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鈴谷さん、噂話です

心霊治療の生息場所

 私は少しばかり困っていた。仲の良い女友達が一人、宗教に嵌りかけているからだ。その彼女の話によると、その宗教では医者でも見放した病気を治療したとかなんとか、いかにもありがちで胡散臭そうな話だ。

 だけど私には彼女を説得する事はできなかった。

 「そんなのよくありそうな話だけど、みんなインチキじゃない。時々、騙されたとか、殺されたとか、ニュースになっているけどさ」

 なんて事を言ってみたのだけど、そんな月並みな言葉では、すっかりと信じ込んでしまっている彼女には届かなかったのだ。

 「この宗教は違うのよ、本物なの」とか、そんな事を言って、彼女は私の話を聞いてくれない。もうかなりの額のお布施までしてしまったらしい。

 それで私は色々な人に相談していたのだけど、そうしたら綾という名の知合いのOLが、鈴谷凜子という子を紹介してくれた。その子は大学生らしいのだけど、民俗学とかそういった方面に強いから、もしかしたら何かしら力になってくれるかもしれないって。私はワラにもすがる思いで、その子にお願いをしてみることにした。

 事情を話してみると、その鈴谷凜子という子は、私にその宗教団体のパンフレットがほしいと言って来た。やや心が痛んだけど、私は友達に「ちょっと興味が沸いた」と嘘を言ってそれを手に入れ、それをその鈴谷さんに渡した。そうしたら、それから少し経って連絡が来たのだった。

 「もしかしたら、説得ができるかもしれないので、その友人の方を呼び出してくれませんか?」

 って。

 私は半信半疑ながら、喫茶店に友達を呼び出した。

 

 私の友達は不思議そうな目で、鈴谷さんを見ていた。「宗教の事で話をしたいって子がいるのだけど」と、私は彼女をそこに呼んだのだけど、この鈴谷さんが私とどういう繋がりがあるのか分からないでいるのだと思う。それに関して、私は嘘は言っていない。多分。だって、鈴谷さんは宗教の事を語るのだから。

 「この宗教では、不治の病を治す事ができると謳っているそうですね」

 鈴谷さんは淡々と言った。素なのか演技なのかややきつい印象を受けたから、私は少しばかり心配になった。案の定、なんとなくこの状況の意味を察したのか、友達は警戒色を帯びた顔を見せた。これでは真っ当に話を聞いてはくれないかもしれない。まずい。

 「ええ、そうですよ。実際に病気を治したって実例もあるんだから」

 剣のある口調で友達はそう言った。多分、少し怒っている。ところが、それを聞くと鈴谷さんはニッコリと笑うのだった。

 「なるほど。宗教が病を治療するというのは、よく聞く話ですから、そういう事もあるかもしれませんね。有名なところでは、イエス・キリストが、病気に苦しむ貧しい人達を救って歩いたという話があります。もちろん、それはイエス・キリストが起こした奇跡の内の一つですが……」

 それを聞くと、友達はまるで文句を言うようにこう言った。

 「そんな大昔の実際にあったかどうかも分からないような話と一緒にしてもらっても困ります」

 それに鈴谷さんは首を傾げる。

 「あら? そうですか? 私はそんなに馬鹿にしたもんでもないと思っていますよ。奇跡なんかじゃなくても、プラシーボ効果…… つまり、思い込みの効果で実際に病気が良くなったって可能性は捨て切れませんし、それに“ロイヤルタッチ”のような例もありますしね」

 「ロイヤルタッチ?」

 それを聞いて、友達はそう変な声を上げた。まぁ、気持ちは分かる。私もそんな単語は初めて聞いたから。鈴谷さんは淡々とこう説明した。

 「ロイヤルタッチというのは、ヨーロッパの王侯貴族が起こしていた奇跡の事です。ただ触れるだけで、民の病気を治したのだとか」

 友達はそれに反論した。

 「それも昔の本当にあったかどうかも分からないおとぎ話みたいな話でしょう?」

 「ところが、これは実は“催眠治療”だったのではないか?と言われているんですよ。メスメリズムが、威光効果を利用した催眠治療を行っていますが、これと同様の現象が起こっていたのかもしれないのですね。つまり、事実であった可能性がある……」

 そこまでを聞いて私は気が付いた。いつの間にか友達の方が“宗教による治療”への疑問を口にしていて、反対に鈴谷さんが“宗教による治療”を肯定している。これではあべこべだ。ただ、鈴谷さんは“宗教による治療”から、摩訶不思議な力の存在を取り払っているのだけど。鈴谷さんは続けた。

 「だから、この宗教のパンフレットに載っている治療の実績も、一部は本当なのかもしれないですね」

 そう言われて、友達は目を白黒させた。少しばかり頭が混乱しているようだ。彼女は自分の話を肯定されているようで、実は否定されているのだけど、自分ではそれに気付いていないようだった。友達が何かを言う前に鈴谷さんは更にこう続ける。

 「だから、こういった治療の意義も完全には否定し切れません。ただし、プラシーボ効果や催眠治療では、自ずから限界があります」

 そしてそれから、かなり古い怪しげなパンフレットを取り出したのだった。よく見ると、そこには友達が嵌りかけている宗教の名前が書かれてあった。

 「これは、あなたが入っている宗教の数十年前のパンフレットです。私は大学の“民俗文化研究会”というサークルに参加しているのですが、それはそこで見つけた資料です。中を開いてみてください」

 そう言われて、友達はパンフレットをめくってみた。そしてそれを見て、彼女は目を丸くしたのだった。

 「気付きましたか?」

 と、鈴谷さんは言った。

 「今現在は、あなたの宗教で治療可能だとされていない病気が多く含まれているでしょう? 例えば、精神分裂病…… 今は統合失調症と呼ばれています。その病気は現在は薬で症状を抑えられますが、その当時は無理でした。他にも安価で治療を受けられるようになった病気なども、その当時は治療可能とあなたの宗教ではされていますよね? ところが、何故か今はパンフレットから削除されている」

 それから鈴谷さんは、私が渡していたパンフレットを取り出して友達に見せたのだった。

 「実は心霊療法などの摩訶不思議な治療方法には、“不治の病”にしかその生息域が存在しないという不思議な特性があるのですよ。普通の医療で治療が可能になった病気は、何故か治せなくなる。

 変だとは思いませんか?」

 それを聞くと友達は黙り込んだ。見た目からの単なる私の感想だけど、相当に“効いている”ような気がする。そしてその彼女に向けてまた鈴谷さんは言った。

 「プラシーボ効果や催眠治療以外で、果たしてあなたの信じるその宗教に価値があるのかどうか、よく考えてみるというのも良いと、少なくとも私はそう思いますよ」

 友達はそれを聞くと「うう」と呻くように言った。“足を洗う”と言った訳じゃない。でも、この提案に反論をしてこないだけでもかなりの成果だ。もしかしたら、これで彼女は宗教を辞めてくれるかもしれない。私はそれを見て、そんな風に思ったのだった。

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