2-2 称名寺
「よう、ここまで段取りを整えられたな。
それがしも随行いたす。以後、よしなに頼むぞ」
呵々たる笑い声が、お堂の中に朗らかに響いた。
三之丞より、秀吉一門とともに美濃へ随伴せよとの命を受けた松丸は、ひとまず自邸へ戻り家族に仔細を伝えたのち、長浜城にて一行と合流、再び称名寺へと足を運んでいた。
「広瀬様、よろしくお願い申し上げます」
松丸はそう言って、深々と頭を垂れた。
広瀬兵庫助。
名を康親という。
齢はまだ二十四。若武者ながら胆力に富み、しかも折々に見せる細やかな心配りゆえ、配下の者たちからの信望も厚い。
長浜城築城の折にも骨身を惜しまず働き、羽柴秀吉の覚えも殊のほかである家臣の一人であった。
「――して、広瀬様。いつ頃、美濃へ出立いたしますか」
松丸の問いに、兵庫助は口元を緩めて応じた。
「兵庫助でよい。ははは」
しかし、次の瞬間、その面持ちはきりりと引き締まる。
「事が起きてからというもの、慌ただしくここまで来た。
お方様は気丈に振る舞っておられ、ご母堂様も取り乱した様子は見せておられぬ。
されど、胸の内はいかばかりか――察するに余りあるな」
一拍、言葉を置いてから、兵庫助は続けた。
「さればこそ、急がねばならぬ。
明朝にはここを発つよう、手配を進めようぞ」
静かな声ながら、そこには決意の色が濃く滲んでいた。
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翌朝、まだ空の白みきらぬ刻。
称名寺の境内には、すでに旅支度を整えた者たちの影があった。
冬の名残を含んだ朝気が肌を刺し、馬の吐く白息が静かに立ちのぼる。
秀吉の妻――お方様と、その母堂は、侍女に付き添われながら輿へと乗り込まれた。
表情には疲れの色こそあれ、乱れは見えぬ。むしろ、その沈黙こそが胸の内を物語っているようであった。
住職である性慶もまたその輿の側にて随行していた。
兵庫助は一行を見渡し、
「よし。出立いたす」
その声を合図に、馬の手綱が引かれ、輿が静かに動き出す。
松丸は最後尾に控え、周囲の様子に目を配りながら歩を進めていた。
美濃への道は決して近くはない。
しかも何が起こるか知れたものではなかった。
(父上に代わりお方様らをお守りせねばならぬ――)
胸の内でそう念じる松丸の背に、兵庫助の声がかかる。
「松丸」
「はっ」
「気負うな。護りは皆でいたす。
されど、そなたの目配りは頼りにしておる」
思いがけぬ言葉に、松丸は一瞬言葉を失ったが、やがて深く頷いた。
「ありがたきお言葉。命に代えても務めを果たします」
兵庫助は満足げに笑い、再び前へと馬を進める。
一行が街道へと入る頃、朝日が山の端より差し込み、長浜の町を淡く照らし出した。
その光の中で、松丸は知らず拳を握りしめていた。
この旅路が、ただの移動に終わらぬことを――
彼自身、どこかで予感していたのである。




