第103話:喧嘩バトル!
※こちらの作品はサッカー小説「素人おっさん、転生サッカーライフを満喫する」で間違いありません。
放課後の部活に向かう道中。
オレは喧嘩を売られてしまった。
生まれて初めての荒事である。
「おら-! 泣かせてやるぜ!」
相手はガラの悪い三人組の上級生。
その内の一人が正面から、いきなり殴りかかってきた。痛そうな大振りの右パンチである。
(うおっ、マジか⁉)
驚愕しながら、相手のパンチを寸前で回避する。
これはマズイ状況。なんとか解決しないと。
「えーと、皆さん、落ちついて下さい。学校の敷地内でケンカはマズイと思います。ほら、先生とか通ったら、皆さんの進路がヤバイと思います」
回避しながら再度説得を試みる。
相手は法治国家の日本在住の高校生。理を説けば分かってくれるに違いない。
「はん! それには心配無用だぜ!」
「この裏道は、センコーは通らないからな!」
「諦めな、1年坊主が!」
だが説得は逆効果であった。
三人は更に興奮して、殴りかかってくる。
今後は三人が、オレを痛ぶるようにパンチを放ってきた。
(たしかに。この道は普通の人は通らない。これは、どうしたものか……)
相手のパンチを全部回避しながら、オレは解決の考えを巡らせる。
この状況をどうやって切り抜けるか?
出来れば誰も怪我をしないように、なんとか解決する方法はないか?
「すばしっこい奴だな、コイツ⁉」
「おい、前後で挟んでいけ!」
全てのパンチをかわされて、相手の三人は更に興奮状態になる。
オレの退路を断つように、包囲してきた。
あわわ……この状況では説得は、もう無理であろう。
(逃げる作戦が一番だけど、あの子がいるからな……)
オレは素早く回避しながら、別の解決手段を模索する。
この騒ぎの中心だった女の子は、まだこの場にいる。
オレたち男子の喧嘩を、遠目でじっと見てきていた。
もしかしたら怖くて足がすくんで、逃げ出せないのかな?
それならオレだけ一人逃げる訳にはいない。
(説得は無理……撤退も無理……よし、それなら! オレが実力で解決しないと!)
三人のラッシュ攻撃を回避しながら、オレは覚悟を決めた。
荒事は嫌いだけど、男には前に進まなければいけない時がある。
か弱い女の子を守るために、今は戦うしかないのだ。
オレは三人のラッシュ攻撃をスルリと回避して、戦いの覚悟を決める。
「はぁ、はぁ……このガキ、やけにすばっこ過ぎるぞ……」
「よく、見て殴りかかれ! 体格じゃ、オレたちの方が上だぞ!」
一方で空振りを連発していた三人は、既に息を切らしていた。
今度は無駄な連打を止めて、じりじりとオレを包囲してくる。
(ケンカか……初めてだけど冷静に考えたら、この程度のパンチは当たる気がしないな!)
相手は上級で身長は、オレより高い。
だが三人の今までのパンチは全部見えていた。
そのお陰ではオレは自分で信じられないくらいに、かなり落ち着いている
(だって、こんなヘナチョコパンチより、サッカーの試合の方が何倍も恐ろしいからね)
ドイツのプロリーグでもまれてきたオレにとって、上級生の攻撃は屁でもなかった。
何しろプロのサッカーの試合は、TVで見ている以上に激しい。
(外国の人たちの当たりは、半端ないからな……)
彼らとのプレイ……戦いは、思い出しただけでも、冷や汗が出てくる激戦。
屈強なドイツ人たちは、重戦車のように激しくタックルしてくる。まともに食らったら、オレも何メートルも吹き飛ぶ威力。
また南米の選手たちは審判にバレないように、巧妙に腕を使って妨害をしかけてきた。
その中でも“マリーシア”と呼ばれるずる賢いプレイは、まさに手を使った攻撃にも等しい。
そのなヨーロッパリーグに選手たちのプレイ、まさに格闘技並のスピードと、攻撃力を兼ね備えていたのだ。
(あれに比べたら、この三人の今までの攻撃は、可愛い感じだな……)
そんな彼らと激戦を繰り広げてきたオレにとって、普通の高校生の攻撃は止まって見えた。
身長だけ大きくて、トレーニングをしていないこの上級生の攻撃など、屁でもないのだ。
よし。冷静な思考が出来てきた。
いよいよ反撃に移るとするか。
「おい、パンチが全然当たらないぞ!」
「くそっ! 捕まえて動きを止めろ!」
「パワーではこっちが上だからな!」
一方で三人は作戦を変えてきた。
オレが反撃してこないと見て、捕まえる作戦にしてくる。
三人はオレの周囲を取り囲んで、一斉に突っ込んできた。
(なるほど。その作戦変更は利口かな? でも!)
ノロい三人の突撃を、回避することは簡単であった。
だがオレは敢えて受け止めることにした。
このまま回避しても、ラチが空かない。だから正面から勝負を挑むのだ。
「よっしゃぁ! ついに捕まえたぞ!」
「パワーで転ばせて、押し潰せ!」
「まかせておけ!」
オレは三人に捕まってしまった。
相手は勝利を確信している。
そのまま体格差を利用して、オレを倒せると思っているのだ。
「お、おい……お前たち、全力を出せよ……」
「バカを言うな……オレたちは全力だぞ……」
「こいつ、岩の様に動かないぞ……」
だがオレは倒れることはなかった。
三人に捕まっても、立ったままのバランスを維持。
相手は顔を真っ赤にしながら、更に押し込もうとしてきた。
だが、それも無駄な努力であった。
(“パワーではこっちが上”? プロのサッカーの世界を、あまり舐めないで欲しいよね!)
心の中で叫ぶ。
何故ならオレは上級生にパワー負けしていなかった。
たしかに学年はこちらの方が2歳下。
だがオレのパワーは3年間のドイツ修行で、大きくパワーアップしていた。
単純な筋力勝負でも、普通の高校三年生を越えていたのだ。
(それにパワーだけじゃない。“倒れない”ことはヨーロッパサッカーでは重要だからね……)
前述のようにヨーロッパリーグは激しい。
だからそれに対抗するために、一流のサッカー選手のボディバランスは尋常ではない。
屈強なDFの重戦車のようショルダータックルを食らっても、彼らは体勢を崩すことはない。
その秘密は地道なトレーニングで培った、全身の圧倒的なバランス感覚。そして鍛え上げられた体幹の凄さなのだ。
(そしてボディバランスに関しては、オレも少しだけ自信があるからね……)
ドイツ修行時代のオレは、その体幹を徹底的に鍛えていた。
何しろ対戦相手のDF陣は、小さなオレをパワーで潰しにかかってくる。
だから倒れない鍛錬も積んでいたのだ。
(一流選手たちは相手のプレッシャーを上手く受け流しながら、その力を分散させる……こんな感じでね!)
そろそろ決着をつける頃合い。
オレは三人の単純な力を受け流して、捕獲の輪から一気に脱出する。
「う、わっ⁉」
「い、痛っ!」
中心にいたオレが急に消えたことで、三人は大きくバランスを崩す。
互いに頭突きをしながら、そのまま前のめりで地面に倒れ込んでしまう。
「こ、こいつ……格闘技の使い手だぞ……」
「あ、合気道か何かだ……油断するな……」
「ゆ、許さねえぞ……」
三人は立ち上がってきたが、既にスタミナは切れていた。
何しろ最初から全力の攻撃を、全部空振りしてきたのだ。
普段は何のトレーニングもしていないので、スタミナ切れを起こしたのであろう。
(やれやれ……まだ諦めてないのかな? さて、どうしたものか?)
どう見ても勝負はついていた。
だが上級生たちは退いてくれない。フラフラになりながらも、まだ戦うつもりである。
どうやらアスリートであるオレとの、実力差が分からないのであろう。
このまま退いてもいいけど、この後が面倒になりそうである。
今後も同じ高校に通うので、なんとか解決したい。
さて、どうしたものか……。
◇
「あれ? コータか?」
そんな時である。
第三者が校舎裏にやって来た。
「あっ、部長! それに先輩たちも!」
やって来たのはサッカー部の先輩たちであった。
オレと同じように授業を終えて、部活に向かう途中である。
そっか。よく考えたら、サッカー部員だけは、この裏道を通るのか。
すっかり忘れていた。
「これは、どうした、コータ?」
「実は部長……」
スタミナ切れでボロボロの三年生の三人を見て、部長は険しい顔になる。
オレはこれまでの事情を説明した。
あの1年の女の子が困っていたと。
それを説得して止めようとしたら、相手に殴りかかられたと。
もちろんオレの方は手を出していなと、正直に説明する。
「なるほど、事情は分かった、コータ。さて、そこの三人……うちの後輩に手を出したのか、お前ら⁉」
事情を聞き終えた部長は、急に表情を変える。
仁王像のような恐ろしい顔つきになった。
その視線の先にいるのは、この騒動の原因の三人。
「おい、あいつ……3組の鬼瓦だぞ……」
「あの、サッカー部の……さっきのガキは、もしかしてサッカー部の1年だったのか⁉」
「あの“暴れん坊も鬼瓦”の後輩だと……やばい、逃げろ!」
部長の鬼のような睨みを受けて、三人は震えあがる。
そして、そのままダッシュでどこかに逃げ去ってしまう。
さっきまでスタミナ切れだったのに、見事な逃げっぷりだ。
「おやっ、逃げたか? つまらないな……だが、これで、もう大丈夫だぞ、コータ! がっはっは……」
「あ、ありがとうございます、部長」
頼もしい部長に助けられて、なんとか場が収まった。
それにしてもあの三人は、鬼瓦先輩……部長のことを随分と怖がっていた。
どうしてだろう?
それに部長のさっきの変貌ぶりは、いったい……。
部長と一緒に来てくれた三年の先輩に、こっそり聞いてみよう。
「すみません、“暴れん坊も鬼瓦”って……?」
「アイツは中学生までは、かなり暴れん坊で、この地区の不良からも恐れらていたんだぞ、コータ」
「なるほど、そういうことでしたか……」
先輩の話を聞いて納得する。
たしかに部長の体格は三年生の中でも、ひときわ大きくて筋肉質。
しかも小学生の時から柔道とサッカーで、身体を鍛えているという。
半端な不良では相手にならないであろう。
でも、ケンカはサッカー部的にはマズイのではないかな?
「鬼瓦が喧嘩をしていたのは、中学生までだ。だから今は大丈夫だ。あいつらも、もうコータには手を出してこないぞ」
「なるほどです」
先輩の説明を聞いてホッとした。
この学園のやんちゃな人たちも、基本的には運動部員にはちょっかいを出してこない。
だから先ほどの三人も、今後も心配ないという。これで今後の憂いはなくなった。
「あっ、そうだ。あの子は……?」
一安心したので、絡まれていた子の安否を確かめる。
喧嘩の最中のオレは、彼女を守りながら動いていた。だから、一応は大丈夫なはず。
でも、どこか怪我をしていないか確認しないと。
「あの……きみ、大丈夫? もう大丈夫だよ?」
さっきの女の子に近づいて、声をかける。
そういえば、この子。
あれほどの騒ぎだというのに、彼女は最初の場所から動いていなかった。
怖くて足がすくんでいたようではない。
「あなた、野呂コータ?」
「うん、そうだけど……キミは?」
女の子は第一声でオレの名前を口に出してきた。
どうやら向こうは、オレのことを知っているようである。
どこかで話をしたことがあるのかな?
同じ1年生でも女子は100人以上もいるから、この子の顔をオレは覚えていない。
「あなた、不思議。同じクラスメートの顔も覚えていないの?」
「えっ? キミは同じクラスなの? あっはっはっは……面目ありません……」
どうやら女の子はクラスメートだったらしい。
でも、オレには覚えがなかった。
何故なら入学してから1ヶ月以上経つが、基本的に女子とは話をしたことがない。
教室の中でもいつもサッカーのことばかり考えている。
だから、女子に意識が向いていなかったのだ。
これは小学生の時からの習慣なので、高校でも直っていなかった。
「あなたサッカー部?」
「うん、そうだよ!」
オレが持っていたサッカーボールに、彼女は視線を向けてきた。
もちろん、そうです! オレは自信満々に応える。
もしかしたら、この子もサッカーが好きなのかな?
Jリーグは昔からイケメンも多いので、サッカーが好きな女子高生も多い。
「そんなボールを足で蹴って、何が楽しいの?」
サッカー好きな子ではなかった。
むしろ逆に変な不思議な質問をしてきた。
「えっ? それは……全部かな? サッカーは全てが最高に楽しいよ!」
世の中には色んな人がいる。
だからオレはサッカーの魅力について、元気よく答えた。
それにしてもサッカーの魅力か……。
こうして口で説明すると、意外と難しいものだな。
二時間くらい時間があれば、ちゃんと説明できるのに。
「そうなの? 理解できない……私にはサッカーの魅力が」
「えっ?」
「あっ、時間。さよなら」
そういい残して、女の子はいきなり立ち去ってしまう。
さっきも何事もなかったかのように、すたすたと立ち去ってしまったのだ。
(あの子……可愛いけど、ちょっと変わった子だったよな?)
何とも言えない不思議な子であった。
無表情というか、クールで変わった感じのだった。
でも、悪気は全く感じられなかった。
だから次に会った時は彼女に、サッカーの魅力を伝えてあげないと。
よし。今回は言葉では上手く伝わらなかったから、何か作戦を考えておこう。
「お、お、おい、コータ。さっきの子はMAYAだよな⁉」
「へっ?」
少し間をおいて先輩たちが、いきなり迫ってきた。
何故だか分からないが、かなり興奮した状態になっている。
というか、そのMAYAって、何の単語ですか?
「コータ、お前、あのMAYA様と同じクラスだったのか?」
「MAYA様はよく分かりませんが……彼女はボクもクラスメート……みたいですね、先輩」
「なんだと⁉ 羨ましいぜ、このやろう、コータ!」
「ああ、あの有名人と同じクラスとか、クソ羨ましいぞ、コータ!」
先輩たちはかなり興奮している。
それにしても、さっきの子……MAYAという名前。いったい何者なのであろうか?
興奮している先輩に聞いてみないと。
「なんだと、コータ、お前、あのMAYA様を知らないのか⁉」
「現役高校男子のくせに、流行りを知らないのか⁉」
「彼女有名なんですか? ボクはドイツに三年いたので、すみません……」
この時代のドイツには日本の情報は、あまり入ってこなかった。
だから浦島太郎状態になっていたらしい。
「それでも信じられないな、コータ」
「何しろ、あのMAYAだぞ!」
「コータ、あの方は3年前に突如現れて、世界的に大ヒットしている歌姫なんだぞ⁉」
歌姫……凄い言葉が出てきた。
「歌姫さん? 歌手ですか、先輩?」
「日本中の高校生なら誰でも……いや、世界中の誰もが知っているぞ、コータ⁉」
「なんと……そんな凄い子だったのか、さっきの子は……」
興奮した先輩たちの説明を聞いて、ようやく理解する。
オレは彼女が立ち去った方角を見つめながら、言葉を失う。
(世界的な歌姫……MAYAさんか……)
同じクラスにいた不思議な女の子は、世界的に有名な歌姫。
こうしてオレは日本の高校でも、不思議な出会いをしたのであった。