男の声
こうして私は、劇を楽しむというよりはよく出来た“お化け屋敷”に入り込んだような恐怖を味わうような目に遭った。
しかも怖くて傍にいたラウルに涙目で抱きつく羽目に。
その間はずっとラウルが、
「怖くないですよ」
と言って、私の頭を撫ぜてくれていたので何とか大丈夫ではあったのだけれど、
「全く動じる気配がなかった」
「どうかしましたか? クリスティーヌ」
先ほどと変わら無い声音で、ラウルが私にそう声をかけてくる。
結局私はラウルが涙目になったりといった、いつものラウル以外は見ることはできなかった。
否、少し“嬉しそう”な気がしないでもない。
それは劇が終わって外に出る時も怖くて、ラウルの腕に私が抱きついているからかもしれない。
周りの恋人達は、怖かったわね~、と談笑しながら出て行っているが私には無理だった。そこで、
「クリスティーヌはどうしてこんなホラーの劇を? クリスティーヌは苦手だったでしょう」
「……ラウルが怖がって涙目になる所が見たかったの。いつだって動じずに微笑ばかり浮かべているから、別の表情を見たかったの」
「それはクリスティーヌが、私をもっとよく知りたいという事でしょうか?」
そう問いかけられて私は、そうよ、と答える。
すると何がおかしかったのかラウルはしばらく私は顔を背けて笑い、言った。
「貴方は私にとって、兎のようなものです」
「兎? 確かに兎は可愛いけれど……え?」
そこで私の耳元にラウルが近づいてきて、囁く。
「すぐそばにいる人物が、“狼”だというのをお忘れなく」
笑いを含んだ“男”の声が聞こえたのだった。