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第108話【閑話】青森山多高校サッカー部の監督の話

青森山多あおもりやまた高校サッカー部の監督の話》


 先週、我がサッカー部が東京に遠征に行った時、一人の異質な選手と出会った。


 その選手が在籍していたのは、東京のタマ学園の高等部のサッカー部……ここだけの話、関東の中でも弱小の部類に入るチームである。


 なぜ全国クラスの我がサッカー部が、そんなチームと対戦したか?

 それは当高校と先方の学園が姉妹学園を提携しており、年に一度は必ず交流試合を行うからである。



「今年も全力でいけ。今日も無失点で10点差以上がノルマだ」

「「「はい、監督!」」」


 そのタマ高校との練習試合の直前、私は2軍の選手たちに指示をだす。

 2軍とはいえ我が部のレベルは高い。

 他校でなら彼らはレギュラークラスのレベルにも通用する。


 だから姉妹校であるタマ高校相手でも、全力でプレイすることを必須とした。


 これは相手を舐めている訳でない。

 サッカーは真剣勝負。

 どんな相手でも手を抜かないのが、私の指導流儀なのだ。


(ん? 1軍の一部の連中が?)


 そんな試合前で、あることに気がつく。

 アップしていた当校の1軍の選手の数人が、相手のベンチの方に向かって行ったのだ。


(あれはリベリーロ組の連中か? 誰か知り合いがいたのか?)


 うちの部の中には、通称“リベリーロ組”という集団があった。

 ここ数年でできたグループ。

 簡単に説明すると小学生時代に、リベリーロ弘前というクラブに所属していた者たちのことだ。


 よく勘違いする者もいるが、私は特に悪い意味では使わない。

 何しろリベリーロ弘前出身は、全員が優れた選手として育っている。

 特にここ数年の彼らの活躍は素晴らしい。


 正直なところリベリーロ組のサッカー才能は、全国クラスに比べたら高くはない。

 良くて、中の上くらいであろう。


 だが彼らが特筆すべきは、その精神力。リベリーロ組は誰もが、たくましいメンタルを有しているのだ。

 そして自ら考えて動き、貪欲まで自主練に取り組んでいるのだ。


(タマ高に知り合いでもいたのか? それにしては、随分と盛り上がっているな……?)


 そんな彼らが会話をしていたのは、相手のタマ高の14番の選手。


 相手の選手と話ながら、リベリーロ組は笑い声を上げていた。

 いつもは真面目な彼らが、試合前にあんなに砕けているのを初めて見た。


 もしかしたら、元チームメイトであろうか?


 それにしては相手の14番は普通に見える。

 リベリーロ組と比べても身体は小さく、それほど上手い選手の雰囲気はない。


「おい、そこ! そろそろ、試合を始めるぞ!」


 おっと、そろそろ練習試合の時間だ。

 私はリベリーロ組に声をかける。


 今日は2軍しか出さないので、彼らの出番はない。ベンチで待機して、試合を見る勉強をしてもらうつもりだ。


 リベリーロ組はダッシュでこちらに戻ってきた。


「監督、少しよろしいですか?」

「ん? どうした、キャプテン?」


 1軍のキャプテンが声をかけてきた。

 彼も先ほどのリベリーロ組の一人。周りには、部のリベリーロ組が全員勢ぞろいしていた。


 物々しい雰囲気だが、いったいどうしたのであろうか?


「今日の練習試合に、私たち1軍も出してください!」

「タマ高との試合に、お前たちをだと?」


 キャプテンのお願いの意味が分からず、私は思ず首を傾げる。


 何しろタマ高のサッカー部のレベルは、高くはない。

 2軍ですら去年は10対0で圧勝した相手。

 キャプテンたち1軍が出ても、なんの経験値は得られないであろう。


 それなのに彼はどうして、こんなお願いをしてくるのであろうか?


「2軍だと、今年のタマ高には……負けてしまいます」

「2軍が負けるだと?」


 キャプテンの説明に、私はますます疑問が増える。

 もしかしたら、タマ高校は大幅に選手を増強していたのか?

 相手のベンチに視線を向けてみる。


 だが去年に比べて、強い選手が加入した雰囲気には見えない。

 タマ高独特の、和気あいあいとした雰囲気である。


「今年のタマ高には野呂コータが……14番がいます。だからオレたち1軍がベストメンバーで出ないと、危険です」

「14番……お前たちがさっき話しをして選手か? それほど上手い選手には見えなかったが?」


 私もサッカー指導者の端くれ。

 特に高校生くらいの年代の選手なら、ひと目でレベルが分かるようになっていた。


 それによると先ほどの14番は、よくて中の中くらいのレベルなはずだった。

 うちの部が警戒する相手ではない。


「監督。あのコータは……14番は一言で説明すると……ヤバイ相手です」


「そうです、監督! キャプテンの言うとおりです! コータは小学生の時から半端なかったです!」

「あいつが一人いるだけで、チームが別次元になるんですよ!」


 キャプテンの言葉を皮切りに、リベリーロ組がどんどん口を開く。

 14番の危険性を……いや、14番の素晴らしさを次々と口にする。

 まるで自分のことのように誇らしく、そして笑顔で説明してきた。


「あいつならたった3ヶ月間で、タマ高のサッカー部自体を変えている可能性があります!」

「オレたちも小学生時代みたいにな!」

「たしかに懐かしいな!」


 タマ高の14番……コータという選手が、どれほど凄いか。

 その影響力は尋常ではないと、次々と語り出す。

 

 彼らリベリーロ組がここまで興奮した姿は、私は初めて見た。


「お前たちの言い分は分かった。とにかく前半は予定通りに2軍を出す。もしも前半が終了した時点で、万が一……こちらが負けていたら、お前たち1軍を出そう」


 私は周りから“鬼監督”と呼ばれている。普段は選手たちとは、こんな私情の約束は交わさない。


 だが今日のリベリーロ組は明らかに尋常ではない。

 だから思わず、そんな約束をしてしまったのかもしれない。


「ありがとうございます、監督! よし、お前たち、作戦を練るぞ。前半のコータの動きを観察しながら、対策だ!」

「「「はい、キャプテン!」」」

 

 私の返事を聞いて、リベリーロ組は気合を入れていた。

 1軍全員を集めて、本気でミーティングを始める。


 こんなに真剣で、そして生き生きした彼らを、全国大会でも見たことがない。


 これもタマ高の14番……コータという選手が影響なのか?


(もしかしたら彼は本物なにか? このまま2軍で相手では?)


 その光景を見て、私は嫌な予感がした。



 45分後……その予感は現実のものとなる。


 前半を終えた時点で、なんとこちらが3対4で負けていたのだ。


(バカな……ウチの2軍が、あそこで抑え込まれとは……)


 休憩時間のハーフタイム。

 誰にも諭されないように、私は言葉を失う。


 去年は10対0で圧勝した相手に、今年は押されていたのだ。



 このまま後半も2軍のままでいけば、更に点差は開いてしまう。

 つまり我が部は負けてしまうであろう。


(タマ高がここまで勢いがあるのは、やはり、あの14番……コータという選手の影響か? だが、あの14番が前半で何をしていたか、見当もつかない⁉)


 キャプテンたちの言葉もあり、前半の私は相手の14番を特に注目して見ていた。


 だが彼に特に目立った動きはなかった。

 基礎はある選手だが、特別な選手には見えなかった。事前の私の見込みの通り、中の中の選手だった。


(だが、ウチの2軍はあの14番に、なぜあれほどボールを奪われたのだ⁉ なぜ、ボールがこぼれた先に、必ずあの14番がいたのだ⁉)


 改めて考えても、明確な答えが出ない選手だった。

 たしかに14番は不思議な動きをしていた。


 たとえるなら、敵味方の全ての選手の動きを、瞬時に予測して動いているかのように動いていたのだ。


 そんなことを普通の日本の高校生が……人間が出来るであろうか?


「監督、約束通りに後半はいいですか?」


 言葉を失っていた私に、キャプテンが尋ねてきた。

 試合前の約束通り、後半は1軍が出てもいいかと?


「ああ、そうだったな。青森男児に二言はない。だが私たちは常勝“山多高校サッカー部”……必ず勝て!」


 答えを見いだせないでいた私に、言えるのはそれだけだった。

 リベリーロ組との約束通りに、後半は選手を全交代することにした。


「ありがとうございます、監督! よし、お前たち、いくぞ!」

「はい、キャプテン!」


「よし、みんなで、コータに一泡ふかせてやろうぜ!」

「オレたちも成長したことを、あいつに見せつけてやろうぜ!」


 私の答えを聞いて、1軍の選手たちは意気揚々と駆け出していく。


 生き生きとしたその姿は、今までにないくらいに輝いていた。

 昨年に全国大会の覇者となった時にも、こんな眩しい表情は見せていない。


 それほどまでに元チームメイトの14番……コータという選手との対戦に、彼らは興奮しているのであろう。


(14番……野呂コータという選手が、うちの1軍相手に、どう動くかの……楽しみだな)


 この時の私も、敵である14番にワクワクしていたのかもしれない。



 それから後半45分間は、本当にいい試合であった。

 選手たちは本気でプレイをしていた。


 それでいて生き生きと、楽しそうにサッカーをしていた。

 本当に素晴らしいプレイを連発していた。


 ウチの選手が……1軍の選手が、そこまで素晴らしいプレイをしたのを、私は初めて見た。


 自分の監督の人生の中でも、ベストバウトの試合内容だったかもしれない。


 私は監督という役職を忘れるくらいに、45分間のその試合……野呂コータという選手に見惚れてしまっていたのだ。

 


 引き分けで終わったその試合から、数日が経つ。


(野呂コータ……中学生時代の彼のサッカーの記録は、やはり無いな)


 あれから毎日のように調べていた。

 野呂コータという選手の過去のデータについて。

 彼の不思議なプレイの謎の根幹について調べていた。


 だがデータとして出てくるのは、彼が小学6年生までの記録だけ。

 これはリベリーロ組に聞いた内容と同じである。


 一番知りたかった中学生時代の3年間が、どこにもないのだ。


 リベリーロ組の話では、野呂コータは親の都合でドイツ留学をしていたという。

 だが外国のサイトを検索しても、“野呂コータ”という記録は見つからなかったのだ。


(彼はいったい何者なのだろうか? おそらウチの1軍と戦った後半ですら、あの実力は本当ではないはずだ……)


 あの試合の後半。

 野呂コータは前半とは、まるで別人のようなプレイをした。


 自分で積極的にボールを動かし、得点をしていった。

 大げさな話をすると『あの試合で山多高校は、野呂コータひとりとギリギリ引き分けできた』のである。


 しかも彼はまだ本当の実力を出し切っていない。

 私の直感がそう告げていた。


(あんな高校生が……いや、あんな選手が、この日本にいたのか……)


 思い出しただけで背筋が寒くなる。

 それほどまでに異質なプレイヤーと戦っていたのだ。


「野呂コータ……彼がいたリベリーロか……よし!」


 ふと、私は出かけることにした。

 野呂コータという選手のことを、もっと知りたくなったのだ。

 そのために同じ県内にある、リベリーロ弘前の練習場を訪ねることにした。


「そういえばアイツもリベリーロで、コーチをしているはずだったな?」


 大学のサッカー部の同期が、今はリベリーロでコーチをしていると聞いていた。

 もしかしたら小学生時代の野呂コータのことを、知っているかもしれない。


 久しぶりに一緒に酒でも飲んで、何気なく聞いてみよう。

 野呂コータの話を聞けるのが、今から楽しみなってきた。


「ん? こんなにサッカーでワクワクしたのは、久しぶりだな?」


 自分のことを冷静に見て、苦笑いする。


 私は世間では“冷徹な鬼監督”と呼ばれている。


 だが、鬼監督である前に、いちサッカー人であり、サッカーバカな大人である。


「こんな気持ちを思い出したのも、野呂コータのお蔭か……」


 そして今は野呂コータという選手に魅了された、ファンの一人かもしれないのだ。


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