23 丹波【家路】
次回よりいよいよ文禄の役の始まりになります。
雪乃との祝言については最後になります。
少し長すぎたと自分でも思いますが、深堀せずには居られず……。
ほのぼのとしたところを感じ取って頂ければ幸いです。
祝言の翌日――
永重らは、永勝と華、義父母となった木村常陸介重茲とお清に、御使者で来ていた頼明に挨拶を済ませると、祝言を挙げた永勝邸から自宅へ移動を始めた。
雪乃はちゃっかり永重と一緒に夜光に騎乗している。
それを見た重兼たちは"にやけ"が止まらなかった。
時折永重が鋭い目で睨むも、その時だけは真顔に。
視線が外れるとにやにや。
ただ、一人だけ。
半佐だけは様子が違った。
永重と半佐が出会ってちょうど十年が経っていた。
襲う側と襲われる側。
強烈な出会いではあったが、永重は半佐を許し、側に置いてくれた。
それから十年。
側付きにしてもらってからは武芸と書を懇切丁寧に教えてくれた。
そして永重の元服から直後に起こった天正大地震。
重兼、月心、夕霧との出会い。
未だにその中身を教えてはもらえないが、その頃に大殿と何かを話した直後から、永重は変わった。
それから羽柴権中納言秀勝の死去。
そして、二年前の小田原征伐。
心を削られるような黒田如水様との駆け引き。
その姿を見た瞬間、双眸に涙を浮かべた、小田原城開城後におとずれた月心の大怪我。
そして忍城で夕霧と柊を襲った悲劇と、伊織との邂逅。
半佐は側付きの中でも最も長く、そして最も近くで見てきた。
人知れず苦悩し、寝ている間でさえうなされていた永重の姿を――
そんな永重に、幸せが訪れた。
雪乃様。
その名の如く見目麗しく、けれどそれだけではない。
出逢ってまだわずかにもかかわらず、心が交わっている。
これほど嬉しいものはなかった。
今のこの永重と雪乃の姿を見て、涙が止まらなかった。
その半佐の涙に、永重が気付いた。
しばらく走ったのち、
「そこの畔で少し休憩をとろう。
先に行くが、ゆっくりと来るがよい」
そう言って先に駆けて行き、広い畔で止まると夜光から降りて、自ら雪乃が降りるのを手伝った。
同じく騎乗している重兼と、徒歩のその他の者たちが追いつくと各々で休憩を取った。
しばらくして
「――ついでだ。
せっかくなので皆を改めて雪乃に紹介する」
そう言うと、雪乃を持ってきた床几に座らせて、その前に半佐らも並べて座らせた。
そして永重は重兼の背後に回ると、肩へ両手を置き
「まずは重兼だ。
武芸の達人で、私を守ってくれている」
「多紀重兼でございます。以後よろしゅう御頼み申します」
そう言って頭を下げた。
「よろしくお願いします」
雪乃は微笑んで頷いた。
永重は次に伊織の肩に手を置き
「次に、伊織だ。
若いながら文武両面で私を助けてくれている。
大豆も伊織の助言だ」
「伴伊織と申します。御方様、よろしくお願いいたします」
伊織も頭を下げた。
「まあ、大豆の。それはいい助言をされましたね。
これからよろしゅうお願いします」
雪乃は応えた。
次に月心。同じく肩に両手を置いて
「月心だ。優れた忍びだ。
だが、忍である前によく尽くしてくれる忠臣だ。
薬草の知識も豊富で、体調を崩した時など処方もしてくれておる」
「その腕は……」
「はっ。お目汚し申し訳ございません」
永重がすぐさま間を割って、憮然とした表情で永重が言う。
「大事な左腕を失ってまで仲間を守ってくれた。汚いことなどあろうか」
「……ありがたきお言葉でございます」
月心は深く頭を下げた。
「思わず失礼なことを申しました。
これからよろしく頼みます、月心」
「はっ」
次に夕霧。
「夕霧だ。月心と同じく忍びだ。
女性でもあり、これから様々に雪乃を助けてくれるはずだ」
「夕霧と申します。
何でもおっしゃってくださいませ、御方様」
「きれい……」
思わず雪乃が見惚れている。
ハッ、となり微笑み
「ああ、ごめんなさい!
夕霧、よろしくお願いします」
そして、半佐の後ろに立ち、同じく肩に両手を置く。
「半佐だ。幼き頃から一緒に育った、友だ」
友――
その一言で半佐の肩が震えている。
「……ひ、平松、半佐と申します。
よろしくお願いいたします」
半佐は深く頭を下げたまま、起き上がれなかった。
「出発から泣き通しだな」
笑みを浮かべて重兼が言う。
皆、気付いていた。
「……半佐。頭を上げてください」
雪乃が優しく声をかける。
半佐はぐしゃぐしゃの顔で頭を上げた。
頬を涙が滑り落ちる。
「殿の心に、寄り添ってきてくれたのですね」
雪乃が言う。
決壊。
「これからもわたくしと共に。殿をお支えしておくれ」
半佐は、声が出せなかった。
「半佐、これからも頼むぞ」
永重が言うと、泣きすぎて何も言葉を返せなかった半佐はまた深く頭を下げた。
「これは……しばらく出発出来ませんな」
伊織が笑いながら言う。
「おお、そうだ」
永重が何かを思い出したように言った。
「半佐が落ち着くまでの間に。――夕霧、例のものを」
「はっ」
夕霧は返事をしたのち、背負っていた竹籠からある物を取り出し、永重に渡した。
それは――
銀細工の紫陽花簪だった。
「これは……?」
「そなたに会いに越前に向かう出発前に、夕霧に頼んで作らせておいた。
藤懸家からではなく、私からそなたへの贈り物だ」
「……ありがとうございます」
雪乃は手に持って感激した面持ちでいた。
「紫陽花は、家族の結びつきをあらわすものだ。
これから、よろしく頼む」
永重は笑顔で言った。
それを皆も笑顔で見守っていた――号泣の半佐を除いて。
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」
昨日から何度目か分からないやりとり。
それでも、その場に居る全員の幸せな思いが溢れていた。
近くで鶯が、ひときわ大きい声で鳴いた。




