マユの宝物
久しぶりの投稿。今後の展開など、行き当たりばったりのところがあるけど、楽しく考えていきたい。
その日は朝から雨が降っていた。
雨のにおい。マユは嫌いではなかった。
においは時空を超えて昔のことを蘇らす魔法のようだと思う。
水たまり。空の色。風の音。その風に乗って湿った懐かしい悲しいような嬉しいようなある日のことが思い出だされる。
ゲン。確かゲンだった。その少年の名は。
雨の降るある日、本を読んでいた目をふと窓越しに見下ろすと、一人の少年が木の枝に引っ掛かった何かを取ろうと棒切れを持ってその木の中腹までよじ登っていた。
初めはいったい何者がこんな雨降る中で何をしているんだとびっくりした。
雨に打たれながらも木によじ登り、引っ掛かった青い何かを必死で取ろうとしている。後で知ったことだが風に飛ばされた老人のチーフか何かを取ろうとしていたとのこと。
湿った草の香りを抱いた風のにおいで、マユはあの日のことを時々思い出す。
マユには宝物がある。少し色あせたモノクロの写真。
マユが一時期通ったキリスト教会でその少年と二言三言会話を交わした。そして、イースター礼拝の後の祝会で撮った記念写真に彼が収まっている。なぜ彼がそこにいたのか、またなぜ同じ写真に納まっているのかわからない。彼のことをほとんど知らないし、また覚えていない。
だんだん記憶の中からも薄れてわからなくなりそうな思い出。
でも、雨のにおいで、とうに忘れていたことがふと蘇る。写真を引っ張り出して彼の顔を一番初めに探す。もう14、5年たったのだろうか。まだ十代の時の彼の優しく笑った顔。
これは初恋と呼んでいいのだろうか?マユは自問自答してみる。
いや違う。初恋は横浜の女学校の先生だったはず・・・・