表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/87

16-2 石垣山城【天下人の威】


「ようやった!」


秀吉(ひでよし)は笑顔で言うと、如水(じょすい)は伏した姿勢を一段と低く頭を下げた。

やや後ろには滝川下総守(しもうさのかみ)と息子の黒田長政(ながまさ)も控えていた。


「ははっ」


「して、首尾(しゅび)は?」


如水はわずかに頭を上げて(こた)えた。

「は。小田原(おだわら)城の引き渡しは三日ののち。

此度(こたび)の責めとして北条家の領地は武蔵(むさし)相模(さがみ)・伊豆のみ。

当主である氏直(うじなお)には上洛(じょうらく)を、とまずは申し伝えました」



すると、何かが飛んできて如水の隣に落ちた。

金箔で(いろど)られた扇子(せんす)――太閤(たいこう)秀吉の手元にあった扇子だった。


如水は目線を上げて秀吉の顔を見た。

目を細めて如水を見ている。


「如水。おみゃあ(お前は)寝ぼけておるのか?」

声音は低く、笑みは消えていた。


如水はわずかに伏したまま応える。

「は。

寝ぼけてなどおりませぬ」


「ならば何ゆえ、北条を三国に(とど)めるなどと申す。

(かん)八州(はっしゅう)を騒がせ、幾万の兵を動かしたのだぞ。

甘き沙汰(さた)は諸大名に(あなど)りを生む」


秀吉は立ち上がり、ゆるりと如水の前まで歩み寄る。

「皆、見ておる。伊達(だて)も、徳川(とくがわ)も、毛利(もうり)もな。

天下人の()を」


如水は顔を上げた。

静かな目だった。


「威は、すでに満ちております」


続ける。

「天下人とは、威でなく徳で治めるもの」


秀吉の目が細くなる。

「北条を生かせと?」


如水は深く頭を下げた。


「氏直一人に責を負わせるは、軽すぎまする」

「……軽いだと?」

「家を守るため腹を切るは武家の(つね)

されど、戦の(ことわり)ではなく天下の(ことわり)にて裁かれるべきかと」


秀吉は黙したまましばし如水を見下ろした。

「申してみよ」


「北条は改易(かいえき)とし、氏直は上洛のうえ処分を仰ぐ。

父・氏政には隠居(いんきょ)を命じ責を明らかにする。されど一族と兵には大赦(たいしゃ)を。

北条旧臣は散らしまする」


秀吉はふっと鼻で笑った。

「おぬし、相も変わらず遠くを見る」


如水は答えない。


秀吉はゆっくりと扇子を拾い上げ、ぱちりと開いた。

重い沈黙。


「若き氏直は生かせと申すか」

「若木は、曲げれば()められます。

()てば二度と芽吹(めぶ)きませぬ」


滝川下総守も長政も、息を詰めている。


秀吉は天井を仰いだ。

「如水」

「は」


秀吉はしばらく考え込み、やがて言った。


氏政(うじまさ)、切腹。

一門(いちもん)筆頭(ひっとう)として氏照(うじてる)宿老(しゅくろう)の松田憲秀(のりひで)大道寺(だいどうじ)政繁(まさしげ)も腹を切らせよ。

氏直は上洛のうえ流罪(るざい)

北条は改易とする。そして関東は家康(いえやす)へくれてやる」


如水は深く(こうべ)を垂れた。

「……御意(ぎょい)


「ただし」

秀吉は如水を見据(みす)える。


「甘きと申す者があれば、すべてお前が受けよ」

「はっ……」

「情けをかけるも、斬るも、すべてはわしの采配。

その違いを見誤らせぬよう筋道を立てよ」


そして秀吉が続けて言った。

「これを()まぬなら、北条一族と家臣――女子供も全て殺せ」


後ろに控えた長政の身体が、揺れた。


「吞ませまする」


如水がそう返すと、秀吉は最後に満面の笑顔で言った。

「さて――次は奥州(おうしゅう)じゃ。

天下はまだ、わしを待っておる」


笑い声が広間に広がる。

だがその奥に潜む刃の冷たさを、この場の誰もが忘れはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ