第107話:最強の守備陣
青森山多高校との練習試合が始まる。
先発出場のオレは、自分のポジションを確認していく
「ん?」
キックオフ直前、相手の選手が何やら小声で話をしているのに気が付く。
「おい。今年も前半から、ガンガンいくぞ……」
「ああ、そうだな。無失点で10点差以上のノルマがあるからな……」
相手とはかなり距離があったが、オレはサッカーに関しては地獄耳。全部聞こえていた。
なるほど。
相手は監督から、そういう指示が出ているのか。昨年の点差を考えたら、それの仕方がないノルマかもしれない。
(でも、それにしても。同じ高校生相手に、無失点で10点差以上の圧勝か……よし!それなら、それを逆手に取らせてもらおう!)
相手の作戦を聞いて、今日のこちらの試合のプランが決まった。
向こうは格下であるこちらに、常に攻めてきてくれるであろう。
だから逆にそれを利用する。
オレが要所でボールを奪って、カウンター攻撃。そのためにチームメイトの先輩たちの動きが肝になる。
「みなさん、相手にビビらずに、いつもように頑張って攻めていきましょう!」
「だが、コータ……ここだけの話の、相手はあの山多高校だぞ?」
「ああ、そうだぞ。守りを固めた方がいいぞ、コータ?」
これはいけない。
キックオフ前から先輩たちがビビッている。
これではオレがボールを奪っても、カウンター攻撃な成功しない。
困ったな……さて、どうしたものか?
あっ、そうだ。いいことを思いついたぞ!
「そういえ先輩の皆さん。今日も葵が応援に来る予定です。この2ヶ月間の朝練の成果を見せる時です!」
「なんだと、コータ? 葵ちゃんが来るのか?」
「それならオレたちもいいところを見せないとな!」
「ああ、そうだな。10点取られても、せめて1点くらいは取り返そうぜ!」
おお、よかった。どうやら、作戦は上手くいったぞ。
葵の名前を出したら、皆はやる気を出してくれた。
これで山多高校相手でも、いつのように前線に上がってくれるであろう。
(それにしても、相手は2軍とはいえ、上手い子が多いな……)
キックオフ直前の相手の動きを観察する。
山多高校の2軍の選手たちは、動きそのものが様になっていた。
それに比べてうちのサッカー部は、動きが様になっていない者が多い。
レベルでいったら東京の地区大会でも、いつも1回戦で敗退が多い。これなら個人技では勝てないであろう。
(でも、うちの部も、連携とスタミナだけなら、相手も負けていないはず)
入部してからオレが見抜いたことがある。
それはうちの部は連携力が、けっこう高いこと。
あと全員のスタミナが強豪校並にあったのだ。
これは昨年までのうちの部の練習メニューが、偏っているのが理由かもしれない。
短所でありながらも、見方によっては長所である。
(今のウチの部に足りない部分は、オレが補足するプレイをしていけば……なんとかいけそうだな!)
サッカーは団体競技。
だから戦術によって、チームが大きく化ける場合が多々ある。
それにウチの部はこの3ヶ月間の練習試合で、かなり大きく成長してきた。
だから山多高校の2軍にとも、いい勝負が出来るだった。
「よし、いくぞ!」
審判の笛の音がなり、オレは気合いの声をあげる。
いよいよ、強豪の山多高校との練習試合が始まるのだ。
◇
45分後。
前半が終わりハーフタイムになる。
(ふう……前半は何とか、なったな)
今のところ得点は4対3で、こちらが勝っていた。
両軍はベンチに戻って、10分の休憩時間となる。
「まさかオレたちが、あの山多高校から点を取れたなんて!」
「もしかしてオレたちって、天才だったのか?」
「それを言うならオレたち守備陣のことも褒めてくれよ!」
「ああ、そうだぜ! あの猛攻を3点で抑えているんだからな!」
うちの部のベンチは興奮状態になっていた。
休憩しながら誰もが、前半戦の奇跡について興奮している。
何しろ去年の試合では、前半は0対4で圧倒的に押されていた。
それを今年は、今のところは押しているのだ。
「先輩たちは元々、凄いと思います! だから後半も頑張っていきましょう!」
「そ、そうか、コータ?」
「はい、もっと自信を持った方がいいと思います」
オレのこの言葉はお世辞でも何でもない。
前半の部のチームメイトの動きは良かった。山多高校相手でも、委縮したプレイが全くなかったのだ。
「たしかにコータの言うとように、怖くないな?」
「ああそうだな……去年まではあんなに怖かったのに?」
「あっ! もしかしたら、葵ちゃんの毎朝の激の怖さに比べたら、2軍相手は怖くないからなのか?」
「あっはっはっは……それは言えているかもな」
うちのベンチは笑い声が出るほど、いい感じにリラックスしている。
これもオレとの朝練の成果かもしれない。
サッカーの技術は3ヶ月程度では、それほど向上はしない。
だが『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉あるように、成長期の高校生は内面的な強さは、数日で化ける可能性はある。
サッカーはメンタルや判断力が大事なスポーツ。
その急成長のお蔭もあり、ウチの部は好調なのであろう。
「そろそろ後半を始めます。両校は準備してください!」
審判から声がかかる。
笑い声が絶えなかった休憩時間は、終わりとなる。
いよいよ後半の45分が始まるのだ。
「よし、後半もガンガンいくぞ!」
「「「はい、部長!」」」
先輩たちの士気は高かった。
このまま押していけば、あの山多高校に勝てる可能性がある。
その希望がモチベーションを上げていたのだ。
◇
「お、おい、あれを見ろよ……」
だが出てきた相手の選手を見て、先輩たちが言葉を失う。
「相手はメンバーが、入れ替わっているぞ……」
「そんなまさか……総入れ替えだと……」
先ほどのまでの笑顔が、一気に消えてしまう。
「まさか後半は1軍が出てきたのか……」
「しかも背番号的に、全員がレギュラー組だぞ……」
先輩たちが言葉を失うのも無理はない。
何故なら相手は前半の2軍の選手を、総入れ替えしてきたのである。
覇者となった全国大会と同じように、1軍のレギュラー選手を全員出してきたのだ。
(おお、ついに出てきたか? それにしても全員総入れ替えとは、なんと贅沢な!)
そんな中、オレだけは一人で盛り上がっていた。
何しろ高校世代の全国大会の覇者……あの山多高校のベストメンバーと戦うことが出来るのだ。
サッカーオタクであるオレにとって、これ以上の贅沢はない。
相手のメンバーを見て、本当にドキドキしてきた。
よし! 急いで自分のポジションの場所にいこう。
「コータ。相変わらず、たいしたヤツだな」
「こっちの2軍相手に、勝ち越すとはな」
そんな時、二人の山多高校の選手が声をかけてきた。
「あっ、二人も後半は出るんだね!」
彼らはオレと同い年でありながら、1軍のレギュラー選手なあの2人組。
今日の試合で、一番対戦を特に楽しみにしていた相手だ。
「悪いがコータ。後半は、山多高校の全力を見せてやるぞ」
「格下だと舐めていたさっきの2軍の連中と、オレたち1軍を同じだと思わないことだな」
二人とも真剣な表情だった。
それは3年前の世界大会の時を同じ表情……いや、あの時以上に真剣な顔である。
「うん、ボクも後半は、もっと頑張るよ。楽しい試合にしようね!」
彼らと言葉を交わしながら、オレはワクワクしていた。
こんなに気持ちが高揚したのは、久しぶりである。
(山多高校のベストメンバーとの戦い……そして、元リベリーロ弘前軍団との戦いか……)
オレが今世で戦った相手で、強敵だったチームはたくさんある。
全国少年サッカー大会や世界大会の強敵チーム。
ドイツ国内の各チームや、各国のヤングチーム。
その中でも、オレが特に手こずった守備陣がある。
(あのリベリーロ弘前の守備陣と、戦うことになるのか……)
それは小学生時代の練習で戦った、リベリーロ弘前の仲間たち。
チーム内の紅白戦で常に戦ったチームメイトたちである。
守備力だけに関していえば、彼らはかなり強敵なのだ。
(何しろリベリーロの守備陣は、あのヒョウマ君たちを常に相手にしていたからね……)
リベリーロ時代の紅白戦では、戦力に差が出ないようにチームが組まれていた。
そのため圧倒的なストライカーのヒョウマ君の敵チームには、いつもリベリーロのレギュラー守備陣が固まっていた。
(ヒョウマ君との練習は、本当に勉強になったからな……)
特にあの守備の二人組は、ヒョウマ君に対してライバル心を剥き出しにしていた。
紅白戦でも常に果敢にも挑んでいた。
きっと才能あるヒョウマ君には、仲間として負けたくなかったのであろう。
彼らがヒョウマと練習してきた守備力の、経験値は膨大なものとなった。
結果として、あの時の小学生時代の日本で、あの二人を完璧に抜ける同年代は多くはなかった。
(そして2個上のキャプテンたちと、他の先輩たち……敵に回すと本当に、ヤバイ相手だな……)
当時のリベリーロ弘前では、ヒョウマ君と葵ばかりが注目されていた。
だがオレは知っている。
ヒョウマ君たちの快進撃を支えていたのは、守りの要である先輩たちと、オレの同期の仲間たちなのだ。
(そんな皆と、これから敵同士で真剣に戦うのか……ドキドキしてきたな……)
これから戦うのはかつてない強敵たち。
ジュニア時代とはいえ、あのセルビオ・ガルシアを苦しめた、リベリーロ弘前の卒業生たち。
あの時から数段成長している、かつての仲間たちなのだ。
「よし、頑張ろう……部長たち、後半も楽しんでいきましょう!」
いよいよ後半が始まる。
オレは今まで以上に気合の声をあげる。周りにいた部長に発破をかける。
「お、そうだな、コータ。だが、あの山多高校の1軍相手に、後半はどうするつもりだ?」
いつもは前向きな鬼瓦部長ですら、今は委縮している。
「うちの部は前半と同じで、いいましょう! あっ、ボクはちょっと個人プレイが多くなるかもしれませんが、気にしないでいいです!」
後半の相手はかなり強敵。
だからオレは今までと少し作戦を変えることにした。
自分の持てる力を最大限にしてプレイする。
でも、あまり本気の全力すぎると、チームメイトたちが付いてこられない。
その辺のさじ加減は、上手く調整していかなとな……。
あ、そうだ! いいことを思いついたぞ。
勝負ところの瞬間だけ、本気の全力を出すようにしてみよう。
それなら周りに悟られないように、今まで以上のプレイができるはずだ。
「コータが個人プレイを? 珍しいな? まあ、どうせ負けて当たり前の試合だ。頼んだぞ、コータ!」
「はい、任せてください!」
部長からお墨付きをもらって、後半のうちの部の作戦が決まる。
前半と同じように委縮しないで攻めていく。
その中でオレを中心にボールを集めることにした。
(これで何とかなりそうだな……よし、後半も楽しんでいかなきゃ!)
かつてのチームメイトがいる山多高校のベストメンバーと、試合で戦う。
こんな贅沢な時間は、もう二度とないかもしれない。
だから精一杯プレイして、楽しまないと勿体ない。
「よし、いくよ! みんな!」
後半のスタートの笛の音が鳴り響く。
こうして本気の山多高校との後半戦がスタートするのであった。
◇
後半は両軍が死力を尽くす激戦となった。
山多高校の監督は大声を出し、選手たちに指示をだしていく
公式戦や全国大会並の本気の構えで、オレたちに襲いかかってきた。
一方でオレたちも全力で迎え撃つ。
個人能力で劣る部分を、みんなは連携と走りでカバーしていく。
スタミナ切れの選手は、どんどん交代して総力戦の構えで戦っていった。
グラウンドは異様な熱気に包まれ、練習試合とは思えないような空気が張り詰めていた。
そして、あっとう間に45分が経つ
審判の笛ので、練習試合は無事に終わる。
試合結果は7対7の同点。
誰もが予想もしていなかった乱打戦となった。
今日は練習試合なので、延長もPK戦もなく終わる。
「ふう……点の取り合いで楽しかったな……みんなとの戦いは、本当に楽しかったな!」
結果は引き分けだったけど、試合後は大満足の気分。
こうしてかつての仲間たちとの試合を、オレは無事に終えるのであった。