16-2 石垣山城【天下人の威】
「ようやった!」
秀吉は笑顔で言うと、如水は伏した姿勢を一段と低く頭を下げた。
やや後ろには滝川下総守と息子の黒田長政も控えていた。
「ははっ」
「して、首尾は?」
如水はわずかに頭を上げて応えた。
「は。小田原城の引き渡しは三日ののち。
此度の責めとして北条家の領地は武蔵・相模・伊豆のみ。
当主である氏直には上洛を、とまずは申し伝えました」
すると、何かが飛んできて如水の隣に落ちた。
金箔で彩られた扇子――太閤秀吉の手元にあった扇子だった。
如水は目線を上げて秀吉の顔を見た。
目を細めて如水を見ている。
「如水。おみゃあ(お前は)寝ぼけておるのか?」
声音は低く、笑みは消えていた。
如水はわずかに伏したまま応える。
「は。
寝ぼけてなどおりませぬ」
「ならば何ゆえ、北条を三国に留めるなどと申す。
関八州を騒がせ、幾万の兵を動かしたのだぞ。
甘き沙汰は諸大名に侮りを生む」
秀吉は立ち上がり、ゆるりと如水の前まで歩み寄る。
「皆、見ておる。伊達も、徳川も、毛利もな。
天下人の威を」
如水は顔を上げた。
静かな目だった。
「威は、すでに満ちております」
続ける。
「天下人とは、威でなく徳で治めるもの」
秀吉の目が細くなる。
「北条を生かせと?」
如水は深く頭を下げた。
「氏直一人に責を負わせるは、軽すぎまする」
「……軽いだと?」
「家を守るため腹を切るは武家の常。
されど、戦の理ではなく天下の理にて裁かれるべきかと」
秀吉は黙したまましばし如水を見下ろした。
「申してみよ」
「北条は改易とし、氏直は上洛のうえ処分を仰ぐ。
父・氏政には隠居を命じ責を明らかにする。されど一族と兵には大赦を。
北条旧臣は散らしまする」
秀吉はふっと鼻で笑った。
「おぬし、相も変わらず遠くを見る」
如水は答えない。
秀吉はゆっくりと扇子を拾い上げ、ぱちりと開いた。
重い沈黙。
「若き氏直は生かせと申すか」
「若木は、曲げれば矯められます。
断てば二度と芽吹きませぬ」
滝川下総守も長政も、息を詰めている。
秀吉は天井を仰いだ。
「如水」
「は」
秀吉はしばらく考え込み、やがて言った。
「氏政、切腹。
一門筆頭として氏照、宿老の松田憲秀と大道寺政繁も腹を切らせよ。
氏直は上洛のうえ流罪。
北条は改易とする。そして関東は家康へくれてやる」
如水は深く頭を垂れた。
「……御意」
「ただし」
秀吉は如水を見据える。
「甘きと申す者があれば、すべてお前が受けよ」
「はっ……」
「情けをかけるも、斬るも、すべてはわしの采配。
その違いを見誤らせぬよう筋道を立てよ」
そして秀吉が続けて言った。
「これを吞まぬなら、北条一族と家臣――女子供も全て殺せ」
後ろに控えた長政の身体が、揺れた。
「吞ませまする」
如水がそう返すと、秀吉は最後に満面の笑顔で言った。
「さて――次は奥州じゃ。
天下はまだ、わしを待っておる」
笑い声が広間に広がる。
だがその奥に潜む刃の冷たさを、この場の誰もが忘れはしなかった。




