第101話:部活での初試合
東京での高校生活は、毎日が順調に進んでいた。
「じゃあ、学校に行ってきます」
「待って、お兄ちゃん。葵も一緒に行く!」
朝練の後、妹の葵と通学する。
かなりのペースでランニングするので、スタミナも付いてきていた。
「そういえば葵の方のサッカークラブは順調?」
ランニングしながら雑談をしていく。
中学校に女子サッカー部ない。だから葵は近所のサッカークラブに入団していたのだ。
「うん。女の子ばっかりだけど、けっこう面白いよ、お兄ちゃん!」
葵は今まで男子チームだけに在籍してきた。
でも中学3年生ともなれば、日本の男子チームには混じれない。
だから今回は女子専門のチームに入団。中高生だけの中堅どころの女子クラブである。
「そうか。それは良かった」
「でも、お兄ちゃん。葵より上手い子はいないから、変な感じだよ? 高校生の人たちもいるのにね?」
中学3年生にして、葵の実力は飛びぬけていた。
同じチーム内の高校3年生たちを、ごぼう抜きしてエースなっている。
「そっか……葵はドイツでも頑張っていたから、仕方がないかもね」
「そっか。そうかもね、お兄ちゃん」
葵は小山内から、自分の実力を自覚していない。
何しろ去年までの葵は、ドイツF.S.Vの男子U-15に入団していた。
そこではチーム内のエースストライカー。
最終的な成績は、ドイツ国内の男子U-15の全国大会で、大会得点王。チームをドイツ国内U-15部門のベスト4へと導いていた。
(それを考えたら、今の日本の中高女子サッカーの中では、葵は飛びぬけているのかもな?)
はっきりといって、この時代の日本女子の中で、破格の実力を身につけていた。
そして純粋な性格の葵は、オレとは違い実力を隠していない。
どんな時でも全力でプレイしている。
そのため入団したチームないでも、一気にエースになったのであろう。
「お兄ちゃんの方は、どうなの? 部活サッカーは?」
「ボクの方か? 思っていたよりも、レベルは高いし楽しいよ」
一方のオレは高校のサッカー部に入部していた。
最初は他の人とのレベルの差に苦労したけど、最近ではそれにも慣れてきた。
今では放課後の部活を充実させながら、エンジョイしていた。
「そういえば日曜日に、練習試合があるみたいだから、それも楽しみだね」
「お兄ちゃんの試合? 葵も見に行く!」
「まあ、ボクが出られるから分からないけど、頑張ってみるよ」
今度の日曜日は、他校との練習試合が組まれていた。
うちの部活は人数が少ないから、たぶんオレも出場できるはず。
(試合か。楽しみだな。でも、あまり目立ちすぎないように、気をつけないとな)
ドイツでは毎週のように、大人の試合に出場していた。
多い時では週に2回以上の時もあった。
それに比べたら今の部活は、月に3回くらいしか他校との試合はない。かなりの環境の変化である。
(でも、その分だけ自分のトレーニングに集中できるかな? とにかく日曜日の試合が楽しみだな!)
自己トレーニングも大事だが、サッカーの醍醐味はやっぱり試合。久しぶりの試合にワクワクしていた。
「あっ、校門だ。じゃあね、葵」
「うん、お兄ちゃんも頑張ってね!」
話をしがならランニングしていたら、あっという間に到着した。
ここからは夕方までは、教室での勉強に時間となる。
(今日も授業中は足の感覚と、スポーツビジョンのトレーニングをしないとね!)
小学校からのその習慣は、今でも続いている。
前世では通信大学までの勉強も終えていたので、高校でも勉強の必要はない。
その分だけ授業中も、サッカーのトレーニングが出来るのだ。
もちろん先生や周りのクラスメートには気がつかれないように、秘密のトレーニングである。
(あとエレナに借りてきたサッカークラブ経営の本も、授業の隙間に読んでおかないとね)
最近のオレは、クラブ経営の勉強もしていた。
ドイツにいた時に、興味本位で手に取ってみた。
でも真面目に読むと、これがけっこう奥が深く面白いのだ。
(地元のサッカークラブをJ1まで導くには、色々な障害があるからな……)
オレがクラブ経営の勉強を始めたのは、地元のサッカークラブのためである。
何しろ日本のサッカーチームは、試合で勝ち進むだけではJリーグには昇格できない。
規定観客席数のスタジアムの準備や、平均観客数ノルマ。
またクラブのスタッフの質アップなど、色んな基準を満たさないといけないのだ。
(オレはサッカーしか出来ない……でも勉強しておく意識は大事だからね……)
サッカークラブ経営の勉強に、年齢は関係ない。
そのことはドイツの尊敬する少女の姿から学んだ。
だから高校生になったオレも、負ける訳にいかない。サッカーの修行をしながら、クラブ経営も勉強することにしたのだ。
「よし、今日も一日、サッカー尽くしで頑張るか!」
高校の下駄箱で気合の声を上げる。
「ひそひそ……また、野呂コータ君よ……」
「可愛い顔なのに、少し変わっているよね?」
でも周りの同級生にジロジロ見られてしまった。
小声で噂をされている。
あわわ……。
今度からは公共の場では、あまり叫ばないように気を付けよう。
◇
平日が過ぎ去り、日曜日になる。
今日は午後から練習試合だ。
「では、先発は以上だ。怪我のないように楽しんでいこう!」
「「「はい、部長!」」」
試合前のアップを終えて、部長を中心に気合を入れる。
怪我のないように楽しんで……か。
これはウチの部活らしいかけ声。
なんかほのぼのして、いい感じだな。
「はっ。相変わらずタマ高の連中は、ふぬけた掛け声だな……」
「ああ。今日もちょうどいい、調整試合になりそうだな……」
そんな時、相手チームからそんな会話が聞こえてきた。
タマ高はうちの学校の通称である。
普通なら聞こえない距離だが、オレはサッカーに関しては地獄耳。
特に悪口は聞き逃さなない。
そして明らかに相手は、こちらを舐めきっている。
「あの……先輩。今日の相手は、強いんですか?」
「何しろ東京都内の大会でも、相手はベスト16に入るからな……前回はたしか0対8で負けたかな?」
近くにいた先輩から情報収集する。
なるほど。
相手は都内の高校チーム内で、16位くらいの実力高校か。
だが、それがどれくらい凄いことか、東北育ちのオレには良く分からない。
(でも、0対8で大敗する差かな? そんなに差はないように思えるだんけど?)
自分がアップ中に、相手の実力は分析していた。
たしかに個人技では、ウチの部の先輩たちは負けている。
でも連携力だけなら、それほど大きな差はない。
(よし、今日の練習試合は“少し”だけオレも頑張っちゃうかな?)
オレは静かに深呼吸する。
どうせ試合をするなら、接戦の方が楽しい。
そのためにオレは頭の中で作戦を練っていく。
(観客もほどんどいないから……バレないよな?)
今日の練習試合には観客は20人くらいしかない。
その多くは近所の人たち。散歩の途中で暇つぶしに見に来たのであろう。
高校生ともなれば、親で観戦に来ている家族はいない。
(これなら少しだけ本気を出しても大丈夫だよな?)
スカウトマンらしき関係者もいないので、オレは少しだけ本気を出すことにした。
葵は観に来ているけど、身内だから後で言っておけば大丈夫。
オレの隠している実力がバレる心配はない。
(よし……今日の作戦が決まったぞ)
そうこうしている内に、今日のゲームプランは決まった。
まずは相手の個人技の高さに対して、こちらは組織力で対抗する。
そのためにはオレが密かに中心となり動いていく。
敵にバレないように気配を消して動いて、とにかく危険な場面を潰していくのだ。
(実力を隠しながらのプレイは大変だけど、これも大きな練習になりそうだな……)
ヨーロッパにいた実力者たちは、初見ではそれほどプレッシャーを放ってこなかった。
でも試合の要所では、とんでもないプレイを連発してきた。
だから今日のオレはそれ以上に、慎重なプレイを心がけることにした。
“忍びの術”とでも名付けようか。
「頑張っていきましょう、部長!」
「お、おう。気合十分だな、コータ? そうだな、頑張っていこうな!」
試合中は部長を目立たせるようなプレイをしていこう。
オレはそれを陰でサポートしていく役に徹していく。
(よし……頑張って楽しんでいくぞ!)
心の中で改めて気合を入れる。
いよいよオレの高校生活の初戦がスタートするのであった。
◇
そして約90分後。
強豪校との練習試合は終わる。
結果は4対4の引き分け。
オレは0得点で、0アシスト。
手柄は全部先輩たちに譲って、徹底的に影役に徹していたのだ。
「ふう……やっぱり試合は楽しいな!」
だが試合後は何ともいえない満足感に包まれていた。
久しぶりの試合に心が踊っていたのだ。
「来週の練習試合も楽しみだな!」
こうしてオレは高校サッカー部生活を満喫していくのであった。