ゴメスとの小旅行1
私自身は横浜のことも、大正時代の風習もほとんど知りませんので、あくまでフィクション上の想像として読んで頂ければと思います。おそらく、地理も風習も違うとは思いますが(^^;)
ゴメスと名乗る男を連れて、横浜の街に出たゲンだったが、街を歩いていてもさほど関心を示さない。
流行りのホールも、船員たちが溜まるバーも、「入ろうか?」と言っても断る。
彼が好みそうな店がわからない。
「ゴメス、どこに行きたいんだ?俺が案内する場所ってつまんないか?」
カタコトだがポルトガル語でそう尋ねてみた。
「ゲン、俺はね、初めて日本に来たんだ。母国にもあるような所を回っても面白くないさ。もっと日本的なところはないのか?」
そう言われれば、横浜は西洋化を進めるあまり、古くからの日本の情緒のある街ではない。
「うーん、たぶんゴメスの言う日本的ってのは、着物を来た女性にちょんまげの侍ってとこか?」
「いや、それは昔のことだろ?それくらいのことは俺にもわかるさ。けど、東洋…その中でも、これが日本だぞってお前が思えるようなところに連れてってほしいんだがな。」
日本的なところか。どんな所がいいんだろう?
ゲン自身、物心ついた頃には教会で西洋的な生活をしていただけに、ここって所が思い浮かばない。
「時間はあるのか?」
「ああ、出航は4日後だからそれまではフリーだ。一日でだめなら泊まりこみでもいいぞ?」
「それじゃ、郊外の田舎の方でも回ってみるか?」
横電(横浜電気鉄道)に乗り込むと、とりあえず山手方面へと向かいながら、かって塚本牧師に伴って歩いた田舎の中でどこがよいかと考えていた。
鎌倉の方がいいか…とも思ったが、電車を降りてゲンが向かったのは清川村の方角だった。
清川村まで行くと決めたわけではない。途中でゴメスの気に入りそうな村があれば、そこを歩けばいい。
保土ヶ谷から瀧谷、座間、厚木…その先が清川村だ。
しばらく歩いていると、次第にゴメスの目が輝いてきた。
とくに田園風景…というよりも、ほぼ田んぼの風景なのだが、水田というのがゴメスの街にはなかったらしく、そこで農作業をしている人々に目を惹かれ、あれは何という道具だ?あの衣装は何ていうんだ?としきりに質問を投げかけてくる。
モンペ姿の女性が特にお気に入りだったようだ。
この日は、瀧谷で宿をとった。
このあたりまで来ると、宿も和風のものがほとんどで…といっても観光地でも街道筋でもないからさほど多くはないのだが…宿に入ってからもゴメスは観察に夢中だった。
小さな宿だったが、ふだん倉庫で寝泊りしているゲンにとっては久しぶりの布団。
食事は宿と併設して営んでいる居酒屋の品書きから適当にみつくろい、部屋に持ち帰って二人で食べた。
風呂は湯船が一人入れるもの。交代で入るのだが、ゴメスに入り方を説明するのがまた一苦労だった。
浴室に水道がつくのは昭和になってからで、この頃は湯を張った大型の桶につかり、水は浴室に備え付けられた瓶からすくっていた。
結局、ゴメスは水と湯船の湯を混ぜながらかぶっただけで、湯船自体には熱いからと入れなかった。それでも、ヒゲを剃り、髪を洗っただけでもずいぶんとさっぱりしたと喜んでくれた。
歩き続けた疲れもあってか、二人は風呂からあがると、早々に眠りに落ちていった。