第102話:初めての高校ライフ
高校1年生になってから1ヶ月が経ち、5月になる。
オレは順調にサッカー部の日々を満喫していた。
「ふう。サッカーばかりしていたら、今週もあっという間に終わりそうだな?」
今日の放課後の部活が終わり、部室で着替えながらひと息をつく。
高校生活は思ったよりも、かなり充実していた。本当に楽しい毎日である。
ちなみに平日の基本的なスケジュールは、次のような感じである。
・早朝は葵と自主練習
↓
・午前中と午後は真面目に授業を受ける(でも授業中もこっそりとトレーニング)
↓
・放課後は2時間の部活
↓
・帰宅後は自主練と身体のケア(宿題は学校で済ませている)
こんな感じの毎日だった。
オレは小中時代と同じく前世の記憶があるので、勉強に時間を取られることがない。
お蔭で高校生活でも、サッカーを中心に過ごすことができていた。
他のクラスメートたちが塾や宿題、遊びに時間を取られているのに比べて、かなりのアドバンテージと言えよう。
あと週末や祝祭日は、もちろんサッカー三昧の一日を過ごしている。
部活や練習試合をして、空いた時間は葵と本気の自主練に励んでいた。
◇
「なあ、今年のウチの部は、なんか調子がいいよな?」
「たしかに、かなりいい感じだよな」
一緒に部室で着替えている先輩たちが、何やら談笑している。
どうやら最近の部の成績についてらしい。
オレも着替えながら聞き耳を立てておく。
「オレたちは4月からの練習試合で、奇跡の負けなしだからな……」
「ああ。昨年はボロ負けした相手に、未だに互角以上の戦いをしているからな……」
たしかにウチの部活は、今のところ他校との練習試合で負けていなかった。
そのことで先輩たちは上機嫌になっている。
「もしかしてオレたち急に上手くなったのか?」
「そんな訳ないだろう? その証拠に1対1の状況だと、強豪校に歯が立たないじゃん、オレたち」
「はっはっは……たしかにだな!」
先輩たちが自虐的に笑っているように、ウチの部活は個人のレベルは、それほど高くはない。
何しろ他の強豪校は、最初から才能ある選手を集めている。それに比べて、個人の能力が最初から違う。
「でよ。じゃあ、なんで最近のオレたちは、負けなしなんだろうな?」
「なんと言うか……最近はサッカーがやりやすいよな? パスが上手く通るというか、動きやすいというか……」
「ああ、オレもそう思っていた!」
それはオレの影響かな?
部活中のオレは影ながら動いていた。誰にもバレないように、試合の要所で動く。
きっとそのお蔭で先輩たちも動きやすいのであろう。
(しめしめ……今のところ“影の司令塔”作戦は上手くいっているな……オレもいい経験が出来て、かなりの特訓になっているからな……)
そんな先輩たちの談笑を聞きながら、オレは試合中の自分の動きを振り返る。
前世の世界のトッププレイヤーの中には、色んなタイプの選手がいた。
その中でも“影の司令塔”タイプの選手もいる。
エースストライカーを生かすために、あえて地味な仕事をして、チームに貢献するプレイヤーのことだ。
オレも今まで練習したことのないタイプなので、部活中はかなり勉強になる。
そのお陰で0ゴール0アシストなのは、少し寂しい。
だが、これも仕方がない。会得するまで我慢しよう。
「そういえば、コータからのパスって、なんかシュートしやすいよな?」
「そう言われてみれば、たしかに……」
いきなり先輩たちの話題が、こっちに飛んできた。
もしかしたらバレてしまったのであろうか?
バレてしまっても、特に困ることはない。
だが色々と聞かれるのは、少し恥ずかしい。
そして『ボクはドイツで2部だけど大人のプロリーグに参戦していたんです!』と自分から言いだすのは、かなり恥ずかしい。
でも、もしも先輩たちに聞かれたら、ちゃんと答えないと。
何しろ高校時代の大事なチームメイトだから……。
よし、覚悟は決めた。
先輩たち。
いつでもオレの過去について聞いてきてください!
「でも、地味なコータのプレイだからな……」
「ああ、そうだな。オレたちの気のせいかもな。とにかく次の夏の大会に向けて、次の練習試合も頑張ろうぜ!」
あれれれ?
オレには何も聞いてこないのか……。
全てを答えるために身まがえていたオレは、思わず肩すかしを食らう。
でも、ちょっとだけホッともした。
「よし、帰り道にコロッケを食って帰ろうぜ!」
「そうだな! 腹減りすぎて、家まで持たないかなら!」
着替えを終えた先輩たちは、何やら盛り上がっている。
この学園の近くに、精肉店が経営するお惣菜屋さんがあった。
そこのコロッケは食べ盛りの高校生にとって、オヤツ感覚である。これから食べに行くみたいだった。
(あの店のコロッケか……)
聞き耳を立てているオレも食べてみたいけど、実は一度も食べたことはない。
何故ならオレはいつもダッシュで帰宅。部活の皆と買い食いをしたことが無いのだ。
「おい、オレたち奢るから、コータたち1年も行くぞ!」
「えっ、ボクたちも?」
いきなり名前を呼ばれたのでビックリした。
もしやオレの心の中を読まれてしまったのか?
この部活の先輩たちはエスパーなのか?
「ああ、最近はウチの部も好調だからな!」
「それにコータのヨダレを見たら、奢らないと可哀想だからな!」
「ヨダレ? あっ、はい、ご馳走になります、先輩方!」
聞き耳を立てていたオレは、いつの間にか大量のヨダレを垂らしていたらしい。
それを見かねた先輩たちのが、コロッケをご馳走してくれるという。
でも嬉しい誘いの言葉。オレは即座に返答して、ダッシュで着替えを済ませる。
(部活の帰り道に、みんなと買い食いか……こういのは初めての感じだな……)
着替えを終えて、惣菜屋に向かうオレはワクワクしていた。
オレは小学校の時はリベリーロ弘前のクラブに所属していた。
まだ小学生なので練習のあとは、真っ直ぐ帰宅して家で晩ご飯を食べた。
中学生の時はいきなりドイツのF.S.Vに所属したので、買い食いところではない。
食事に関してはF.S.Vの栄養士さんが、ちゃんと管理していた。
こんなオレがサッカーの後に、チームメイトと買い食いをするのは、今回が初めての経験。
だからワクワクしていたのだ。
そんな感じの気持ちで、オレたちは惣菜屋に到着する。
皆で1個60円のコロッケを注文した。
「先輩、美味しいです! このコロッケ、本当に美味しいです!」
オレは思わず叫ぶ。
お世辞でも演技でもなく、本当に美味しかった。
部活の後の惣菜屋さんのコロッケは、格別に美味しく感じた。
これほど美味しいコロッケは、生まれた初めて食べたレベルの感激である。
「お、おい、コータ……そんなに、感動しなくても」
「ああ、そうだよな。また、次の練習試合で奇跡勝ちをしたら、奢ってやるよ!」
オレはあまりにも感動していたのであろう。
先輩たちは気を良くしてくれた。
なんと来週もコロッケを食べられるチャンスがあるという。
「はい、先輩。次の試合も頑張りましょう! ここのコロッケのために!」
オレは思わず声を上げる。
でも周りの買い物客に見られてしまった。
あわわ……これは、本当に気を付けないといけないクセ。
(でも、部活動も楽しいな……)
そんな中でもオレは幸せを感じていた。
誰にも言えないが、前世のオレは不幸な人生を歩んでいた。
その悪影響もあり、高校では誰ひとり友だちがいなかった。
早く大人になるために、勉強だけをしていたからだ。
(青春って感じだな……)
だから、この部の雰囲気は、生まれて初めて体験する高校生活。
失っていた自分の青春を、少しずつ補完してくれていた。
(よし、次の練習試合も頑張っていこう!)
こうしてオレは少し汗臭いけど、新しい青春の雰囲気を満喫していた。
◇
それから数日が経った、5月のある日のことであった。
「よし、急いで部活に行こう!」
午後の授業が全部終わったので、今日もオレはダッシュで教室を飛び出す。
クラスメートたちに遊びに誘われたが、部活があるので断っておいた。
ごめんね、みんな。
今世のオレはサッカーが一番大事なんだ。
だから放課後の渋谷の青春は、またの機会にしてくれ。
そんなことを思いながら、部活のために第二校庭に向かう。
「ん?」
そんな道中である。
オレは校舎裏で、怪しい集団に遭遇した。
いつも誰もいない場所に、男女数人のいたのだ。
(何だろう? こんな辺ぴな場所に?)
サッカー部が練習する第二校庭は、学園の外れにある。
だから道中の校舎裏には、いつもは誰もいない。
うちの高校の制服を着ているから、生徒には間違いないけど。
仲のいい人たちがたむろっているのかな?
気になったオレは駆け足から、忍び足に移行。そして、こっそり聞き耳を立てる。
「なあ、手紙を見てくれた?」
「返事を聞かせてくれよ?」
「そこ、どいてちょうだい」
仲のいい人たちがたむろっている……でのはなかった。
明らかに違う。
何やらもめ事のようである。
絡まれているのは、同じ1年の一人の女の子。制服のネクタイの色で分かった。
どうやら、その女の子の進行方向を、3人の男子上級生が塞いでいる感じだ。
「そんなにつれなく、しないでよ?」
「少しだけ話をするだけだからさー」
「もう一度だけ言うわ。そこをどいてちょうだい」
男子上級生は少しチャラ感じである。
田舎のヤンキーではないが、少しガラは悪い感じの遊び人風。
それに対して1年の女の子は困っている雰囲気である。
「なんだ、その態度は?」
「少しばかり有名だからって、調子に乗るなよな!」
あっ、これはマズイ状況だ。
冷たい態度をする女の子に対して、上級生たちがキレかかっている。
ニヤニヤと汚い笑みを浮かべながら、女の子を取り囲もうとしていたのだ。
オレは部活に向かう足を、一気に変換する。
「あのー、少しいいいですか? ボクが横から口を出すようですが……」
考えるよりも先に行動していた。
部活に向かうのを中断して、その騒動の中心にダッシュして飛び込んでいく。
「なっ? お前、いつ来た?」
「足音が聞こえなかったぞ、こいつ⁉」
いきなりオレが現れたので、上級生たちは驚いていた。
影ながらプレイするクセが、思わず出てしまっていたのである。
「この子は明らかに嫌がっていますよ、皆さん? こういうのは双方に不利益しか生まないと思いますが」
だが、今はそんなことを気にしている時ではない。
オレは女の子を守るようにして、相手に立ちはだかる。
今の自分は下級生なので丁寧な口調で、穏便に済ませるように言う。
「あぁ⁉ なんだ、テメエは? 1年坊主だろう? 生意気だな!」
「ああ、オレたち三人に逆らうつもりか?」
「この学園で生きていけなくるぞ?」
オレの説得は無意味だった。
三人の上級生は興奮している。
かなりキレており、オレを睨んで凄みをきかせてくる。
これはマズイな……どうやら話し合いでは済まされないような空気である。
でも、女の子のために何とかしないと……。
「おら-! 泣かせてやるぜ!」
その時である。
正面の一人がいきなり殴りかかってきた。
(そんな、いきなり⁉)
まさかに事態に発展した。
野呂コータの前世と今世の「喧嘩の戦績」は0戦。
つまりオレは生まれで初めて、喧嘩に巻き込まれてしまったのだ。