表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/157

第109話:怪しげなお願い

 青森山多あおもりやまた高校との練習試合から1ヶ月が経ち、8月になっていた。

 全国の高校生は、楽しい夏休みに入っている季節。


 だがオレたち高校サッカー選手にとっては、サッカー三昧の日々だ。

 今も試合がちょうど終わったところである。


「よっしゃぁああ!」

「やったな、みんな!」


 試合後のロッカールーム。

 部の先輩たちが叫んでいた。

 それは歓喜の雄たけびであり、勝利の余韻である。


 オレも着替えながら、一緒にその余韻に浸っていた。


「まさかオレたちが東京予選の3回戦を、突破できるとはな……」

「ああ、そうだな……去年までの初戦敗退じゃないんだな、オレちは……」


 先輩たちが歓喜するのも無理はない。

 先ほど自分たち勝利した試合は、全国高校サッカー選手権の東京予選の3回戦。

 激戦の末に強豪校を倒し、10月の4回戦まで駒を進めることができたのだ。


(先輩たちが喜ぶのも無理はないか。東京は激戦地区だからね……)


 喜ぶ先輩たちを眺めながら、オレも感慨にふける。

 日本一の大都市である東京予選は、数百校のサッカー部が参加しているので、全国的に激戦地区。


 自分が住んでいた青森とは、サッカー人口の規模が違うのだ。


「3回戦突破できたのも、コータのお蔭だな……」

「ああ、そうだな……」


 いきなり先輩たちの話題が、オレに飛んできた。


「ボクのお蔭ですか? いやー、ボクは普通に楽しく、練習をしているんですが……あっはっはっは……」


 急に先輩たちに褒められると、照れてしまう。

 頭をかいて謙遜する。


(恥ずかしいけど、みんなが喜んでくれてよかったな……)


 青森山多高校との試合の後半、オレはかなりの本気を出してプレイをした。

 最大ポテンシャルの70%位を出してしまった。


 そのため部のみんなにはあの試合以降に、自分の実力の半分くらいがバレてしまった。

 だから先輩たちもオレのことを褒めてくれているのだ。


「それにしても、コータが、あのリベリーロ弘前のレギュラー選手だったとはな……」

「ああ、そうだな。小学生の時に全国大会を連覇したメンバーの一員だったとはな……」


 先輩たちが話をしているように、オレは自分のサッカー歴について全部話をした。

 リベリーロ弘前で一応はレギュラー選手だったことを。


 あとドイツではF.S.Vに所属していたことも話していた。


「それにしても、コータのドイツは……」

「おい、待て。ドイツの話は、可愛そうだから、コータの前では控えようぜ……」

「ああ、そうだったな……そっとしておいてやろうぜ」


 だが残念ながら、F.S.Vの特別契約で選手になっていたことは、誰も信じてもらえなかった。

 何でもネットでいくら検索して、オレの名前が見つからないらしい。


 しかもこの時代の日本では、ドイツリーグはマイナーな扱い。

 日本の高校生にとっては、3部や2部に至っては興味がない存在なのかもしれない。


(でも、これで良かったのかもしれないな?)


 むしろオレはほっとしていた。

 何しろ中学生でありながら、ドイツリーグの大人の試合に出ていたのは、普通ではあり得ない。

 それに部の皆に特別扱いされるのも、少し恥ずかしいからだ。


「とにかく、コータのお蔭で今年のオレたちは好調だ!」

「ああ、そうだな。この後の10月の4回戦も頑張ろうぜ!」

「よし、帰るぞ!」


 いつの間にか先輩たちの着替えは終わっていた。

 雑談も終わり、皆はぞろぞろと帰宅していく。


「あっ、ちょっと……待って下さい、みなさん!」


 置いていかれないようにオレも、急いで着替えることした。


 この後、いつものようにランニングで家まで帰宅となる。

 今日の試合会場からは、1時間くらいはかかるので急がないと。


「よし、帰りの準備はOKだな!」


 着替えも終わったので、試合会場の出口に向かう。

 帰り道も迷わないように、気を付けないといけないな。


「コータ……」


 そんな時、出口で女の子に声をかけられる。


「あっ、マヤ! 試合を観に来てくれていたんだね!」


 声をかけてきたのはクラスメイトのマヤこと、歌姫のMAYAマーヤだった。

 今は夏休みなので私服を着ている。


 少し前から彼女はサッカーに興味をもっていた。

 今日の試合も観に来てくれていたのであろう。


「今日は仕事がオフだった。だから観に来た。来週は無理かも」

「そっか……マヤは忙しそうだもんね」


 彼女は現役高校生でありながら、超売れっ子の歌手である。

 そのため平日でも仕事で学校を休みがち。今は夏休みなので特に忙しいのであろう。


「お仕事だから」


 そう答えるマヤは、少しだけ疲れた表情だった。

 あまり表情を出さない子だから、これは珍しい。


「そういえばサッカーの楽しさは、なにか感じたかな?」

「今日の試合、なんか感じた。でも理由は自分でも、よく分からない」


 何故かマヤはサッカーの魅力について模索している。

 最初の頃は全く面白さを感じでくれなかった。


 でも先月の山多高校との試合から、少しずつ変化があった。

 今日の試合も何か感じてくれたらしい。


「おお、なんか感じたんだね! 凄い一歩だね、マヤ!」


 これはオレも嬉しい変化であった。

 自分たちのプレイを見て、誰かが何かを感じてくれる。

 サッカー選手として、これほど嬉しいことはない。


「次の大きな試合は10月かな? その時もぜひ観に来てよ!」


 10月には東京予選の4回戦がある。

 また成長したウチの部のプレイを見たら、また何か発見があるかもしれない。


「10月? 分かった。スケジュールがあえば」


 マヤがなぜサッカーの魅力に関して、こうして模索しているか分からない。

 でも、少しずつ前進しているような気がして、オレも嬉しかった。



「チョット、いいデスか?」

 

 その時である。 

 更にオレに話しかけてきた大人がいた。

 片言の日本語で、聞き覚えのある声である。


「ゲードさん!? どうして、こんな所に?」


 振り向いた先にいたのは、サングラスをかけた外国のおじいちゃん……ゲードさんがいたのだ。


「チョウド、日本に来まシタ・エレナに聞いタラ、コータの妹が、コータが今日はココにいると教えてクレマシタ!」

「エレナ経由で葵が? なるほど、そういうことですか」


 ゲードさんとドイツにいるエレナは知り合い。

 そしてエレナと葵は、今でもメールで定期的に連絡を取り合っている。


 だからゲードさんは今日、オレが試合している会場を知っていたのだ。


「コータ、元気そうデスネ!」

「はい、お蔭さまで。ゲードさんのお蔭で、ドイツで貴重な経験と、修行ができました。その節は本当にありがとうございました!」


 オレがドイツに留学したのは、父親の仕事の都合。

 だがF.S.Vに入団できたのは、このゲードさんの紹介状のお蔭である。


 最初は騙された感じもあったけど、ドイツでの体験は本当に有り難かった。

 そんなゲードさんには今でも感謝している。


「コータのドイツでのプレイ、私も見てイマシタ! 素晴らしかったデス!」

「えっ、ボクのドイツでのプレイも観ていたんですか、ゲードさん?」

「私はドイツ人ですカラ……はっはっは!」


 お世話になったゲードさんは、F.S.V時代のオレのプレイを見てくれていた。これは素直に嬉しかった。


 ゲードさんはエレナと同じドイツ人。

 サッカー好きのドイツ人として、3部や2部リーグを観戦していたのであろう。


「あとコータの先ほどの試合を見てマシタ! ドイツでのプレイと少し違いましたが、今日のアレは負荷イメージですカ?」

「負荷……そうですね。少し訳ありですが……あっはっはっは……」


 高校時代のオレは、本来の力をイメージの負荷で抑えながらプレイしている。

 これにはいくつかの理由がある。


 一つはドイツ時代に酷使した身体をリフレッシュするため。

 ウチの部のレベルに合わせて連携をとるため。

 あと力をセーブしながらも、技と身体を鍛えていくためだ。


(それにしても、この秘密の負荷トレーニングにひと目で気が付くなんて、ゲードさんは一体何者なんだろう?)


 そういえばゲードさんは謎の人物である。


・やたらサッカーのことに詳しくて、観察眼が鋭い。

・東南アジア大会の時は、サッカー関係者しか入れないトイレにいた。

・おじいちゃんなのに身体が鍛えられていた。

・F.S.Vへの特別推薦状を書いてくれた

・そういえばF.S.Vのオーナー令嬢のエレナと、どういう関係だったのであろう。

・あと見た目が派手すぎて怪しい。今日もアロハシャツとサングラス、麦わら帽子だ。


 うーん、謎すぎる。

  今まで考えてみなかったけど、本当に何者なでろうか?


 一度ちゃんと聞いてみれば、いいんだろうけど。

 ゲードさんは外国人で、片言の日本語しか話せない。

 オレが質問した日本語で、ニュアンスが上手く伝わるかな?


(あれ? あっ、そうか! オレがドイツ語で質問すればいいのか!)


 すっかり忘れていたが、オレはドイツ語を話せる。

 それならドイツ語で質問すれば、ゲードさんともっと細かい意思疎通が可能。何者なのか失礼がないように聞けるのだ。


 何者なにか聞いてみよう。


「コータ、アナタにお願いがアリマス。だから私は、今日ココにキマシタ!」

「えっ、ボクにお願いですか?」


 逆にゲードさんからお願いをされてしまった。

 こんな普通の高校生のオレに、いったい何の頼みであろうか?


「来週の土曜日、コノ紙の場所に行ってクダサイ!」

「来週に、この練習場にですか?」

 

 ゲードさんから手渡された紙には、都内にあるサッカー練習場の名前が書かれていた。

 時間は午後の2時だから、午前の部活の練習と被っていない。


「はい、大丈夫です」


 ゲードさんには大きな恩しかない。

 だがゲードさんの頼みは、波乱の匂いしかしない。


「でもゲードさん今回はいったい……何が?」


 今のオレは高校生。

 去年までの中学生とは違い、大人の対応でちゃんと事情を聞かないと。


 今までのうっかりコータとは、ひと味違うことろをみせないと!


「コータ! サンキューです! それではヨロシクお願いシマス!」

「えっ? あっ? ゲードさん!?」


 ゲードさんはいつの間にか立ち去っていた。

 満面の笑顔でかなり遠くまでいる。

 おじいちゃんなのに、何というダッシュ力。そして気配を消した動き!

 やはりただ者ではないな、あのおじいちゃんは……。

 

MAYAマーヤも、マタ会いまショウ!」

「うん。また」


 ゲードさんは遠くから、オレの隣にいたマヤに声をかける。

 そしてマヤもそれに答えた。


「えっ、マヤもゲードさんと知り合いだったの⁉」

「うん。最近、仕事関係で」


 そうか仕事関係で最近知り合ったのか。

 どういう仕事関係なのか?


 でも、これ以上は聞かない方がいいかも。

 売れっ子の歌姫クラスになると、かなり厳しい仕事の守秘義務とかありそうだ。 


(それにしても、来週の土曜日に、何があるのかな……?)


 ゲードさんから謎のお願いをされた。

 練習場に集合ということは、もちろんサッカー関連であろう。


(何だろう……ワクワクするけど……ドキドキするな……)


 こうしてオレはゲードさんの謎のお願いを受けることにしたのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ