むしろオレはほっとしていた。
何しろ中学生でありながら、ドイツリーグの大人の試合に出ていたのは、普通ではあり得ない。
それに部の皆に特別扱いされるのも、少し恥ずかしいからだ。
「とにかく、コータのお蔭で今年のオレたちは好調だ!」
「ああ、そうだな。この後の10月の4回戦も頑張ろうぜ!」
「よし、帰るぞ!」
いつの間にか先輩たちの着替えは終わっていた。
雑談も終わり、皆はぞろぞろと帰宅していく。
「あっ、ちょっと……待って下さい、みなさん!」
置いていかれないようにオレも、急いで着替えることした。
この後、いつものようにランニングで家まで帰宅となる。
今日の試合会場からは、1時間くらいはかかるので急がないと。
「よし、帰りの準備はOKだな!」
着替えも終わったので、試合会場の出口に向かう。
帰り道も迷わないように、気を付けないといけないな。
「コータ……」
そんな時、出口で女の子に声をかけられる。
「あっ、マヤ! 試合を観に来てくれていたんだね!」
声をかけてきたのはクラスメイトのマヤこと、歌姫のMAYAだった。
今は夏休みなので私服を着ている。
少し前から彼女はサッカーに興味をもっていた。
今日の試合も観に来てくれていたのであろう。
「今日は仕事がオフだった。だから観に来た。来週は無理かも」
「そっか……マヤは忙しそうだもんね」
彼女は現役高校生でありながら、超売れっ子の歌手である。
そのため平日でも仕事で学校を休みがち。今は夏休みなので特に忙しいのであろう。
「お仕事だから」
そう答えるマヤは、少しだけ疲れた表情だった。
あまり表情を出さない子だから、これは珍しい。
「そういえばサッカーの楽しさは、なにか感じたかな?」
「今日の試合、なんか感じた。でも理由は自分でも、よく分からない」
何故かマヤはサッカーの魅力について模索している。
最初の頃は全く面白さを感じでくれなかった。
でも先月の山多高校との試合から、少しずつ変化があった。
今日の試合も何か感じてくれたらしい。
「おお、なんか感じたんだね! 凄い一歩だね、マヤ!」
これはオレも嬉しい変化であった。
自分たちのプレイを見て、誰かが何かを感じてくれる。
サッカー選手として、これほど嬉しいことはない。
「次の大きな試合は10月かな? その時もぜひ観に来てよ!」
10月には東京予選の4回戦がある。
また成長したウチの部のプレイを見たら、また何か発見があるかもしれない。
「10月? 分かった。スケジュールがあえば」
マヤがなぜサッカーの魅力に関して、こうして模索しているか分からない。
でも、少しずつ前進しているような気がして、オレも嬉しかった。
◇
「チョット、いいデスか?」
その時である。
更にオレに話しかけてきた大人がいた。
片言の日本語で、聞き覚えのある声である。
「ゲードさん!? どうして、こんな所に?」
振り向いた先にいたのは、サングラスをかけた外国のおじいちゃん……ゲードさんがいたのだ。
「チョウド、日本に来まシタ・エレナに聞いタラ、コータの妹が、コータが今日はココにいると教えてクレマシタ!」
「エレナ経由で葵が? なるほど、そういうことですか」
ゲードさんとドイツにいるエレナは知り合い。
そしてエレナと葵は、今でもメールで定期的に連絡を取り合っている。
だからゲードさんは今日、オレが試合している会場を知っていたのだ。
「コータ、元気そうデスネ!」
「はい、お蔭さまで。ゲードさんのお蔭で、ドイツで貴重な経験と、修行ができました。その節は本当にありがとうございました!」
オレがドイツに留学したのは、父親の仕事の都合。
だがF.S.Vに入団できたのは、このゲードさんの紹介状のお蔭である。
最初は騙された感じもあったけど、ドイツでの体験は本当に有り難かった。
そんなゲードさんには今でも感謝している。
「コータのドイツでのプレイ、私も見てイマシタ! 素晴らしかったデス!」
「えっ、ボクのドイツでのプレイも観ていたんですか、ゲードさん?」
「私はドイツ人ですカラ……はっはっは!」
お世話になったゲードさんは、F.S.V時代のオレのプレイを見てくれていた。これは素直に嬉しかった。
ゲードさんはエレナと同じドイツ人。
サッカー好きのドイツ人として、3部や2部リーグを観戦していたのであろう。
「あとコータの先ほどの試合を見てマシタ! ドイツでのプレイと少し違いましたが、今日のアレは負荷イメージですカ?」
「負荷……そうですね。少し訳ありですが……あっはっはっは……」
高校時代のオレは、本来の力をイメージの負荷で抑えながらプレイしている。
これにはいくつかの理由がある。
一つはドイツ時代に酷使した身体をリフレッシュするため。
ウチの部のレベルに合わせて連携をとるため。
あと力をセーブしながらも、技と身体を鍛えていくためだ。
(それにしても、この秘密の負荷トレーニングにひと目で気が付くなんて、ゲードさんは一体何者なんだろう?)
そういえばゲードさんは謎の人物である。
・やたらサッカーのことに詳しくて、観察眼が鋭い。
・東南アジア大会の時は、サッカー関係者しか入れないトイレにいた。
・おじいちゃんなのに身体が鍛えられていた。
・F.S.Vへの特別推薦状を書いてくれた
・そういえばF.S.Vのオーナー令嬢のエレナと、どういう関係だったのであろう。
・あと見た目が派手すぎて怪しい。今日もアロハシャツとサングラス、麦わら帽子だ。
うーん、謎すぎる。
今まで考えてみなかったけど、本当に何者なでろうか?
一度ちゃんと聞いてみれば、いいんだろうけど。
ゲードさんは外国人で、片言の日本語しか話せない。
オレが質問した日本語で、ニュアンスが上手く伝わるかな?
(あれ? あっ、そうか! オレがドイツ語で質問すればいいのか!)
すっかり忘れていたが、オレはドイツ語を話せる。
それならドイツ語で質問すれば、ゲードさんともっと細かい意思疎通が可能。何者なのか失礼がないように聞けるのだ。
何者なにか聞いてみよう。
「コータ、アナタにお願いがアリマス。だから私は、今日ココにキマシタ!」
「えっ、ボクにお願いですか?」
逆にゲードさんからお願いをされてしまった。
こんな普通の高校生のオレに、いったい何の頼みであろうか?
「来週の土曜日、コノ紙の場所に行ってクダサイ!」
「来週に、この練習場にですか?」
ゲードさんから手渡された紙には、都内にあるサッカー練習場の名前が書かれていた。
時間は午後の2時だから、午前の部活の練習と被っていない。
「はい、大丈夫です」
ゲードさんには大きな恩しかない。
だがゲードさんの頼みは、波乱の匂いしかしない。
「でもゲードさん今回はいったい……何が?」
今のオレは高校生。
去年までの中学生とは違い、大人の対応でちゃんと事情を聞かないと。
今までのうっかりコータとは、ひと味違うことろをみせないと!
「コータ! サンキューです! それではヨロシクお願いシマス!」
「えっ? あっ? ゲードさん!?」
ゲードさんはいつの間にか立ち去っていた。
満面の笑顔でかなり遠くまでいる。
おじいちゃんなのに、何というダッシュ力。そして気配を消した動き!
やはりただ者ではないな、あのおじいちゃんは……。
「MAYAも、マタ会いまショウ!」
「うん。また」
ゲードさんは遠くから、オレの隣にいたマヤに声をかける。
そしてマヤもそれに答えた。
「えっ、マヤもゲードさんと知り合いだったの⁉」
「うん。最近、仕事関係で」
そうか仕事関係で最近知り合ったのか。
どういう仕事関係なのか?
でも、これ以上は聞かない方がいいかも。
売れっ子の歌姫クラスになると、かなり厳しい仕事の守秘義務とかありそうだ。
(それにしても、来週の土曜日に、何があるのかな……?)
ゲードさんから謎のお願いをされた。
練習場に集合ということは、もちろんサッカー関連であろう。
(何だろう……ワクワクするけど……ドキドキするな……)
こうしてオレはゲードさんの謎のお願いを受けることにしたのだ。