表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/85

16-1 石垣山城【天下人の威】


文月(ふみづき)(7月)の五日――昼



小田原(おだわら)城を包囲していた滝川下総守(しもうさのかみ)雄利(かつとし)の陣中に北条氏直(うじなお)の姿があった。

その陣中には、氏直の降伏書簡を受け取った黒田勘解由次官(かげゆうのすけ)如水(じょすい)床几(しょうぎ)に座していた。

滝川下総守もまた側に控えていた。


「よう決断なされた」

如水が言った。


氏直は短く息をついた。

降伏の書状は、氏直が(おのれ)の手で書いたものだった。

が、緊張と覚悟がにじむ。


氏直に随行してきた者たちはそれぞれ胸中(きょうちゅう)複雑な思いを抱き、肩を震わせていた。


「――如水殿」

氏直は床几に座したまま、如水の目を見据(みす)えて言った。


「小田原の開城に際し、父を含めた(それがし)の親族、家臣と兵の赦免(しゃめん)を願いたい。

その代わり――某が腹を切り申す」


「……」

如水は黙したまま氏直を見つめた。


「ご当主が腹を切るには及びませぬ」

如水が短く言うと、氏直の指先がわずかに反応した。


如水は続けて

「――が、その責は誰かが負わねばなりませぬ」

そう言うと、氏直がすぐさま返す。


「誰か――とは。

当主以外に責を負うものはおりますまい」


氏直は、微動だに揺れていなかった。


「……人は三日も会わねばこうも、な……」

そう呟くと少し笑みを浮かべて如水は、杖を持ち床几から立ち上がった。


「まずは。

北条家の御領地は武蔵(むさし)相模(さがみ)・伊豆のみ。

次に、ご当主には上洛(じょうらく)頂くこととしたい」


如水が言うや否や、氏直は目を見開いて驚いた。

「それは……ご厚情(こうじょう)が過ぎましょう」


「まだ先がござる」

笑みを消して如水は続けた。


「いま申したのは、某の考える条件にござる。

これより、これを軸として太閤殿下に遡上(そじょう)したのちに決するものとお心得頂きたい。

そして先程も申したが――責は誰かが負わねばなりませぬ」


氏直が口を開こうとすると、如水が左手で制し続ける。

「よろしいか、ご当主殿。

何を、どのように選ぶか。

――某は北条家が滅ぶことを()とは考えておりませぬ」


そう言うと居並ぶ北条家家臣を見渡し、声の音を少し上げて如水は言った。


「小田原城の引き渡しは三日ののち。

太閤殿下(たいこうでんか)御沙汰(ごさた)は、明日申し伝える」


氏直とその随行してきた家臣は皆、黙したまま頭を下げて最初の会談は終わった。




-------------------------------------




如水は氏直らとの会談を終えると、滝川下総守と息子の黒田長政(ながまさ)を連れて秀吉に目通りを願い出ていた。

控えの間にてお呼びがかかる間、目を閉じてじっと、()()を待っていた。


(ふすま)の向こう側に気配があった。

「――藤懸(ふじかけ)永重(ながしげ)にございます。

お呼びとのことにつき、参上(つかまつ)りました」


「入れ」

そう返すと、如水は目を開いた。


永重は入ると襖を閉め、如水と滝川下総守の前に座り頭を下げた。


「聞いたな」

「は」

「割れた」

「は……」


永重が顔を上げる。

如水が続ける。


「決めたのは氏直であった。若き当主が決めた」

「は……」

「さて……これより、そなたならどうする?」


しばし黙したのち、永重が口を開いた。

「某ならば……小田原城の召し上げと御領地の縮小が妥当(だとう)と考えまする」


それを聞いた如水は目を細め即答する。

「責をどう考える」


「はて……何の責でございましょうや」

永重は言ってのけると続ける。


「小田原の開城にてその責は果たされたものと。

――そもそも、ことの始まりは北条と真田による沼田領を巡る(いさか)いでございます。

その(みなもと)は徳川家……」


「永重」

如水は遮って永重の目を見つめて言った。

「相手は、殿下だ」

部屋の空気が一気に寒くなる。


永重も如水から目を離さず、言う。


「ならばこそ、です。

小田原の開城をもって、殿下は名実ともに天下人となられます。

――まだ血を流せ、と(おっしゃ)られますか」


「その(ことわり)が通用すると?」


「せねばなりませぬ。

天下は天下人のものであると同時に、そこには"責"がございます」


「天下人の責、とは何だ」


空気が、張りつめる。


「――薫風(くんぷう)自南来(みなみよりきたり)殿閣(でんかく)微涼(びりょう)(しょう)ず」


しばし沈黙。


すると如水の口元がわずかに上がり、ゆるやかに言う。

「……(さと)いな、おぬしは」


そしてわずかに目を細めて

「いくがよい」

「は……」

永重はそう言うと一礼して部屋を辞した。




永重の気配が遠ざかると、如水は大きく一息ついた。


「肝が冷えましたぞ」

長政が言う。


「……あれはいかん。遠ざけよ」

如水が呟くように言う。


「いけませぬか」

「駄目だ」

長政の問いに如水は即答する。


「あれは……上げてはならん。

あれの“理”を抑えられる者は……抑えようとすればいずれ()まれるやもしれぬ」


如水はふと力を抜いて笑みを浮かべると長政を見て言った。

「いらぬ苦労はせずともよい」


そしてそのまま宙を見て、小さく(つぶや)いた。


――(ひと)たび(きょ)の為に移されて

――苦楽(くらく)(なが)相忘(あいわす)

――願わくは言わん此の(ほどこ)しを(ひと)しくして

――清陰(せいいん)四方(しほう)()かたんことを。

か。



すると、秀吉よりお呼びがかかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ