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帰れる場所があるなら帰りたい件  作者: なにかの中の人
【第2章】地球
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救出ケースファイル3-3 怒髪天 触れたのは破壊神の逆鱗だった

人によっては、やや不快な表現があるかと思いますので苦手な方はご注意ください。

「そうなのよ!初めて見た時からあなたと彼氏さんにだけ目が行っちゃって。だって素質在りそうだったんだもの。ウフフッ…」


意味合い的にはリイナが思っているような意図とは異なるのだが、アニーシャは嬉しそうにそう言いながら動けない彼女の視界に入るように狭い個室内の正面に立つと、後ろの水洗タンクに左手をドンと着き嬉々とした顔を極限までリイナに近づけてきた。


形は違えどまさに【壁ドン】である。 


表情を強張らせたまま微動だにできぬリイナの眼前でアニーシャの唇が妖艶に蠢く。

呟くように 

囁くように

吐息がお互いの唇で感じられる距離から。


「ねぇ?改めて…私の仲間になってくれないかしら?」


数秒見つめあった後、彼女の甘い匂いがする濡れた唇からそう紡がれるのだった。

用足しの最中であったのも災いして、露わになっているリイナの太股に細い右の小指を優しく這わせながら囁く様はまるで淫魔の操る魅了(チャーム)のごとき色香が漏れ漂っているかのよう。


「っふ……んぅ……」


全身が鳥肌を強要されるような感触を与えられながらも耐えるリイナは、反射的に思わず声を漏らすが身動ぎすら許されない。

(……ここじゃない。まだだ。)

這い上がってくる甘い感触と羞恥と憤死しそうな屈辱、そして嫌悪感。

それらがせめぎあいながらリイナの身体中を駆け巡っているが、思考の中で自身にとって最良の来るべき一瞬を待つ為苦悶の表情で耐え続ける。

まさか魔物や魔獣の類いに追い詰められるならまだしも、只(?)の人間の搦め手にこうまで翻弄されるとは…と、未熟な自分自身に向けての苛立ちは止むことはない。


しかし、ジワジワと静かに打開策を展開しつつあるリイナの呼吸が普通のそれではないタイミングを刻み始めるのだが、今圧倒的に精神優位性を持つアニーシャにはそれを知る術はなかった。


というより奸計に関してだけは能力も相まって相当に厄介ではあるものの、こと異形などとの厄介事に関しては世界最高と言って差し支えのないプロフェッショナルであるリイナの手練手管が、其の(アニーシャ)程度に察知できないのはこれで理解できた。


「あらあら…そんなに息を乱して。怖がらせすぎちゃったかしら?フフっ」

「な、仲間に…ね。益々意味が……わ、わからないね。あんたは何かと……闘ってでもいるのかい?」

「まあ!まだ問答出来るの!?凄いわ!ご褒美よ。」


リイナに未だ余裕があるのを認識したアニーシャは、予定ではもう心折れているはずの彼女が思った以上に忍耐強かったことに対して感激したのだろう、さも嬉しそうにピクリとも動けないリイナの頭を抱き締めて頬擦りを始めると耳元で(ご褒美)と言う名の囁きを始めた。


甘ったるい声で…


「そうねぇ、その心意気に免じてちょ~っとだけ教えてあげる。私らの敵……いえ、人類にとってあまり誉められたものではない存在(・・)がいるのね。そいつらはすべからく人間社会に入り込んで、裏から歴史を操ってほくそ笑んでる。体のいい実験よね?その裏で泣きを見る人間の事なんて何にも思っちゃいない……」


(!!誉められたものでない…存在……異世界にもそんな輩がいたなぁ…)



えづきそうになる程の嫌悪感を無理矢理に意識の彼方へ押し込めながら、リイナは飛び出したワードに驚愕すると同時に似たような存在が異世界にいたのを思い出していた。


…わりかし余裕なのだろうか?


とにかく期が満ちるまでは会話により情報を引き出すことを優先としてはいたが、余りにも予想だにしなかったフレーズが飛び出してきたのだ。驚かぬ訳がない。

しかも有り難いことに、ゆっくりとアニーシャの口から話の続きが明かされていく。


「そう。あなたに…いえ、リイナちゃんには特別に教えてあげるわ。そいつらの事。あ、因みに今回の行方不明の発端もそいつらが一因なのは間違いなさそうなの。ああ、正しくはそいつらが地球に遺していったもの(・・・・・・・・)ね。」


これらが本当なら身の安全のため徹底的に秘匿すべきレベルの情報のはずであるが、恍惚とした表情で語りながら(強制的に)共有させる辺りアニーシャはリイナを真に気に入ったのがよく判る。

だからだろうか、この出会いに歓喜しすぎて周りが見えなくなる程の陶酔は未だ止む事無く、己が口は止まる事無く語り続けるのだった。


まあ金縛られてのこの仕打ちに(仲間に~)等と言われても、リイナがアニーシャに対する認識は【敵】でしかないので好かれたとしてもヤることは一つ(・・)なのだが。




(はぁっ……余り聞きたくなかったし知りたくなかったなぁ…なんかまたややこしいことに巻き込まれていってる気がする。早く探しだして日本に帰りたい……そしてお兄ちゃん探したいのに。いや、切り替えろ!思考を。このままじゃどっちにしたって録な結果にならない。…ちぇっ、シャンクの言ったことが今頃身に染みて解るなんて……えぇい!後でごめんなさいしよう。)



動けぬ身体でありながら自身の思考能力をフル回転させ、秘伝呼吸法【漣】がもたらす効果の一つであるマルチタスク並の判断速度をもって現状の打破を図るため、形を変えた呼吸法は完成に近づいていく。

リイナの精下丹田に少しづつ蓄積されていくプラーナ(生命エネルギー)は既に臨界を越え、彼女が描く最良の未来を形作るために空間が揺らぎ始めたのにすらアニーシャは気がつくことができない。


しかしながらこのような状況にあってなお、自身の心に突き刺さったかつてのシャンクに指摘された言葉が、自らの甘さ・思考の未熟さなど反省すべき点にも気付かせてくれたのは僥幸であった。


《……フゥッ……国の手先、と言う割りにはなんと幼き事よ。こんな見え見えの挑発にすら心乱す…力があれど、内面が未熟者ではな……》





そんなの……




「なんで、この世界で魔術や魔法が廃れたのかわかるかしら?」




自分自身が一番…………




「奴等にとって進化の行く先が《科学》より深く難解で御しづらい《魔術》の進歩を恐れたのよ。だからそいつらは歴史に介入して方向性を大規模に修正せざるを得なかった…知ってる?中世ヨーロッパで流行した《魔女狩り裁判》って?」




理解してるんだよ!





シャンクにかつて言われた一言がリイナが今狙っている状況を作り出す最後のトリガーとなり、体の暖気運転(アイドリング)が完了。その為、アニーシャから発せられる情報は独り言と化すが既にどうでもよいことに過ぎなくなっていた。


「それらを主導していたのも皆彼らの仕業…其の名は【ネガティブG】!!」



さて時間は少し前に戻る。


《リイナ!!!気を付けろ!!!!》


……


《おいっ!どうした?反応せんか!?》



……


トイレに立った女性に対して少し配慮に欠けると言われても仕方がない通信魔法での語りかけにリイナが反応を示さなくなったため、心配の気持ちが逸るシャンクは尚も呼び掛ける。


しかし無視をしている風でもなく一向に返答が返ってこない事に危機感を感じた為、焦りを圧し殺しトイレを目指そうと椅子から立ち上がった瞬間、暗かった外が瞬時に光に包まれたのだ!その出所が不明の光は絶える事無く白銀の世界を照らし出していた。

そう。まるで昼夜が逆転したみたいな錯覚すら覚えるほどに…


「な、何事だ!?」

「Whats?!(なんだ?!)」

「Но все ?(何事か?)」


救助隊の面々がその急激な変化に警戒を露にするが、今の時期的に南極では有り得ない状況に戸惑うばかり。

そのためか怒号のような声すら飛び交っている。


時間感覚が確かであれば現在、現地時間で既に20時を回っておりこのような強い光が差すような時間帯ではないのは当然だからである。

時期的に極夜は過ぎているはずではあるが、白夜迄はまだ早いこの季節にこんな光源を伴う現象が現れるのは不自然極まりないのを誰もが知っている。

故に人々の間に混乱が訪れるのは致し方ないのかもしれない。


(まずい!)


「加納谷殿!我はまだ戻らぬ津軽谷と露のアニーシャ殿の様子を見てきたい。宜しいか?」


「えっ?つ、津軽谷特尉はわかるがアニーシャとは?まあ、こんな状況だ。確かに戻りが遅いのは気になるな…頼めるか?」


「…了解した。」


シャンクはこの現象がさっきの露国の女と関係があるのでは?と危惧し、未だ戻らぬリイナを迎えに行くため自衛隊の上司である加納谷にそう告げたのだが……

帰ってきた言葉は怪訝に思わざるを得ないものだった。


アニーシャが認識されていない!?


まさか周りにはあの女の存在すら知覚されていないのか!?

であれば、あの女は一体何者なのか?




ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ




そんな疑問を抱いた瞬間、突如として立っていられないような猛烈な地震が建物を襲うのだった。

安定した大陸プレートであり、地震などほぼ起こり得ない南極大陸でだ。


「ば、馬鹿な!?ここは安定した南極プレートの上にある大陸だぞ!これ程の烈震は有り得ない!」

どこかの国の隊員が口にするが、現実として起こっているのだ。


あり得ない自然現象に重なってこれまた起こり得ない南極での地震が更なる混乱を呼び寄せたのをこれ幸いと、その場でシャンクはこの地球では有り得ない移動魔法を行使するのだった。








ゴゴゴゴゴゴゴゴ


アニーシャの独り言が一段落した頃、待っていたかのように有感地震がリイナと痴女のトイレでも起こっていた。


「はっ?地震!?嘘でしょ?ここ南極よ!」


予感すらしていなかったといわんばかりに慌てふためくアニーシャの隙をついて、遂にリイナは動き出したのだった。


(チャンス!はぁあっ!!!!!!!)


動けなくなってから只管(ひたすら)に練り上げていた秘伝呼吸法【漣】は今、形を変えて上位の技法へと昇華する。


リイナは大きく息を吐くと下腹部が大きく膨張し、同時に丹田に圧縮されたプラーナを全身へと爆発的に行き渡らせ狙っていたものの発動が完成。

空手の≪息吹≫や、仙道の≪小周天≫なんかを遥かに凌駕する呼吸法によるオーラは、慌てふためいているアニーシャの身体をトイレの扉ごと向かいの堅い壁に吹き飛ばしめり込ませる。その圧倒的物理プレッシャーをマトモに受けた彼女は吐血して崩れ落ちていくのだった。


同時に魔術で捕縛されていたリイナの身体もその柵から解放され、ゆっくりと立上がる。禍々しい雰囲気を伴って……


「グ、グハッ…う、うそ!!!な、なんで…魔術の奥義に等しい幽体捕縛法が破られたの!?」


動き始めたリイナを見て、かなりの動揺を見せるアニーシャ。

それもそうだろう。

一度発動したが最後、術者の意思以外では解除儘ならない秘奥義であったのだから驚かない方が不自然だ。


「ふぅぅぅぅぅ…甘いよアニーシャさん。この僕がこの程度の技喰らったことがないとでも?」


鋭い目つきを彼女に向けそう言うリイナに、あれほど余裕しゃくしゃくであったはずのアニーシャは自分の心と体がガタガタと怯え始めたのにすら既に気づけなくなっていたのだ。


目の前にいるのは、か弱い女の子でも屈強な自衛隊員でも百戦錬磨の戦士でも謎の英雄でもない。

アニーシャがそこに認識したのは


【破壊神】


そのものであった。


(む、無理無理無理ィ!こんなの仲間になんてできるわけない!!!っていうか敵対する気はなかったのにぃ!なんでこうなるの???)


「あああああのですね、いいいや、その、おお襲おうだとか、おお犯そうだとか思ってなくてですねぇ…お仲間にいっひぃぃぃぃぃ!!!!」


当初の目的とは大分掛け離れてしまった結果に当の本人は混乱しながらも目的と本音を説明しようとするのだが、リイナの視線だけで竦みあがると同時に失禁してしまい口がうまく動いてくれない。それだけで圧倒的絶望感なのである。


「真言密教の不動金縛りの法や仙道の金縛法に比べたらはっきり言ってクソですねアニーシャさん…教えてあげますよ?これが妻条流秘義の頂点、呼吸法が一つ【開闢】(かいびゃく)です!」


リイナの言い終わりで体から迸っているオーラが一段と激しさを増し、吹き付ける物理的圧迫感にアニーシャは最早目を開けていることすら困難のようでひたすら縮こまり耐えていたのだが、


「いっひぃいいいいいいい!!!いやああああやあああああ!!!」


この状況に恐怖が頂点に達したのかアニーシャはついに会話することすら忘れ、本能が赴くままにその場からの逃走を図るのだった。


そらそうだ。

会話しようにも威圧でしゃべれないし、相手も取り合ってくれなそうだし。逃げるしかないよね。

まあ、全部自分の自業自得なんですがね。


「チェックメイトだ!」

「いっひゃぁぁぁあああああああ!!!!」


トイレからの唯一の脱出口(今の状況での)であるトイレの出口にも、突然先ほど自身がリイナの彼氏呼ばわりしていたシャンクが移動魔法によりいきなり現れたものだから奇声を発しつつも足を止めること叶わず、


「ナイスシャ~~~ンク!!」


顔に影が差し口から謎の煙を吐いて眼光鋭くなった、某格闘ゲームの暴走キャラクターのようなリイナと挟まれる形となる。

まさに


前門の虎後門の狼


完全に積みである。


「ちちちちがうんですぅぅぅ!わわわわわ私はてててて敵じゃななないん」


遂に二人にガッチリとキャッチされた……はずのアニーシャはいつの間にか姿を消しており、シャンクとリイナが抱き合う形で佇んでいるだけであった。


「消えた……」

「そうだな……」


なんにせよ一時の危機は去ったと見ていいのだろうと、【開闢】をゆっくり解除していくリイナ。しかし、抱き合う形を解くことはなく一層力が込められた気がしたシャンクは、黙って優しく頭を撫でるのだった。


(何なのよ貴方たちは!?やっぱカレカノじゃない!!私が何したって言うのよ!?仲間になってほしかっただけなのにぃ!こっち(ロシア)に来たら覚えてなさい。絶対に仲間にするんだから!!)


その二人の頭の中に消えたはずのアニーシャの声が響く。

私は悪くない、仲間にしたかった。の一点張りだが、何がしたかったのか今一伝わらなかったため二人には負け惜しみに感じるのだった。


今一度、冷静になったリイナはこれ迄のやり取りを思い出すとかなり重要な情報が含まれていたのに気がつくと、シャンクとの体勢そのままでアニーシャに問いかける。


「なんで魔術結社黄金の夜明(ゴールデンドーン)が仲間を欲してるのかな?貴方も露国所属ならラスプーチンの系譜じゃないの?」


(なんでそこまで……いや、私は、私たちを排除してきたネガティブGに一矢報いる為に動いてる。こっちにくることがあったら教えてあげる。ってか、その時はちゃんとお話し聞いてください。ほんとすんません……)


それっきり声が途切れていくのだった。


結局リイナとシャンクを仲間にしたかっただけなのだなと二人は納得し警戒を解くのだが、未だ抱き合ったままなのを認識して離れるに離れられなくなっている。

頭を撫でる手も止まるに止まれないようで動かし続けているし、背中に回った手も離すに離せなく力が込められていた。


気まずい

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