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【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


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72/85

18-1 忍城【柊と伊織】

【御礼】

戸侯記が連載開始から43日にして10,000PVに到達しました。

深く御礼申し上げます


ただの時間潰し、暇つぶし。

それでも「読んでいただける」事は励みになります。

ご感想、ご評価も頂けると作者喜びます(笑)。


お目汚しもあろうかと思いますが、引き続きを読んでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。



「……鉢形(はちがた)舘林(たてばやし)も、八王子(はちおうじ)も落ちた。

小田原(おだわら)ももうすぐ開く。そなたの役目は終わりだ」

「……」

「ここは簡単には落ちぬ。

だが、忍城(おしじょう)の意味はもはや薄くなった」

「……はっ」

「色々な思いはあろう。だが、殿の御命令だ」

「承知いたしました」


会話しているのは、月心(げっしん)夕霧(ゆうぎり)

小田原城開城の数日前であった。



文月(ふみづき)(7月)のはじめ――


忍城は、豊臣軍の水攻めに未だ持ちこたえていた。


豊臣軍は(つつみ)を築き水攻めを続けていたが、幾度(いくど)となくその堤を破られ、その(あふ)れた水により多数の死者を出していた。

豊臣軍は、浅野弾正少弼(だんじょうしょうひつ)長政、上杉参議(さんぎ)景勝と前田権大納言(ごんだいなごん)利家らの参陣後、水攻めによる忍城本丸の水没をあきらめ力押しに変えたものの、水の抜けた忍城周辺は馬の(ひづめ)さえ立たない泥濘(でいねい)と化し、まともな戦いにすら至らない状況であった。

寄せ手(豊臣軍)は総勢で23,000人以上、守る忍城側(北条家成田(なりた)軍)は民を入れておおよそ3,000人。

死者数は豊臣軍2,000人以上に対し成田軍はわずか数人であった。

そんな中、永重(ながしげ)の命を受けた月心は忍城に入り、夕霧と対面していた。



その日の夜。


忍城の空は鈍く低かった。

水は退ききらず、泥は乾かず。

戦は終わりへ向かいながらもなお(くすぶ)っている。


月心の言葉は、短くそして容赦(ようしゃ)がなかった。

「そなたの役目は終わりだ」

それを思い浮かべながら、夕霧は(ともの)伊織(いおり)の前に(ひざまず)いていた。


「……出るのか」

伊織は問うた。


「はい」

それ以上は言わない。

言えなかった。


主命(しゅめい)にございます」

それだけを告げ、深く頭を下げる。


「そなたは――生きよ」


一瞬、夕霧の喉が詰まる。

「……はい」


伊織はそれ以上問わなかった。


「生きよ」

もう一度。

短い言葉だった。


夕霧は、深く、深く頭を下げた。


そして立ち上がると、音を立てずに部屋を出た。


振り返らない。

振り返れば、足が止まる。


(ひいらぎ)の眠る土を、胸の奥で抱きしめながら――

夕霧は忍城を抜けた。




-------------------------------------




――夜。


真田本陣。

六文銭(ろくもんせん)の旗が湿った風に揺れている。


真田本陣は忍城北方の高地、水を避けた堅地(かたじ)に張られていた。


見張りは多い。

だが、水攻めが思うように進まず兵の気は緩み始めている。


夕霧は泥に身を沈め、風の音に合わせて動いた。


忍城に入った時と同じ。

だが、心が違う。


(柊)


胸が、冷える。


柊を刺した刃。

あの鎖鎌(くさりがま)


戸隠流(とがくしりゅう)――そしてそれを抱える六文銭。


本陣中央に一際大きな幕舎(ばくしゃ)


気配がする。

二つ。いや三つ。


夕霧は地に伏せて耳を澄ます。


陣幕(じんまく)の中では地図が広げられ、水攻めの失敗が議論されている。


「堤を三度も破られるとは」

「内に通じる者がいるやもしれぬ」


その声に夕霧の目が細まる。

(内通ではない)

水は道を覚えている。それだけだ。


夕霧はさらに奥へと進む。

目的は一つ。

真田安房守(あわのかみ)昌幸(まさゆき)の首。


幕舎裏に回り込んだ瞬間――


「遅い」

低い声。


振り向いた時には、すでに囲まれていた。四方。


黒装束。

泥に溶ける影。


忍城(おしじょう)の女か」

鎖が、鳴る。


夕霧は短刀を抜いた。

「……」

無言。


先に動いたのは相手だった。

鎖が地を()い、足を(から)め取ろうとする。

()ぶ。


だが二人目が背後から迫る。

刃が肩を(かす)めた。熱い。


三人目。

息が合っている。


(強い)


受ける。いなす。退く。


だが数が違いすぎた。


鎖が腕に絡む。

引かれた。

膝が泥に沈む。


刃が振り下ろされた。その瞬間――


夜気を裂く音。風が鳴いた。


黒装束の一人が、横へ吹き飛ぶ。


「下がれ、夕霧」

月心だった。


いつの間にか背後に立っている。

白い狩衣(かりぎぬ)は泥に染まり、だがその眼は静かだった。


「……なぜ」

無言。


月心の刀が(ひらめ)く。

一太刀。


二人、退く。

だが戸隠流は(ひる)まない。


鎖が一斉に飛ぶと月心は前へ出た。

夕霧の前に。


鎖を斬る。

火花。

だが、別の鎖が横から伸びてきた。


月心はそれを(つか)むと力いっぱい引き寄せる。

すると敵がよろめいた。


その瞬間、別の忍が月心の足元に低く滑り込んだ。


刃が走る。

鈍い音。


一瞬、夕霧には何が起きたかわからなかった。


次の瞬間――

地に、何かが落ちた。


月心の左腕だった。

肘より下。

血が、噴いた。


「――っ」

夕霧の喉が凍る。


月心の表情は変わらない。


ただ一瞬だけ、眉が動いた。


退()け」

低い声で月心が言う。

すると、右手一本で刀を握り直すと踏み込んだ。


一閃(いっせん)

黒装束の忍の首が、落ちた。


残る二人が怯む。

が、一人が叫んだ。

「囲め!」


だが月心は止まらない。


右手のみ。だが太刀筋(たちすじ)は鈍らない。

もう一人の喉を断つ。


最後の一人が、退いた。

影は闇へ溶けた。


残ったのは静寂と血の匂い。



すると月心が一歩よろめいた。

夕霧が支える。


「……申し訳ございません」

震える声で夕霧が言った。


月心は小さく息を吐いた。

「忍び込むなら、殺す覚悟と死ぬ覚悟、力を揃えてから行け」


血が止まらない。

夕霧は素早く自らの帯を解き、止血する。

強く、強く縛った。


「痛みますか」

「左でよかった」

それだけ言って月心は少し笑った。


夕霧が顔を上げる。


「剣は右だ」

血に濡れながらも、その声は揺れない。


遠くで喧騒(けんそう)が広がり始める。


「行くぞ」

「ですが――」

「ここで死ねば、柊に顔向けできぬであろう」


その名に、夕霧の胸が締め付けられる。


「……はい」


二人は闇へ溶けた。

背後で六文銭の旗が揺れていた。




-------------------------------------




夜明け前。

川縁。


月心は膝をついた。

顔色は白い。


「……夕霧」

「はい」

「役目は終わりだ」


忍城で聞いたものと同じ言葉。

だが今度は少し違った。


「忍城も、真田も、北条も……まもなく終わる」


遠く、小田原の方角に薄明かりが差す。


「戦が終われば、新しい争いが始まる」

夕霧は、月心の傷口を押さえながら聞く。

「その時、そなたは何を守る」


答えは、すぐには出なかった。

だが胸にあった。


――柊の温もり

――伊織の火種

――永重の言葉


「……生きます」


月心が、わずかに目を細める。

「そうか」


風が吹いた。血の匂いを運び去るように。


その夜、夕霧は知った。

命を懸けるとは、守られることでもあるのだと。


夜が明ける。

戦の終わりが、近づいていた。




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