救出ケースファイル1-1 帰れぬ者と戻れぬ者
加筆・修正 2016.4.12
…いつからだろう
「オノレ小娘ガァ!!」
到底人が達することの叶わぬ域での剣と拳による応酬の中、人類から魔王と呼ばれている存在が、明らかに苦し紛れに…
そして焦燥にかられた表情を隠す余裕すらなく、最期の奥の手を繰り出すべくひたすらに相手の隙を観の目で窺うこと早数刻。
最早手の打ちようすら喪った己が小娘と断じた筈の、未だ互角以上に自身と斬り結ぶ者に対し、隙と呼べるレベルではない刹那を射ぬくかの如く禁呪と呼ばれる魔法を行使しようと右手をかざす。
……自分が住んでいた日本に帰れないと知った時の絶望が薄れていったのは
恐らく戦いの最中、隙に見せかけた刹那に魔王は誘導されたのだろう。
翳されたはずの右手が、彼の意思とは無関係に美しい切断面を晒し重力に導かれて地面に僅かなクレーターを穿つ。
そして瞬きよりも僅かな刹那、魔王の核があると思われる胸に深々と勇者の持つ聖なる剣が刺しこまれていた…
この間、僅か一秒。
然れど永遠に思えるほど重い一秒。
すぐに相手が止めとばかりに力を込めて刺しこむと、二人の動きが時間の流れを失ったかのように止まる。
………どうしてだろう
この美しい異世界「ヴェルゼイユ」 を魔王の手より救い出せるというのに、自らの目から泪が途切れることがないのは…
ヴォォォァアアアアアアアっ!!?!
一呼吸程の間を置いて、断末魔のような耳障りな声が戦場に立つ人々を苦しめる。
魔王「シャングラム」率いる魔王軍との最終決戦に挑むため、人類の総戦力を結集したと言っても過言ではない屈強な戦士達ですら耳を塞ぎ蹲る程。
大質量の火薬の爆発か巨大な生き物の咆哮に似た大音響が、血飛沫止まぬ辺り一面を凪ぎ払うかのように響き渡っていく。
勿論、発した元凶は魔王軍の元締め。誰もが恐れおののいてきた「闇を統べる漆黒の魔王シャングラム」からである。
「ック…クハッ!コ、コンナ馬鹿ナ!!タカガ小娘ニ……我ノ魔王軍ダケニアラズ我モ滅ボサレヨウトハっ!!!」
現実を受け止めきれないのか、怨嗟にも似た呻きが魔王より漏れ出るのを小娘と呼ばれた麗しき者は溢れ出る泪を湛える目で受け止める。
相対する視線が交わった瞬間に、相手の口が何か言葉を紡ぐために動き始める。
「魔王よ。」
「何用ダ小娘っ!?」
止めを刺せと言わんばかりに口調を荒げる魔王は、息も絶え絶えに喰ってかかるが柳のように怯む様子はない。
「貴方……」
魔王にかけられる勇者の言葉が紡がれていく。が、どんな感情からなのか続きがなされぬまま暫しの静寂が2人を包んでいく。
無論、人間側の戦力も勇者が止めを刺すのを今か今かとヤキモキしていたのだが、ふと静かになった正義と悪の頂上決戦を色々な憶測からか、身じろぎせず見ているだけの者が多くなり…
結果…
人類の滅亡がかかっているはずのこの凄惨たる戦場に静寂が訪れていた。気がつく者がいる筈もなくただ静かに、善・悪・人・魔問わず祈るように幾万もの双眸が注がれている…
不気味に風だけが吹き荒ぶ戦場
どれだけ時が過ぎただろうか?
不意に勇者の唇が先程の続きを発せんと僅かに動き始めるのを魔王は遮る動きすら見せず、ただただ勇者を凝望していた。
「貴方も帰りたかったのですね…」
勇者と呼ばれた少女がそう呟くと戦場にいる誰もが、言葉の意味を理解するや否や波のように驚愕の表情に変わっていくものの未だ静寂は崩れず。
そんな彼らの理解を置いていくように続きが発せられていく。
「私には、(創世の女神ヴェルフェス)の加護があります。その中のひとつ…この世界のあまねく生き物の心理を写しとる異能-サトリ-という力が、私に教えてくれました。」
もし勇者の少女が言うことが真であれば、この魔王シャングラムすら異世界より迷いこんできた…否 この世界に召喚され縛り付けられた存在、本来居る筈の無かった者であるという。
初めて明かされた真実
この世界とはまるで無縁であった存在に蹂躙されてきた世界の歴史。その真実は被虐側であった人類から言葉を失わせるには十分であるようだ。
「っっっっ!!!」
シャングラムですら言葉にならない言葉を発していた。
誰が解ろう……千年もの永き時、己の世界より呼び出され帰る術もなくこの世界を混沌にする為のみに召喚された一人の男の心など…
誰が分かろう……争いなき世界に、逆らえぬ主の怨念に絡めとられ望まぬ悪を生み出し続けた悪意なき男の内面の葛藤を!
そして主亡き今も呪力に縛られ、望まぬ悪を演じ続けなければならないその絶望はいかばかりか…いや、絶望すら生ぬるい地獄ではないか?
「あなたは望んでいたのですね。自身を滅ぼしてくれる者を…待っていたのですね?悪の輪廻を絶ちきってくれる存在を!」
シャングラムは、驚愕を浮かべた表情からゆっくりと目を閉じ吐血しつつも吠えた。
「ハハハハハハハはっッ!だからどうした!?それが免罪符になるとでもいうのか!我は魔王!!偉大なる闇を統べる黒の王よ!!」
「あなた…!それが本当の…」「本当でもどうでももはや関係ない!貴様ら人類は魔に勝ったのだ。悪というものが存在しなかった世に戻るのだ…クフッっっ!!」
少女の言にかぶせるように叫ぶと、貫かれた胸よりの血が魔王の言葉を遮る。
少女にはわかっていた。全てが…自身も呼び出された存在。
勇者として召喚され女神の加護を受け魔王を倒す旅に出ても、その倒すべき対象に近づくに連れ全てがわかっていくと同時に悲しき定めを背負う必然性も近づいていく。
「やはり憎しみの連鎖は憎しみでは解きほぐせないんです!」
いきなりの言に驚き戸惑いを見せたのは、討伐軍のほうだった。
その声は、少女と魔王の後ろに展開していた人類の総戦力に向けて放たれていた。
その場にいた少女以外のすべての存在がその言葉に固まる。勿論魔王でさえも。
辛うじて我を取り戻しつつある、対魔王軍の総司令ダスマーダ将軍が言葉を発する。
「で、では一体どうしようというのですか!?勇者マイ様!!」
マイと呼ばれた勇者の少女は、軽く微笑んで
「皆様の憎しみを全て私にください。そして、魔王のいう魔が無かった時代へと皆様が戻していくのです。忘れる事は出来ないでしょう。残されたひとの悲しみは続いていくでしょう。でも、憎しみは全て私で絶ちきって見せます。この世界の人間ではない私に皆様はすごくよくしてくれました。例え魔王を倒す為だけだとしても、帰ることができない私をこのヴェルゼイユの人間として接してくれました。だから、最後に皆様にお礼がしたいのです!」
押し止める事が出来ないほどの泪を抑えようともせず、それでいて流暢に言葉を紡ぐ勇者マイ。
「で、ですがどのように…」
将軍ダスマーダが人類の総意を持って疑問を口にする。
「私も…魔王と共に………逝きます!」
「一体何を?何を言っているのですかマイ様!!?」
ダスマーダの言葉は誰もが胸に抱いたはずである。自ら魔王と一緒に逝くなど!
その必要性が感じられないのは誰もが思っているだろう。
だが、マイは続ける。
「魔王が居なくなったところで、それを倒した私のような存在がいたのであれば、それがまた禍根の元となっていく。永遠に続く呪いのような堂々巡り……それでは無意味なのです!」
「っっ!!」
ダスマーダは、マイが言わんとしていることが朧気ながら理解できた。
王制をしいているこの世界は、貴族同士または王家との絡みもあり突出した力は恐怖の対象となり得るのは必定。ならば、魔王という恐怖が消え去ったあとその対象となりうるのは……
勇者マイであろう。
そこまで考えていたのかと、戦場に立つ兵士達は驚嘆の眼差しで勇者マイを見つめる。
クシャクシャになった顔を無理やりにこやかにしたマイは、シャングラムに顔を向けると儚く呟く…
「一緒に逝きましょう。シャンク!」
そう呼ばれて驚愕の表情を浮かべる魔王シャングラム。
…いつ振りであろう?
捨てざるを得なくなった真の名を呼ばれるのは…知るものが絶えて幾星霜、まさかこのような状況で。それも、年端も行かぬような者に不意に呼ばれるのはどんな攻撃魔法より効くという現実!もっと…そう、もっと早くにこの少女のような存在に出会えていたなら、また違った生き方もあったのだろうと起こり得ぬ仮定を心中に抱く。
だがもはや魔王には表情を変える力さえなく、己の全ての真実をわかりあえた初めての存在の言葉にいつの間にか頬を熱いものが伝う。
言葉はいらぬ。
縛り付けられた鎖からは既に解き放たれ、いくべき道も無く、元の世界にも帰れぬ男は、眼前の人の群れに呟く。
「モハヤ我ニ貴様ヲ倒ス術ハナシ…貴様ノ………イヤ、勇者ヨ。人類達ヨ!お前達の勝利だ」
帰る世界がない2人の視線が一瞬交わる。
マイが口にするは滅びの禁呪。物質の破壊を目的とした魔法ではなく、存在を無に還すあってはならない魔法。この世界には無かった理が今花開かんとする。
……その瞬間!
「ちょっとまちなさーいっ!!」
戦場の上空に響いたのは謎の声だった。
(なんだあれは…?)
戦場にいる皆の心は一つになった瞬間であった。
背中に背負っているランドセルのようなバッグから、左右に2本づつ羽のようにノズルらしきものを伸ばし、明らかに科学技術と思わしきジェット噴射の軌跡をたなびかせて近くの岩山に着地する少年らしき人影が一人。
「日本国国家公安委員会直属、
転移転生行方不明者捜索機関(ロストチャイルドレスキュー)略してLCRA 国民捜査官の津軽谷です。逸失国民転移転生救助法に基づき保護します。」
…………………………………………………………………ハッ?
はあああああああああああ?!
正しくこの国の全てが一つになった瞬間だった。