TS娘のご教授
最初は風邪だと思った。火照りきった身体とだるさ、咳が出たりなんてありふれた症状だ。
この時はまだ俺は風邪が変な感じにこじらせただけだと思っていたし、寝ていれば治るだろうと甘く見て診察にも行けなかった。俺はこのときの判断を後悔することになるなんて思っていなかったんだ。
熱にうなされながら寝た風邪を引いてから3日目の朝のことだ。朝日の光で目を覚ました俺はまず昨日までのだるさが身体から消えていることを感じた。寝汗でぐしょ濡れになったパジャマが気持ち悪く、まずシャワーを浴びようとちょっと重く感じていた掛け布団をはぐりとったときにその喪失感に気付いた。パジャマどころか下着のサイズも全然あっておらずブカブカ、そして何よりもあって当然な、生まれてからずっとあったはずの"それ"……そう文字通りの「相棒」が消えてしまい、さらに身体が女の子の物になってしまっていたのだ。
そのときの俺はもう死ぬほど焦った。両親を叩き起こし、目を丸くしている二人に朝起きたらこうなっていることをまとまりもなくパニック状態で伝えた。こんなものでは本当は伝わらないだろうがそこは流石の親、支離滅裂な内容をまとめてくれ一緒に病院へ行った。もしこのとき両親が俺と一緒にパニックになっていたらもっと大変なことになっていただろう。
診察の結果俺は急性性転換病というものにかかっていたらしい、その病は名前のとおり性転換して男が女に、女が男になる病気だ。遺伝性のものだが発症は稀で初期治療なら抑えることができるがすでに完全に女になってしまった俺を戻すことはできないらしい。そういうことで俺はこれからの人生を女性として生きることになってしまったのだった……
「で、それから二週間経ったわけだが慣れたのか?その身体には」
と散々その後悔と愚痴を聞かせていた俺の親友は問いかけてきた。
「まあそりゃ親や学校、行政の助けもあったし適応はしてきたけど……慣れたかって聞かれたらなあ、16年付き合ってきた身体が恋しいなと思うわけよ」
「あー、まあ大変そうだなってのは思ったな。トイレとかは職員用のしか使えないし、俺以外との友達との距離感も変わっただろ?」
「だってあいつら俺を見る目がめっちゃ変わりやがったからな。ありゃ野獣の目だぜ、野獣の。ギラついてんの。食われるかと思ったわ」
「まあ中身がお前だって知らなかったら俺もそんな目で見たかもな。普通に可愛い見た目になっちまったからな、お前」
「まあ変わらない距離感を保ってくれてるの本当ありがたいわ。中身男だからなあ、確かに俺可愛いけど」
「自分で言うかそれ……」
「いやだって考えてもみろよ、初めて会う女の子を見たらまず可愛いかどうかを考えるだろ?男の思考ならさ、この身体になって初めて鏡を見た瞬間も同じだったわけ」
艶々とした髪に幼く見えるがぱっちりとした二重の目、ぽってりとして健康的な桜色の唇、低身長ながらも出るところは出ている欲張りなスタイルを思い浮かべる。いや現在の俺の姿なのだけれども。
「あー、なるほどな。そういわれるとそうなのかもな」
うんうんと親友は頷く。すると休み時間を終える合図の鐘が鳴り始めた。
「おっと、駄弁り過ぎたか。教室に戻ろうぜ」
俺は親友に声をかけると我先にと教室へ飛び込んだ。次の授業は最後着席したやつが質問を当てられる仕組みなのだ。
なお途中に男女による身体能力差で親友に追い抜かれ質問を当てられたのは俺なのであった。悔しい。親友が勝ち誇った顔をしているのもまた悔しい。
前までは俺が身長でも勝り、身体能力も上だったので負けなかったのに今では見下ろされる身だ。そんな不満を抱きながら授業を受けていたのでその日のノートは真っ白のままだった。
唐突だがこの親友は俺の又従兄弟にあたり、家も近いため幼馴染という関係なのである。幼稚園から高校まで同じ進路な上親戚同士ともなると親族からは仲の良い二人組と認識されているが間違ってはいない。ときに喧嘩をし、意地を張り、仲直りをするを何度も繰り返してきた対等な仲だった。そう「だった」なのだ。俺が女の子になってからというもの親友は気遣って自分から譲歩することが増えた。距離感は変わらないがそういうところはちょっとありがたいような気に入らないような複雑な気持ちだ。
……さて、唐突にしたこの話には理由がある。それは俺にとっての親友がどのような認識をしているのか再確認が必要だからだ。ではなぜそれが必要かと聞かれれば――
俺の目の前で涙目でふてくされてる美少女がその親友であると名乗るからだ。
「なんだよ?押し黙りやがって……、そんなに信じがたいかよ?」
ぶっきらぼうにそう言い放ってくる自称親友はどこか寂しそうでもあった。
「いやいや、俺自身女の子になったわけだし信じてはいるよ。ただ俺とお前両方が性転換するなんてどんな確率だよと思ってな」
「性転換病は遺伝性のものだという一説がある。親戚同士なら起こってしまうこともあるんじゃないか……それでも天文学的な数字になりそうだけど」
「まあ先に女になったのは俺だし先輩としていろいろと教えてやるよ、任せとけって」
「うう……こんなことになるなら早めに病院に行くべきだった」
親友が頭を抱える。見た目が怜悧な印象のある美少女がこう困惑しているような動作をされるとギャップで可愛く感じてしまうが中身は親友なのだ。ドキっとしたりなどしていない、していないぞ。
「まあさ、なっちまったものは仕方ないし俺という女としての先輩がいるんだから安心しろって」
「泥船じゃんかよ……」
親友は苦笑いしながらも言い返してくる。頭を抱えてるよりは笑っている方が可愛いと思うので我ながらナイスフォローではないだろうか。
「じゃあさ……こういうことも教えてくれるのか?」
少し見惚れていたうちに近づいてきたと思うとドンと俺を床に押し倒し、問いかけてくる。互いの吐息が顔にかかる距離だ。ギラついた光をたたえた目に覗き込まれ目を逸らすことができない。
「いいよ、お前なら。今のお前は女だし、んっ……」
口づけをされ言葉をふせがれる。舌が歯列をなぞって侵入してくる。ぺちゃりぺちゃりと舌と舌が絡み合い、押し込むように責めてくる。ポトッと水滴が俺の肌を濡らした。目を向けると親友の目からは涙が溢れ出している。俺は唇を放し、親友の顔を胸にうずめる。大きくなった胸はこういうときには効果的だ。
「不安だったんだよな、突然別人みたいになって、性別も変わってさ。お前は昔から考えすぎるもんな。なんかいろいろ不安になっちまったんだろ。大丈夫だ、俺がいる。好きなだけ頼ってくれよ」
親友は胸の中で嗚咽を漏らしはじめる。また対等な関係に戻れるだろうと俺は確信を抱きながらその頭を泣き止むまで撫で続けた。
恥ずかしさが爆発したら後日消えます