幕間 秀勝没後~次話
ここまでお読み頂きありがとうございます。
前話で第二章完結です。
(前回の幕間でも述べましたが、いずれ編集で章立てを考えています)
今後は少しルビの追加や文体を見直すなど、序章から少しずつ手を入れていければと思います。
また、第三章からは更新頻度が落ちるかもしれませんが、手直しなどを減らすべく一つひとつ、じっくりと取り組みたいと思います。
ご感想、ご評価を頂けると作者喜びます(笑)。
引き続きよろしくお願いします。
第二章は、近江の長浜から舞台を丹波亀山に移して物語は始まりました。
今回、松丸はわずか13歳で元服し、名を永重に改めました。
元服の際の烏帽子親は、かの有名な黒田官兵衛です。
時を同じくしてもう一人の名軍師、竹中半兵衛の嫡子である重門も共に元服しました。
この章ではもう登場しませんでしたが、今後の永重の人生に大きく関わってくるかもしれません。
そして発生したのが天正大地震です。
物語の中でも少し触れていましたが、実際この地震は多大な被害を及ぼしたそうです。
そうした中、永重は父・永勝より本能寺の変の密事について聞かされます。
今までのこと。
これからのこと。
様々な思いや不安が駆け巡ったのではないかと思います。
(それが皆さまに上手く伝わっていれば幸いです)
さて、この年天正十三年(1585年)は史実でも多数の出来事が起こりました。
中納言秀勝と毛利輝元の養女との縁組に始まり、
3月には秀吉が紀伊征伐を行い、その地を今話題の弟秀長に任せます。
4月には大坂城(当時は大阪ではなく大坂)の天守が完成。
7月には四国を平定し、秀吉は従一位関白に叙任。
(豊臣の姓を賜るのは翌年になります)
11月にはこの物語にも登場した天正大地震が発生しました。
そして12月、羽柴秀勝が病死しました。
そして、第二章では第一章にも増して登場人物が増えました。
※カッコ()内は年齢です。
まずは多紀重兼(26)。刀の扱いに秀でた永重の直臣です。
次いで月心(29)と夕霧(18)。いずれも優れた忍びで、重兼と同様に直臣となります。
そして第一章から登場していた半佐は、名字を賜り平松半佐(18)となりました。
あと忘れてはならない愛馬夜光(3)。大事な仲間です。
このあと、いよいよ秀吉の天下が近づいてきます。
天正十四年(1586年)には徳川家康と縁組を行い、越後の上杉景勝も上洛します。
そして九州征伐を行います。
その最中に秀吉は朝廷より豊臣の姓を賜り、豊臣秀吉と名乗ります。
そして12月には、朝廷の最高位である太政大臣にまでのぼりつめるのです。
翌年には九州を制圧。
そして、いよいよ残るは関東の北条と奥州となりました。
第三章は、第二章から5年後の天正十八年(1590年)――永重は十八歳になります。
ここが次の舞台です。
★作者のひとりごと★
2026年1月15日からこの物語を書き始めて2月10日、27日という約1ヶ月で5,000PVに達しました。
皆様ありがとうございました。
前回も書きましたが、
ただの時間潰し、暇つぶし。
それでも「読んでいただける」事は、励みになります。
お目汚しもあろうかと思いますが、引き続き読んでいただけると幸いです。
ご感想、ご評価もよろしくお願いします。




