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【御礼15,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


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20-2 丹波【祝言】


志野(しの)祝言(しゅうげん)が終わると、永重(ながしげ)らは自宅に戻った。

多紀(たき)重兼(しげかね)も同行し永重宅へ寄っていた。


「皆今日はご苦労だった」

永重が座りながら礼を言う。


「いやぁ、いい式でございましたな」

重兼がそう言いながら脇差を抜き座った。


「志野様もお綺麗でございましたね」

平松半佐(はんざ)も座った。


「お帰りなさいませ」

そう言うと夕霧(ゆうぎり)がみんなに白湯(さゆ)を配った。

如何(いかが)でございましたか」

遅れて(ともの)伊織(いおり)がやってくると皆と同じように座り、聞いた。


「「良かったぞ」」

重兼と半佐が異口同音に言う。


「それよりも、ですよ」

にやりと笑って半佐が言う。


「やめよ」

永重が(さと)す。


「いやいやいや……」

重兼も、にやり。


「何事です??」

夕霧が聞くと

「若殿!この度はまことにおめでとうございます!」

半佐がかしこまって頭を下げた。


「はぁ……何のことだ」

永重は大きく息を吐き眉をひそめる。


「とぼけられても無駄にございます。

若殿のご祝言が十五日後と、しかとこの耳で」

重兼も大きくうなずいた。


「じゅ、十五日後……?」

夕霧が手にした湯呑を危うく取り落としそうになる。

伊織も目を(またた)かせた。


永重は深く息を吐く。

「……父上の策だ。

志野の祝言の席で、ついでのように告げられた」


「ついで、とはまた豪気な」

伊織が苦笑する。

「お相手はどなたにございます?」

夕霧がそっと問う。


「木村常陸介(ひたちのすけ)重茲(しげこれ)殿の御息女、雪乃(ゆきの)殿だ」


座が一瞬、静まり返った。


木村家といえば豊臣家中でも由緒ある家柄。

とりわけ重茲は政務にも通じ、秀吉の信も厚い。

その嫡女ともなれば、家と家との結びつきは決して軽いものではない。


「……これはまた、大きなご縁にございますな」

伊織が静かに言う。


半佐はにやにやと笑う。

「姉上に続き、若殿も姉さん女房にございますか?」


「違う」

永重は即座に否定した。

「年は……二つ下と聞いた」


「それはそれで張り合いがございますな」

重兼が茶化(ちゃか)す。


「やめぬか」


だが、永重の胸中は冗談で済ませられるものではなかった。


十五日後。

あまりに急だ。


朝鮮出兵――やがて始まる大遠征。

自らも、父も、弟も出陣するであろう。

その前に家を固める。

理にはかなっている。


(……父上らしい)


政も、戦も、家も。

すべてを一手に整える。


永重はふと、母・華の静かな微笑みを思い出す。

あれは安堵(あんど)の笑みだったのか。


「若殿」

伊織が改まった声で言う。


「雪乃様がいかなるお方にせよ、若殿の志を共にできる御方であればよろしゅうございますな」

「志?」

「民と為政者が安らげる世を築く――若殿のお考えにございます」


永重はわずかに目を見開いた。


半佐が大きくうなずく。

「そのような世を作る若殿の妻となられる御方。きっとただの姫君ではございますまい」


夕霧も柔らかく笑う。

「若殿は、案外と優しゅうございますゆえ」

「それはどういう意味だ」

「そのままの意味にございます」


座敷に小さな笑いが広がる。


永重は、しばし黙した。


戦は避けられぬ。

遠き異国への出陣。

生きて戻れる保証はない。


だからこそ――

「……十五日しかない、か」


ぽつりとつぶやく。


「何をなさいます?」

重兼が問う。


永重は顔を上げた。

その眼に迷いはない。


「会おう」

「は?」

「雪乃殿に。一度でよい。祝言の前に」


皆が顔を見合わせる。


「それは……異例では?」

伊織が慎重に言う。


「承知の上だ」

永重は静かに続ける。

「共に生きると決まった以上、言葉を交わさずに夫婦となるのは性に合わぬ」


十五日後。

藤懸永重の祝言。

そして、その先には――海を渡る戦が待っている。


「木村常陸介重茲様といえば……越前(えちぜん)ですな」

音を立てずいつの間にか部屋の隅に月心(げっしん)も来ていた。

「そうだな」

「ここからならば、急げば二日、往復で四日ほどかと」

月心が言う。


「道中は何もないか?」

重兼が聞く。


「今の時期は風が強く雪は多いですが、重茲様の居城である越府(えつふ)城ならばさほど問題はないかと」

月心が応える。


「供は最小で参る。

重兼、伊織、半佐――三人でよい」

永重の言葉に三人は同時にうなずく。


「夕霧、留守を頼む」

「かしこまりました。どうか御無事に」

夕霧は静かに頭を下げた。


「月心は先触れとして越前へ向かってくれ」

「承知いたしました」

月心も頭を下げた。


そして、月心が別の部屋へ向かい、戻ると持ってきた地図を広げた。

「丹波より若狭路(わかさじ)を抜け、北へ。

積雪はございますが、馬を替えつつ急げば二日。

帰路を含め四日」

「四日……」

永重は指で道筋をなぞった。


「殿には?」

半佐が問う。


「既に書状はしたためた。“雪乃殿に一目お目通り願いたく、越前へ参る”と」

永重は淡々と答える。

「叱られるなら戻ってからでよい」


重兼が豪快に笑った。

「それでこそ若殿だ」




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夜は更けていった。


それぞれが去り、座敷に残ったのは永重ひとりである。

燭台(しょくだい)の火が、静かに揺れている。


越前――木村家。

豊臣家中にあって確かな地歩を築く家。

その嫡女(ちゃくじょ)・雪乃。


(どのような方だろう)


名しか知らぬ相手。

顔も、声も、気質も分からぬ。


だが、十五日後には夫婦となる。

戦へ向かう前に家を固める。

それが父・永勝の思惑であることは明らかだった。



太閤・豊臣秀吉の朝鮮出兵は、もはや止まらぬ。

遠征軍は春には動くとの風聞もある。


(時は、待ってはくれぬな)


永重は立ち上がり、縁側へ出た。

夜気は冷たい。

庭の松にうっすらと雪が残っている。


「夕霧」


「はっ」

夕霧が音もなく庭先に現れた。


「そなたに一つ頼みがある」

夕霧は音もなく頷いた。


庭に積もる雪の白が二人を静かに包む。

その頼みごとの内容はまだ、誰の耳にも触れぬもの――。

雪に照らされた松の枝の影が、夜気に揺れ長く伸びて縁側を染めた。





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