第105話:かつての仲間たち
高校1年生になってから2ヶ月が経ち、6月になる。
オレは順調にサッカー部の日々を頑張っていた。
日曜日の今日も、ちょうど他校との練習試合を終えたところ。
汚れたユニフォームを部室で着替えている。
「ふう……試合は疲れたな」
「それにしても今日の練習試合も、オレたちいい感じだったな!」
「ああ、そうだな! あの学校に勝てたのは、部創立以来で初めてらしいぞ!」
試合後の部室で、先輩たちは大盛り上がりだった。
何しろ都内でも強豪校の一角に、4対3で勝利。これは当部の快挙。
だからウチの部員の全員が、満面の笑みを浮べていたのだ。
「もしかしたら、これも葵ちゃんとの朝練の成果か?」
「それもあるかもな?」
先月の計画通り、1ヶ月前から合同の朝練を続けていた。
オレと妹の葵とのいつもの朝練に、部員の皆が加わった感じにした。
「最初は死ぬかと思ったけど、葵ちゃんとの朝練は実りあるからな!」
「それにしてもコータ。お前と葵ちゃんは、あんな地獄の朝練メニューを、毎日こなしているのか?」
いきなり話が着替えているオレに飛んできた。
「あっ、はい、先輩。内容は年齢に合わせて変えていますが、幼稚園の頃から続けていました」
最近はもう慣れてしまったので、自分では気がつかなかった。
だが普通の日本の高校生には、オレと葵の朝練メニューは、かなり厳しすぎる内容だったらしい。
(たしかに先輩たちにはキツすぎたのかもな?)
よく考えたら今までのメニューは、F.S.Vの1軍の皆とこなしていた内容だった。
だから今では部活のみんな用に、軽い感じに朝練メニューを変えていたのだ。
「あ、あの地獄の内容を、幼稚園からだと⁉」
「葵ちゃんがあそこまで上手すぎるのも納得だな……」
「ああ……オレたち高校男子サッカー部なのに……」
朝練で葵は常に本気。
そして予想通り、先輩たちは葵にケチョンケチョンに、サッカーで打ちのめされてしまった。
それでも誰も自信を失わないは、ウチの部活の明るい雰囲気のお蔭であろう。
もしくは葵に打ちのめされるのも、楽しいのかもしれない。
「あの妹ちゃんに比べて、兄のコータの方は、普通のサッカープレイヤーだよな?」
「いや、待てよ! オレさ、最近気がついたけど、このコータも、けっこう上手いプレイするぜ!」
「そう言われてみれば確かに……コータは目立たないけど、やりやすいプレイをしてくれるよな?」
「ああ、縁の下の力持ち……って感じだな」
今度は先輩たちだけで盛り上がっていた。
そういえば、最近ではオレのプレイスタイルも、部員のみんなに気がつかれてきた。
どうしても同じチームで何回も試合しているので、勘がいい人たちは気が付いてきたのだ。
(いよいよ……頃合いか……)
でもオレは気にする事はしない。どうせいつかバレること。
よし……心構えは出来たぞ。
いつでもオレの過去について、誰か聞いてくれ!
ドイツの修行のことを何でも話ちゃうよ。
「そういえば、話は変わるけど……」
そんなオレの決意は、今日も肩すかしをくらう。
部室の中は別の話題に移行してしまう。なんというかタイミングが合わない。
「最近、MAYA様が試合を観に来ていないか?」
「ああ、そうだよな! 今日も丘の上から、試合を見ていたよな!」
次の話題はMAYA……歌姫であるクラスメイトのマヤに移る。
たしかに彼女は先月から、サッカー部の試合を観に来ていた。
部員の皆も、別世界の住人である歌姫の行動に驚いているのだ。
「でも、なんでサッカー部の練習試合だけを見に来るんだ?」
「もしかしたら、この部員の中に、誰か気になる人がいらっしゃるとか⁉」
「はっはっは……そんな馬鹿な話はあるか? 家が近いから、偶然じゃねえ?」
部員たちが半信半疑になるもの無理はない。
最近は調子いいけどウチのサッカー部は、去年までは弱小で知られていた。
だから超一流の歌姫が、わざわざ観に来ているとは思ってもいないのだ。
「偶然か? そうかもな。何しろ学園長の豪邸は、すぐそこだからな……」
「たしかにウチの学園長は金持ちだからな」
「そういえば噂によると、その娘のMAYA様には、専属の影のボディガードがいるらしいぞ……凄腕の……」
「マジか……それならあの御方の御観覧には、触れないように、気がつかないようにしておこうぜ」
「ああ、そうだな。触らぬ神に祟りなし……だな」
先輩たちの噂話はドンドン加速していた。
その噂の恐ろしさに、部員のみんなはゴクリと息を飲む。
「もしかしたら、この部室にも……」
「やばいな、急げ!」
そしてこの部室内にボディガードが、仕掛けた盗聴器がある可能性ある⁉ という話題になり、急いで着替えをする。
(みんなマヤのことを誤解しているのかな? たしかに無表情で、少し変わった子だだけど……)
オレもいまだに彼女と、ちゃんと話はしていない。
1ヶ月前のあの時の話から、挨拶程度しか交わしていない。
(でも感じは普通の高校生の女の子のような気がするけど?)
マヤはあの時の約束通り、サッカー部の練習を見に来てくれていた。
歌姫として超忙しいスケジュールの空いた時間に、サッカー観戦していたのだ。
かなり律儀で真面目な性格なのかもしれない。
(彼女もサッカーの楽しさを、少しでも分かってくれたかな? うーん、でも、あと、もう少しかな?)
試合の次の日の月曜日。
クラスで会った時にいつも聞いても、マヤは微妙な感じだった。『コータの言う、サッカーの楽しさ………か』と、それしか答えてくれなかったのだ。
彼女がなぜサッカーの楽しさについて、答えを求めているか、オレは分からない。
だが、自信はある。彼女が今後もサッカーを見てくれたなら、必ずサッカーのことを好きになってくれることを。
「よーし、帰るぞ! 部室の鍵を閉めるぞ!」
「「「はい!」」」
いつの間にか部員の皆は着替えを終えていた。
オレもダッシュで着替えて、部室を後にする。
「じゃあ、また明日の朝練で!」
「コータ、葵ちゃんによろしくな!」
「はい、こちらこそ明日もよろしくお願いします」
日曜日の今日の部活動は終了。
他の部員の皆は電車かバスでの帰宅となる。
先輩たちと別れて、オレはいつものようにランニング帰宅する。
「あっ、今日はサッカー雑誌の発売日だ! 本屋に寄らないと!」
ランニング帰宅中に、そのことに気が付く。
今世では一切のゲームや漫画を買わないオレだが、サッカー雑誌だけは別。
月3,000円のお小遣いは、厳選してサッカー関連の本を買っているのだ。
これだけ譲れない購買意欲である。
「えーと、これは買おう……あっ、こっちは我慢しよう……」
本屋に到着したオレは、サッカー雑誌の表紙を見ながら選別していく。
一ヶ月で使えるお小遣いは決まっている。
だから今月号の表紙のタイトルを見ながら、サッカー勘でどれを買うか決めているのだ。
「ん? これは……もしや……」
そんな雑誌の中の一冊を見て、オレは手を止める。
発行部数も少ないマイナーなサッカー雑誌。その表紙の端っこに、見慣れたクラブの名を見つけたのだ。
「これと、これ下さい! 袋はいらないです!」
急いで会計をして、店の前でその雑誌を広げて見る。
「おお……おおお! F.S.Vだ……F.S.Vの皆が写っているぞ……」
なんとマイナーなサッカー雑誌に、古巣のF.S.Vの写真が掲載されていたのだ。
白黒でかなり小さい。
でも間違いなくF.S.Vの1軍の皆が、優勝カップを掲げている集合写真だった。
「これはリーグ戦の最終試合の後の記事か……」
載っていたのは先月の5月のドイツ2部リーグ戦。その最終試合を終えた後の写真であった。
F.S.Vスタジアムの中心で、F.S.Vの皆が大喜びしている集合写真。
2部リーグの優勝カップを掲げている、ユリアンさんが中心に写っていた。
「凄いな、みんな……この時代の日本のサッカー雑誌に載るなんて……」
この時代の日本では、ドイツサッカーはそれほど注目を浴びていない。2部や3部にいたっては、サッカー関係者でも注目していないであろう。
時代的にどちらかといえば、イタリアリーグやスペインリーグ、イングランドリーグやオランダリーグの方が、この時代の日本では人気があったのだ。
たしか日本でもドイツリーグが注目されるのは、あと数年の後のことになるはずだった。
「ふむふむ。内容は……おお、やはり。無傷の17戦で負け0回で、ドイツ2部リーグ記録に関してか……たしかにこれには驚いたな、ボクも」
載っていた生地の内容は、オレは既に知っているものだった。
何故ならオレはF.S.Vの情報は定期的にネットで調べていた。
主にドイツ語のサイトなので、日本人は誰も見てないようなマイナーなサッカー情報。だからF.S.Vの情報はタイムリーで調べていたのだ。
「そういえばユリアンさんたちF.S.Vの皆が、また各国の代表に招集されたよな……」
つい先日の世界のサッカー情報。
それによると1月末に代表招集を辞退して、干されていたF.S.Vの選手たち。彼らが再び各国の代表チームと世代別の代表に、招集されるようになったのだ。
「みんな、また大喜びしているだろうな……」
元チームメイトたちが喜んでいる姿が、目に浮かんでくる。きっと、またシャンパンやビールで祝っているに違いない。
彼らは無傷の17戦で2部優勝をして、自分たちの力を母国に見せつけたのだ。
「これは本当に嬉しいよな……ボクも……」
F.S.Vのみんなが代表招集を辞退した事件。
ここだけの話、ドイツを離れたあともずっと気になっていた。
でも彼らは自分たちの力で、過酷な運命を切り開いた。
また各国の代表選手としても、今後は明るい未来に突き進んでいくのだ。
「よし……ボクも頑張らないと。F.S.Vのみんなに負けないようにね!」
遠い元チームメイトたちの奮闘は、大いなる刺激を与えてくれた。
オレは本屋の店前で気合を入れ直す。
彼らに再会した時に、自分が大きく成長した姿を見せるために。
まずは次の他校との練習試合を頑張ろう。
うちの部の4月からの無敗記録を、どんどん伸ばしていこう。
そんな感じでモチベーションを上げて、一週間が始まる。
相変わらずサッカーを中心にしていたので、あっという間に毎日が過ぎていく。
◇
そして練習試合がある次の日曜日がやってきた。
「今日の対戦相手は、どこかな?」
部室で着替えたオレは、グランドに出ていく。
すでに来校している相手チームの方に視線を向ける。
本当は対戦相手の名前は、2週間くらい前から部長から言われていた。
だが他のことを考えていたオレは、聞き逃していたのだ。
こればかりは直さなきゃいけない、悪いクセなのだが。
「おっ、今日の相手は強そうだな……というか、かなり上手い選手ばかりだな。今までとはレベルが違うな……」
対戦相手はグラウンドで既にアップを初めている。
その動きを見てオレは驚く。
全選手の能力が高く、しかも連携もかなりとれている。
この2ヶ月間で戦った東京のどのチームよりも、総合力が高い相手だった。
「あの大柄の選手も上手いよな……周りが見えていて、味方にいたら頼もしい存在だろうな……」
相手チームの中で、ひときわ大きな声を出している選手に目がいく。
腕にマークをつけているので、相手チームのキャプテンなのだろう。
かなりのリーダーシップを発している選手だ。
「ん? こっちに近づいてくるぞ?」
その選手……相手のキャプテンが一人で、こちらに向かってきた。
もしかしたら、ジッと見ていたオレに、注意しに来たのかな?
これはまずい。謝らないと。
「やっぱり、コータか! なんでこんな高校に⁉」
「へっ?」
近づいてきたその人は、いきなりオレの名前を呼んできた。
もしかしたら、どこかで会ったことがある人かな?
「おい、お前ら! コータがいるぞ! あの野呂コータだぞ!」
「コータだと⁉」
「マジっすか、キャプテン⁉」
「本当だ! 生きていたのか、コータ⁉」
相手チームの選手たちが、どんどん集まってきた。
その数は10人近く、相手のチームの多くのメンバーである。
だが、東京チームにこんなに知り合いはいないはず。
では一体、どこのチームの人たちなのであろう?
オレは相手のユニフォームのチーム名を確認することにした。
「AOMORI……えっ⁉ 青森県⁉」
いきなり故郷の県名が目に入り、声を上げる。
青森県……それはオレの故郷。
オレは本州最北端の青森県の弘前という街で育ってきたのだ。
「ということは……キャプテン⁉ それに、先輩たち⁉ それにみんなも⁉」
状況を理解したオレは、目の前にいる人たちの正体に、ようやく気が付く。
彼らはオレの小学生時代の仲間たち……リベリーロ弘前のチームメイトたちだったのだ。
まさか故郷の人たちが、東京にいるとは思ってもいなかった。
だから、オレは皆の正体に気が付かなったのだ。
「ん? キャプテンたちが入学していた高校? ということは……今日の相手は……青森山多高校だったの⁉」
更に衝撃的な事実に、声をあげる。
今日の対戦相手は青森山多高校。
全国高校サッカー選手権を全国2連覇中の、超強豪チームである。
(まさか皆と敵同士になるとは……)
こうしてオレはかつての仲間たちと戦うことになったのである。