第100話:高校1年生になる
ドイツから帰国してから4月になり、オレは高校1年生になっていた。
高校生になったからといって、特に変わったことはない。
相変わらずサッカー漬けの毎日である。
「朝練に行ってきます!」
「あっ、待って、お兄ちゃん! 葵も一緒に行く!」
朝6時に家を出て、近所の公園に向かう。
学校に行く前に、サッカーの朝練をするためだ。
「よっと、今日の調子もまずまずだな」
「葵も、まずまずだよ、お兄ちゃん!」
二人で練習しながら、自分たちの感覚を確認していく。
オレは高校生になって、だいぶ筋肉も付いてきた。中学3年生になった葵の身体も、成長している。
こうして毎日の朝練をしながら、身体の感覚を修正していく。
この時期によくある成長期スランプを未然に防ぐためだ。
「あっ、お兄ちゃん、そろそろ時間だよ!」
「よし、家に戻って、学校に行く準備をしないと」
高校生になったからといって、遅刻は出来ない。
こうして朝練はするけど、学校には無遅刻で通いたい。
オレは葵と一緒に、公園から家まで駆けていく。
(それにしても、都会は大きな建物が多いな……)
通りの風景を眺めながら、そんな感慨にふける。
あっ、そういえば。
オレが高校生になって、野呂家で大きく変わったことがある。
「やっぱり東京は、すごい大都会だね、お兄ちゃん」
「そうだね、葵」
そう……ドイツから帰国した野呂家は、東京に引っ越していた。
ドイツでの3年間の仕事で、好成績を収めた父が昇進。
1年間だけ東京の本社勤務になり、オレたち家族もついてきたのだ。
◇
「じゃあ、学校に行ってきます!」
「葵も行ってきます!」
朝練を終えて、一度帰宅して朝ご飯を食べる。
そのまま東京の家を出発する。
ちなみに東京で住んでいるのは、母親方の実家であった。
今は誰もの住んでいない状況だったので、1年間だけここに住むことになったのだ。
「よし、学校まで走っていくよ、葵」
「うん、分かった、お兄ちゃん」
ドイツの片田舎とは違い、ここは大都会の東京。
道端をドリブルしながら通学はできない。
だからトレーニングの一環として、通学はランニングすることにした。
これなら毎日の往復で、スタミナアップが出来る。電車賃も節約できて一石二鳥だ。
「葵、ランニングするのはいいけど、スカートには気をつけるんだよ」
東京の中学校に編入した葵は、制服を着ている。
最近の東京のスカートは、最初から結構短め。ランニングするたびにスカートがきわどい。
「でも、パンツを見られても、パンツは減らないよ、お兄ちゃん?」
「それは、そうだけど。葵は年頃の女の子なんだから」
「なるほど、お兄ちゃん。これから気を付けるね!」
葵は中学3年になったけど、こういったところはまだ子供っぽい。
性格が男の子っぽいというか、マイペースな感じだった。
東京は怖いと所だと聞いてことがある。特に葵は可愛いの、兄として気を付けないといけない。
「あっ、校門だ。じゃあね、葵」
「うん、お兄ちゃん、またね!」
高校の校舎が見えてきたので、オレは右に曲がる。
中学校の葵は、そのまま直進して駆けていく。
(同じ敷地内に中高が一貫してあるのは、こう時は便利だな……)
オレたちが編入した学園は、小学校から高校まで同じ敷地内にある学園だった。
ここは母親の母校でもあり、実家の近くに学園があった。
帰国子女の編入も受け付けていたので、最高の条件の学校だったのだ。
「よし。今日も高校生活を満喫するか!」
3年間もドイツで暮らしていたので、早く日本に慣れる必要がある。
オレは気合いの声と共に、校舎に入っていくのであった。
◇
午前中の授業は順調に進んでいく。
オレは前世の記憶があるので、高校でも勉強で困ることはない。
あっとう間に昼休みの時間となる。
「なあ、コータは帰国子女なんだよな?」
「うん、そうだけど」
昼休みは仲良くなったクラスの男子と、談笑しながら弁当を食べる。
「じゃあ、ドイツ語を言えるの、コータは?」
「一応は……グーテン・モルゲン?」
「なんだ、片言じゃん!」
オレがドイツからの帰国子女であることは、みんなが知っている。特に隠すこともしなかった。
この学園には何人も帰国子女がいたので、特別扱いはされない。
目立ちたくないオレにとって、これは凄く助かることだった。
「そういえば、コータ。放課後、渋谷に遊びに行こうぜ!」
「ナンパして、カラオケに行こうぜ!」
クラスメートが誘惑してきた。
帰国子女であるオレに、東京の観光地を案内してくれるという。
若者のメッカである渋谷に繰りだそうと。
「ありがとう。でも、ボク、用事があるから」
「そうか。じゃあ、またの機会があれば、いこうぜ、コータ!」
クラスメートの甘い誘惑を断る。
渋谷には行ってみたいけど、放課後のオレには大事な用事があった。
だから、やんわりと断ることにした。
(放課後か……早く放課後にならないかな……)
高校に入ったオレは放課後を、毎日楽しみにしていた。
こうしてワクワクしながら、午後の授業を受けるのであった。
◇
午後の授業もあっとう間に終わり、放課後になる。
教室を出たオレは、急いで目的の場所に向かう。
「よし、それでは練習を始めるぞ!」
「「「はい、お願いします!」」」
ユニフォームに着替えたオレは、第二校庭の中央で元気よく挨拶する。
何しろ今のオレは1年生。
部活の中でも一番の下で、とにかく声をだしていくしかないのだ。
(部活か……思っていたよりも、楽しいな!)
そう……帰国したオレは高校のサッカー部に入部していた。
街のサッカークラブやJクラブのユースではない。
名も無い高校のサッカー部を選択したのだ。
(最初は消去法での選択だったけど……)
今のオレの実力なら、Jクラブのユースチームにも合格することができるであろう。
これは慢心でもなく、客観的にJのユースチームを見学した結果である。
(でも、Jクラブのユースに一度でも入会してしまうと、その後が面倒くさいからな……)
オレの日本での目標は、地元のサッカークラブに入団することである。
だから高校生活では、東京のクラブに入りたくなかったのだ。
(1年間の部活体験か……頑張って満喫していかないとな!)
今後のオレのサッカー人生の予定は次の通りである。
・高校1年の時は、この部活で自分自身の技を磨いておく。
↓
・高校2年になったら家族で地元に戻る。そこで高校生をしながら、地元のサッカークラブに入団する。
↓
・そこから最短でJリーグを目指していく!
という人生設計と作戦だった。
そのための第一段階として、高校一年生では東京のサッカー部で頑張る。
(まあ、この高校の部活は、ちょっとアレだけど……)
入学した高校は、それほどサッカー部に力を入れていない。
学園長が大の野球好きなので、野球部の方が強い高校である。
だから正直なところ、サッカー部のレベルは高くはない。
(でも、その分だけ、この自由な雰囲気だから、助かるな……)
この部活の練習は、自由な雰囲気である。
顧問の先生もサッカー未経験者で、特に厳しくはない。生徒にメニューを考えさせて、自分たちで練習する風習だった。
強豪高校のサッカー部とは違う、独自の雰囲気。
だが自主練を得意とするオレとしては、この部活の環境は好きな感じだったのだ。
「おい、コータ? お前はサッカーの経験者だよな?」
「はい、部長。一応は……」
「その割には、いまちパッとしないな? はっはっは……」
練習中に部長に苦笑いされた。
だがそれも無理はない。
何故なら部活中のオレは、実際に動きがパッとしないように見えるのだ。
(これもトレーニングの一環だからね……)
部活中のオレには秘密があった。
それは自分自身に、大きな枷を課していたのだ。
(イメージだ……大きな負荷をイメージしながら、全身を研ぎ澄ますんだ……)
課している枷(かせは『自分の力をセーブしながらプレイする』ということ。
具体的には全能力の3割しか出さないように、負荷のイメージをしていた。
だから周りの部員たちには、オレはパッとしないように見えているのだ。
(でも、これは想像以上に、いい感じのトレーニングになるぞ……)
強豪チームではないとはいえ、この部の人たちは経験者が多い。
そんな彼らと本来の3割だけの能力で、練習しなければいけない。
そんな訳でオレは部活中も、大きな経験値を得ていた。これなら高校一年生の時に、更に成長できるであろう。
(それに部活のサッカーも、楽しいし。毎日の部活が楽しみだな!)
部活以外の早朝と夜の自主練習は、全力を出している。
だからオレの技や身体が鈍ることはない。
どうせ高校2年になったら、また大人たちとの練習が始まる。
だから、それまでに、自分の身体の基礎能力を向上させておきたい。
今の急激な成長期も終わり、骨も完成されてきた。
いよいよ本格的な筋肉を、この身体に身につけていくことが出来るのだ。
そういった意味では負荷を掛けたイメージトレーニングに集中できる、この部活はうってつけだった。
(ドイツではフィジカルの差で苦しんだから、高校ではオレも世界のプロに負けないフィジカルを身に着けないとな……)
ドイツでの3年間は、かなりハードな毎日であった。
オレは大人のプロの試合に、年間で数十試合に出場。はっきりといって、かなりオーバーワークな部分もあった。
だから、この高校一年では身体のケアをしながら、基礎とフィジカルを鍛えていくつもりだ。
「何よりサッカーは、どこでしても楽しいからね! 今日も部活を楽しんでいかないとね!」
サッカーボールと仲間がいれば環境はどうにでも変化する。
こうしてオレの新しいシーズは……高校生活はスタートするのであった。