第106話:山多高校サッカー部
青森山多高校サッカー部。
1年の3分の1の季節が、雪に覆われる豪雪地帯の高校。
逆転の発想で雪上トレーニングを取り組んだことにより、タフなサッカーで全国高校サッカー業界を席巻している。
特に近年の成績は凄まじい。
高校サッカー業界の頂点である「全国高校サッカー選手権」を2連覇中。
また高校サッカー部と全国の高校生年代のJユースが競う「高円宮杯U-18サッカーリーグプレミアリーグ」で昨年は優勝。
4,000チームの頂点に立ち、全国2冠を達成するという、華々しい実績を挙げている。
才能ある部員は全国各地から集まり、送り出したJリーガーは実に30人以上。
日本の高校生世代の中では、現時点では最強の一角のサッカー部である。
◇
「今日の対戦相手は、山多高校……皆がいるチームだったんだね……」
そんな超強豪校と練習試合することになった。
しかも小学生時代のリベリーロ弘前の、元チームメイトたちが相手にいたのだ。
かつての仲間を目の前にして、まさかの状況にオレは驚く。
「オレたちのことより、コータ……お前は中学時代、どこにいたんだ⁉」
「そうだぜ。葵ちゃんに聞いても、何も答えてくれなかったし?」
「その葵ちゃんも小学校を卒業と同時に、家族みんなでどこかに引っ越していったみたいだし?」
「“コータ死亡説”と“野呂家の失踪事件”は本当なのか⁉」
驚いていたのは相手も同じであった。
数年ぶりに再会した元チームメイトは、オレを取り囲んで質問攻めにしてくる。
この反応も仕方がない。
何故ならドイツに留学したことをみんなに言うのを、オレが忘れていたのだ。
しかもドイツに留学のことは、オレが家族に口止めしていた。もしも留学が大失敗した時が、恥ずかしかったのだ。
「えーと、みなさん。言うのを忘れていましたが、ボクは実は中学時代は、父親の仕事の都合でドイツに留学していました。詳細はいつか、落ち着いた時にでも、ゆっくり話しますけど……」
今は練習試合の前のアップタイム中。
ドイツに留学の話を全部話そうとしたら、時間が足りない。数時間の長編ストーリーになるであろう。
だから今のところは簡単に説明しておく。
「なんだ、コータ。そういうことだったのか⁉」
「コータ死亡説はやはりデマだったのか!」
「心配して損したぜ!」
説明を聞いて皆は苦笑いする。
彼らとは長い付き合いだったので、オレの性格を把握しているのだ。
「ところでコータは何で、東京のこの高校のサッカー部にいるんだ?」
「あっ、それも父親の仕事の都合です。来年になったら、また青森に戻る予定です」
「なるほど、そういうことか!」
「コータに東京は似合わないから、早く地元に戻ってこいよな!」
東京が似合わないとは、みんな随分と酷いな。
でも、この辺のワイワイした感じは嫌いではない。リベリーロ弘前時代のいい感じのやり取りである。
「おい、そこ! そろそろ、試合を始めるぞ!」
「「「はい、監督!」」」
山多高校の監督から、激が飛んできた。試合の開始時間が迫ってきたのだ。
元チームメイトの皆は、ダッシュで自軍ベンチに戻っていく。
本当はもう少し話たかったけど、今は試合前。
試合が終わったら、もう少しゆっくり話せるかな?
「おい、コータ」
「相変わらず元気そうだな、コータ」
監督の指示を聞かずに、二人だけ残っていた選手がいた。
もちろん彼らも元チームメイト。
「あっ……二人とも山多高校にいたんだね!」
彼らはオレと同い年の仲間。
リベリーロ弘前で共に6年間、苦楽を共にした同期生。今は同じ高校1年同士である。
「そのユニフォームは……二人とも1年なのにレギュラー組なんだね? 凄いね!」
なんと彼らは1年生ながら、レギュラーナンバーのユニフォームを着ていた。これは本当に凄いこと。
何しろ青森山多高校サッカー部は、部員数が100名を超える大所帯。しかも全国から才能ある選手が集まってくる。
その中でレギュラー選手になるに、チーム内の激戦を勝ち抜く必要がある。普通の才能や努力では、山多高校のレギュラーにはなれないのだ。
(でも、この二人はリベリーロの同期組の中でも、ダントツに頑張っていたから……1年で既にレギュラー選手でも不思議じゃないかもね)
リベリーロ弘前に在籍した6年間を思い出す。色んな先輩や仲間たちがいた。
その中で圧倒的な才能があったのは、澤村ヒョウマ君と妹の葵である。今思い出しても、あの二人はちょっと別格だった。
そして次に才能がったのは、この二人。とくに負けん気と努力に関しては、チーム随一だったかもしれない。
(何しろあのセルビオ君に、真っ正面から挑んだ二人組だからね……)
オレたちは小学生6年生の時に、パリで開催された“U-12ワールドカップ”に参戦した。
そこで出会ったのは同じ年の“無敵王子”セルビオ・ガルシア。
後のスペイン超名門クラブ“レアロ・マドリード”で活躍するスーパースターの一人である。
彼は当時12歳にして、既に圧倒的な選手であった。
そんなセルビオ君と、オレたちはファーストコンタクトでひと悶着あった。
その時、この二人組はセルビオ君に、サッカー勝負で挑んでいった強者なのだ。
「1年でレギュラー組か……たしかにオレたちはこの3年間、死ぬ気で練習してきたからな」
「そうだったな。リベリーロ弘前の卒業生として、他県の奴らには負けられなかったからな」
オレと別れた後の3年間のことを、二人は語ってくる。
その言葉は大げさな誇大ではない。
(二人とも、3年前とは別人のように成長している……)
目の前で立っているだけで、彼らの力を感じられる。これはサッカーに対して本気で挑んできた者だけから、感じられる力。
彼らがリベリーロ弘前を卒業してから、本気でサッカーに挑んできたことが伺える。
「そういうコータも、ドイツでサッカーを頑張っていたんだろう?」
「うん、そうだね! 毎日楽しかったよ! 色んなことがあったけど、本当に楽しかったよ」
「そういう能天気ところは相変わらずだな」
「たしかにコータらしいな」
彼らとはリベリーロ時代の6年間、毎日のようにサッカーをしていた仲間。同じ月日を過ごしてきた同志。
ここでは多くは語らずとも、互いの過ごしてきた月日のことは分かる。
「この後の試合で、久しぶりにみんなとサッカーが出来るのが、楽しみだね!」
「コータ……実は今日の練習試合では、オレたち1軍は……」
「いや、大丈夫だろう? 今年はこのコータがいるんだぞ?」
「ああ、そうだな」
ん?
二人は何か言いかけていた。
もしかしたら今日の試合は、彼らは出ない予定なのかな?
でもやり取りを聞いていたら、出場する可能性もあるっぽいな。
こればかりは他校のチームの事情なので、オレは期待して待つしかない。
「じゃあ、オレたちもそろそろ戻るか。じゃあな、コータ」
「後はいつものように試合でな」
「うん、そうだね。サッカーボールで語ろうね!」
二人は自軍のベンチの方にダッシュで戻っていく。本当はもっとたくさんは話たかった。
でもサッカーは試合をしながらでも、多くを語り合えるスポーツ。
それは言葉ではなくプレイを通して共感し合えることができる。
敵味方関係なく、本気のプレイヤー同士はフィーリングが共感するのだ。
(よし、オレもこの3年間の成果を、プレイで出さないきゃ!)
心の中で気合を入れて、オレも自分のベンチにダッシュで戻っていく。
◇
「おい、コータ。お前、あの山多高校のレギュラー組と知り合いなのか?」
「親しげに話をしていたけど?」
ベンチに戻ったら、今度は部活のみんなに質問責めにあった。
何しろ相手は全国大会を連覇中の超強豪校。そんな選手と知り合いなのが、先輩たちは意外だったのであろう。
「実はボクは青森出身で……彼らとは小学時代にリベリーロ弘前というクラブでチームメイトだったんです……」
部のみんなに簡潔に説明する。
さっきの人たちは数年ぶりに再会した、同郷の元チームメイトだと。
「コータ、お前……あのリベリーロの出身だったのか?」
リベリーロという単語に、皆が反応する。かなり驚いた表情である。
「えっ? はい? ボクも一応は……東京の皆さんも、リベリーロのことを知っているんですか?」
「あたりまえだろう、コータ!」
「オレたちの年代でサッカーをやっているヤツで、リベリーロの名前を知らないヤツはいないぜ!」
「何しろ全国小学生大会の4連覇の偉業を達成した、凄いチームだからな!」
「あの横浜マリナーズU-12を破った決勝戦は、オレも見ていたぜ!」
「あの時の澤村ヒョウマは、本当に凄かったよな!」
あっ、そうか。
このサッカー部の皆は、ちょうど小学生時代が同じなのか。
オレが小学4年で、初めて全国大会で優勝した時……あの時、部長たち3年生は小学生6年生なのだ。
皆は特にヒョウマ君の名前を上げてきた。
しかし残念ながらオレが全国大会で頑張っていたことを、知っている人は誰もいない。
これも仕方がない。陰の薄いプレイをしていたからね……。
(でも、こうして今思うとリベリーロ弘前は、小学生年代では全国的に有名なのかもな……?)
何しろオレが小学3年の時に、全国大会でベスト8。
それ以降の6年間でリベリーロは、全国大会優勝4回。準優勝が1回。
更に他の全国クラスの大会でも、常に好成績を収めていた。
オレが卒業した後は、全国からの入団者が続出。
今では未来のJリーガーは確定の子も在籍。その選手層は全国でも有数と言われている。
(自分がお世話になったクラブが、こんな感じで有名だと、やっぱり嬉しいよね!)
卒業した後も正月休みの時だけ、リベリーロに顔は出していた。こっそりと後輩たちの練習を見ていた。
今でも誇らしくなるのは、あそこがオレのとってのサッカーの原点だからだ。
「あっ、先輩。この後の試合では、ボクはもちろん手加減しません。むしろ昔のチームメイトと対戦するのが、楽しみです!」
念のために部のみんなに宣言しておく。
この後の練習試合が、本当に楽しみで仕方がないと。
「だが、コータ……お前の元チームメイトたちは、1軍のレギュラー選手だよな?」
「はい、部長。みんな凄いですよね!」
「それなら今日の試合には、お前の友だちは出てないぞ」
「えっ……どうして……」
まさかの部長の言葉に、耳を疑う。レギュラーなの試合に出ない?
でも、そういえば……さっき二人も、同じようにことを言っていたような気がする。何か理由があるのだろうか?
「今日の試合は、山多高校にとっては調整試合……だから、2軍の選手しか出てこないぞ」
部長は事情を説明してくれる。
毎年、山多高校はこの時期に、東京に遠征に来ている。
その合間に姉妹校である、うちの部活と練習試合をしていたという。
「ちなみにコータ、昨年は山多高校の2軍に0対10で負けた……」
「2軍に0対10で……」
「ああ、だから今年も1軍は、誰も出てこないだろう……」
部長の説明を聞いて、言葉を失う。
そして状況がつかめた。
なるほど、そういうことか。
山多高校にとっては、この試合はコンディションを整えるための練習。2軍の選手の調整相手なのだ。
(たしかに……相手は2軍の選手が出てきたな……)
いよいよ練習試合が開始となる。
山多高校は2軍の選手だけが、ベンチから出てきた。オレの元チームメイトたちは、全員ベンチで待機している。
つまり部長の言うとおり、1軍が出てくる予定はないのだ。
(せっかくの大チャンスだったのに、これは残念だな。どうしよう……あっ、そうだ!)
そんな時、オレはあるアイデアを思いついた。これならいける可能性がある。
「部長、今日の試合は、交代の数は無制限ですよね?」
「ああ、コータ。非公式の試合だからな。それが、どうした?」
普通の試合では交代人数に制限がある。
だが練習試合では、多くの選手に経験を積ませる場合がある。
そんな訳で今日も交代の人数は無制限なのだ。
「それなら、部長。ボクたちが健闘して、1軍の選手を引き出しましょう!」
「な? 1軍を引き出すって……どうするつもりだ、コータ?」
「部長や皆さんは、いつもの通りにプレイして大丈夫です。頑張って善戦しましょう!」
「ああ、善戦か? そうだな、コータ」
オレの頭の中で作戦は決まった。
だが部活の皆には、言わないでおく。
あまり刺激的すぎるので、いきなり言うと皆のプレイが固くなってしまうのだ。
(まずは山多高校の2軍を相手に、勝ち越す……そうしたら後半は1軍が出てくるはずだ!)
オレの作戦は単純明快である。
まずは前半の45分で2軍相手に、勝ち越しておく。
相手には全国大会の覇者としてのプライドがある。
そうなれば後半、必ず1軍のレギュラー選手が出てくるはず。
つまり元チームメイトと対戦することができるのだ。
我ながらナイスアイデアである。
(2軍とはいえ、相手は全国大会の覇者か……よし。いつもより力を出していくぞ!)
オレの本気の全力には、部のチームメイトが付いてこられない可能性がある。
だから全力をセーブしつつも、今までの試合よりも頑張ることにした。その辺の力加減は、この3ヶ月間でマスターしている。
(せっかくの、このチャンス……絶対にみんなと戦いたい!)
こうしてオレは高校世代の最強のチーム……山多高校サッカー部に挑戦するのであった。