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babyish  作者: 涼木夕
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違和感

 マンションのエレベーターが地下にとまっている。地下は駐車場なので、誰かが降りたのだろう。時間が経つと自動的に一階に停止するタイプのエレベーターなのに、タイミングが悪い。すぐに呼んで、乗り込む前に腕時計を確認すると、深夜0時をまわっている。あわてて最上階でもある七階のボタンを押す。


 久しぶりに高校時代の友達とカラオケではしゃいでいたら、こんな時間になってしまった。三部屋ある七階の一番奥、自分の家の前までの廊下を静かに歩く。赤ちゃんに配慮してそっと玄関ドアを開き、耳を澄ませてみる。


 良かった、起こしてないみたいーー。


 その後のシャワー、歯みがきもできるだけ静かにした。ドライヤーはやめ、タオルドライで髪を乾かし、玄関に一番近い部屋ーー自室に滑り込んだ。電気を点けると自室は何もかもそのまんまだった。昼は荷物を置いてさっさと遊びに出ちゃったけど、勝手に何かを処分されたりとかはないみたい。姉のパーカーパクりの件もあるし、中身には保証ないけど。ベッドや本棚、ランプ等の小物もお金を貯めて趣味のアンティーク調(安物だけど)のを高校生の頃からこつこつ集めて、そっちの方が思い入れのある部屋。一人暮らしして日も浅いし、母が掃除してくれているのか家を出る前よりむしろ綺麗になっていた。

 それにしても閉めきりの部屋は蒸し暑く、すぐにエアコンを入れる。シャワーでさっぱりしたためエアコンの風がさらさら気持ちよく、ベッドに入るとすぐに眠くなってきた。実はお酒も少し入っていた。まだ飲めない友達の横で少し大人ぶってしまったのだ。リモコンで灯りを消すと、アラームもかけずに目を瞑った。朝方ガチャガチャする音で目を覚ましかけたが、眠すぎて目を開けられないでいると、再び夢の中へ没入してしまったーー。


「美華起きて、朝ごはん食べて」


 重たい頭と瞼を上げて、起こしてくれた母に感謝する。一人暮らしだと、起こしてくれる人もご飯が自動で用意されていることもないので、本当に有難い。


「おはよー。うん、ありがと食べる!」


 寝覚めは良い性質なので、顔を洗って身支度を整えると、リビングに顔をだした。


「おう、おはよう」


 すでに朝食を採ったのか、父がリビングのソファで新聞片手に寛いでいる。ダイニングテーブルには朝食のサンドイッチ、母が紅茶を淹れてくれている。


「お父さん、おはよー」


 挨拶のあと素通りして、テーブルに直行。父にもなかなかの塩対応だと思うが、サンドイッチの方に足が向かうのだから仕方ない。


 ハムサンドを頬張りながら、淹れてくれた紅茶にミルクを注いでいると、


「エアコン寒くないか?」

「大学はどうだ?楽しいか?」

「バイトあんまり無理すんじゃないぞ。仕送り増やしたっていいんだからな」

「学生は勉強してればいいんだ」


 返事をする前に、父が何くれと無く話し掛けてくる。


 まあ、いつものことだ。紅茶に口をつけつつ、んー、大丈夫、はーい、と生返事で返していると、父を立てる母の優しい一言。


「お父さん、嬉しいのよ。美華、お正月以来だから」


 分かってる、分かってる……けど、メンドイ。ごめん、父よ。


 五十歳の両親。同年代の親を見ても、うちがとりわけ老いてるわけでもない。会話が合わないわけでも、生理的に嫌なわけでも、もう思春期でもないし、なんでか自分でも分からんが……メンドイのだ。父の対応は。

 むしろ昔の方が父のこと好きだったかも。姉と同じような面立ちで、若いときは中々格好良かった。今でもジジセンの人には受けが良いのかも知れないが、小学生時代は友達に羨ましがられて鼻も高かったものだ。ニコニコ隣に座る母は、……美人だと思う。若いときの写真が自分そっくりなので、これは手前味噌になるのだろうか。


 そのとき襖が静かに開いて、甥っ子が走り出てきた。後ろに立っている姉の顔色が悪くて声を掛けようとしたら、


「おーよ、おーよ」


 頬を上気させて、片や朝から血色の良い甥っ子に座っている太ももをぺちぺち叩かれた。


「おはよ、詩人くん。朝から元気ねー」


 久しぶりに会う甥っ子が可愛くて抱っこしようとしたら、するりとリビングに居る父の方に走っていってしまった。


 おーよ、と朝の挨拶をする孫を抱き上げて、おちょぼ口をちゅぱちゅぱして目尻を下げまくっている父の姿に驚愕した。


 きっきもい。あの小さくつぼめた口つき、きもー。


「うたに口付けないでよ。菌がいるんだから、大人には。菌が」


 姉が間髪入れずにピシャリと釘を指していた。


「お姉ちゃん、神経質なのよー。1才過ぎればだいたい大丈夫なのにねえ。過保護すぎると、後々苦労するわよー」


 母が急に育児の先輩風を吹かしだす。


「抱っこも抱き癖つくからやめたほうがいいのに、今でもしょっちゅう抱っこばっかりしててね」


「今は抱き癖なんてないらしいけどね。いただきまーす」


 朝から勘弁とばかりに、姉がサンドイッチ片手にさらりと切り上げる。一口二口頬張りながら、うたくんを父からひっぺがすと、以前まで無かったベビーチェアに素早く座らせる。姉がたまごサンドを手渡すと、1人でもぐもぐ食べ始める。母が注いだ麦茶も、子ども用のコップから器用に飲んでいる。


「そう言えば昨日は、うたちゃん夜泣きしてなかったわね」

「そう?」

「まだおっぱいあげてるの?ご飯食べてるんだから、もうおっぱいいらないのよ?おっぱいやめたら、夜泣きなんてピタリと止むものよー」

「ふうん」


 へー、ちょっと見ないうちにこんなに成長してたんだ。1才児って思ってたよりすごい。さっき何気に喋ってたし!

 母が再び先輩風を吹かしだした横で、赤ちゃんの成長に密かに感嘆していた。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 父が新聞を畳むと母に声をかける。

 テレビ台にあるデジタル置時計を見ると、9時2分になっている。いつもだいたい9時には二人でお店に向かうのだ。


「はいはい。じゃあ、ご飯食べたらうたちゃんにお白湯飲ますのよー」

「はーい。あ、私も午後からお店に行くから」


 母が最後に姉と言葉を交わすと、両親はテキパキといつも通りに出ていった。


 そのあと、主にうたくんのオムツの処理の仕方(コロコロうんちはトイレに流すうんぬん、尻の拭きかたうんぬん)次にオヤツの量、ウトウトしたうたくんの布団への寝かせかた、ベビーカーへの乗せかたを私に教授して、困ったら電話してと姉は何度も言った。

 私はとにかく不安で、説明に少しでも無理があれば出来ないと断りたかったが、ちらと見るとうたくんがふんふんリズム良く声を出しながらブロック遊びしている姿にほだされる。私が断って両親のお店のキッズコーナーに連れていかれたら、忙しい時は放置されるかもしれない。


 身内なのだから外見の良し悪しに関わらず可愛いのだろうが、うたくんは顔もめちゃくちゃ可愛い。それも断り切れない一つの理由になっているのかもしれない。姉も元旦那さんも日本人なのだか、まるでハーフのように可愛い顔をしている。色白すべすべのお肌、少しカールした色素の薄い茶色い髪の毛。その姿はまるで赤ちゃんモデルのような愛らしさなのだ。


 わかった……、渋々了解の返事を小さくすると、この期を逃すまいとばかりに、


「ありがと、はい3000円前払いね」


 せっかく成立した契約を反故にされないようにささっとお札を握らすと、行ってきまーすと早々と出ていってしまった。時計を見るといつの間にか12時30分。お昼は説明の傍らさっき皆で食べた。野菜やウインナー入りの赤ちゃん仕様のおうどんを姉が手早く作って、それをうたくんも美味しそうに完食していた。赤ちゃん用のプラスチックフォークを駆使して、姉のサポート付きでも1人で頑張って食べていたのにもまた驚いた。


「お世話なんてできるかなあ……、大丈夫かなあ」


 姉の物にプラスして赤ちゃんグッヅが増えた和室は、それでも小綺麗に保たれていた。押し入れが大きいから詰め込んでいるのか、気にはなるが、姉の許可なしに開けようとは思わなかった。その部屋で赤ちゃんと2人きり。盛大に1人ゴチた。


「ブツブツうるせーなー。放置すんじゃねーぞ」


 はっきりとした声が背後から聞こえてきて、ぞわりと総毛立った。

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