一
教室の黒板やら窓硝子やらが破壊されていたものだから、学校では当然騒ぎになっていた。いろんな憶測が、浮かび上がっては消えてを繰り返していた。
その惨状を作った当人達は素知らぬ顔をしていた。というよりはそんな過去のこといつまでも構って居られなくなった。
「ねえ優ちゃん、ユータオって誰?」
「説明が難しいわね……。わたしたちは〝妖怪ポスト〟に投函された依頼を、まずユータオさんの元へ届ける。そして内容如何ではユータオさんから、投函された依頼に関する仕事がわたしたちに届けられる。それで、解決したらわたしたちにお金が入る。基本はそういう流れ」
「ふーん……。優ちゃんたちって、請負で仕事してんの?」
「請負の意味が良く分からないけど、そうなんじゃない? もっとも、ユータオさんから上の関係は良く分かってない。政治家が居たり、ヤのつくひとたちが居たり。いったい金の出所がどこに繋がっているのか」
「わーお……」
「別段興味は湧かないわ」
「えっと、姉さん。お話のところ悪いのですが……」恵は遠慮がちに会話に入った。「何故、洋子さんはうちでご飯を召し上がっていやがるのですか?」
食卓を囲むのは、恵と優と、にこにこ顔の伯母と、そして優にべったりの洋子だ。机上にはいつもより多少豪華なおかずが並べられている。
「なんか、明日ユータオさんに会うのが恐いから一緒に居て欲しいんですって」
「うん、恐くって恐くって。わたしったら初対面だと恥ずかしくって相手の目を見て喋れなくって」
「初対面のぼくに対して初手右ストレートかましてきやがったのはどこのどいつですか」
「恵君って、女装に興味ない? その端正な顔立ち、絶対に似合うと思うのだけど絶対に」
「姉さん、コイツ会話ができません」
「諦めなさい」
「本当にもー……。伯母さんも、何て言うかすみません」
「ううん、食卓が賑やかになって嬉しいわ」
「いやー! 本当に何度も何度もお世話になっちゃってすみません!」
「分かってんなら来なきゃいいのに……」恵はぼそっと呟いた。
洋子は姿勢を正して伯母に向かった。
「優ちゃんたちの伯母さまでいらっしゃるんですね。お母様かと勘違いしておりました。おふたりに似て、素敵な人だとは思っておりましたが」
「あらあら、ふふふ。似ているだなんて、嬉しいこと言ってくれてありがとう。でもふたりとは血の繋がりはないわよ。戸籍上は母親だけどね」
「なんか地雷踏んでしまってすんません!」
洋子はガバッと頭を畳に擦り付けた。伯母は、なんだか嬉しそうに笑う。
恵は、ちらりと優をうかがう。いつも通り、姿勢を正して表情を崩さず料理を口に運んでいる。
(……どうせなら、友達になってくれれば良いのだけれど)
表情豊かな洋子に視線を移してそう思った。恵には、この姉について気がかりがひとつあった。誰とも親しくしないことだ。
(ぼくらは特殊な存在だ。それが本当は正しいのかもしれない。けど……一般のひとたちと距離を取り続けることは難しい。今回で言えば柊さんの家族だ)
洋子の両親は、どうしてもこれからは片足をこっち側に突っ込み生き続けなければならない。こういうケースはけっして例外的ではない。だから一般人とも一定の関係を持つべきで……
(……詭弁だな)
恵は洋子を尻目に味噌汁を啜った。そんなことはどうでもよかった。
(ぼくは、姉さんが幸せになってくれればそれでいい)
洋子が、その助けとなるか邪魔となるか、それだけだった。
(……姉さんの笑顔、しばらく見てないなぁ)
優を見た。その端正で整った顔立ちが崩れたのはいつだろう。いったいどれだけ時を遡れば良いだろうか。
目が合った。優は箸を止めた。
「何?」
優の問いに、恵は笑みで返した。優は、笑顔の意図を汲みかねて、つんとすまして食事を再開した。