表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/85

8-3 丹波亀山


翌朝――


城からの急使が来ると永勝は丹波亀山城へ戻った。


その夜。


母・養観院に看取られながら羽柴権中納言秀勝はこの世を去った。

享年十八であった。


藤懸家はとりわけ重く、静まり返っていた。



そして、盛大な葬儀は人々の目を驚かせた。

白布に包まれた柩が運ばれ、読経が絶え間なく続き、公家衆も武家衆も、皆一様に沈痛な面持ちで頭を垂れた。


だが――


永重の胸に去来していたのは、哀惜だけではなかった。


永勝は、葬列の最中も一言も発さずただ前を見据えていた。

その横顔には、悲しみと同時に覚悟の色が宿っていた。


(中納言様に、もしものことがあれば――)


あの夜の言葉が、永重の胸によみがえる。



藤懸家は、太閤殿下に仕える。



それは、単なる主替えではない。

天下人の中枢に近づくということ。

同時に、計り知れぬ策謀の渦へ身を投じるかもしれない、ということでもあった。




葬儀が執り行われた夜――



藤懸家に連なる者が居間に集められた。

永勝は静かに一同を見渡し、短く告げた。


「これより、我らは太閤殿下にお仕えする」


異論は出なかった。

出せる空気ではなかった。


それが生き残るための道であると、誰もが理解していたからだ。


永重は、父の隣に座していた。

胸の奥にあの言葉が重く沈んでいる。


――太閤殿下は、あらかじめ知っておられた。


あの御方のもとで生き抜かねばならぬ。



天下の潮流は、すでに次の段へと動き始めていた。




-------------------------------------




翌日――


永重は半佐、重兼、月心と夕霧の五人で近くにある堂徳山に出かけた。


少し開けた場所で休憩を取ると、麓に目をやりながら永重が思い口を開いた。


「――これから、我らは太閤殿下の臣だ」


四人はその永重を後ろから黙って見つめている。


永重は続ける。

「ひとつでも手を誤れば、どうなるかわからぬ」


永重は振り返り、各々の顔を一人ずつ見ると

「……私はまだ、足りぬ。

力も知恵も、知識も、立場もだ」


そう言うと、永重はゆっくりと拳を握り大きく一息ついて頭を下げた。

「だからこそ、力を貸してほしい」


山風が静かに吹きつける。


半佐が小さく鼻を鳴らした。

「今さら何を仰せられる。永重様の背を守るのが我らの務めにござる」


重兼は腕を組んだまま、低く言う。

「それを承知で進むと決めたのは若殿にござる。

我らはそれをお支えするのみ」


月心は目を細め、夕霧は静かにうなずく。

「永重様が足りぬと仰るなら、我らが補えばよいだけのこと」

夕霧の声は穏やかで、それでいて揺るぎがなかった。


永重はゆっくりと顔を上げる。


眼下の城下町は、何事もなかったかのように静まり返っている。

だが、その静けさの下で、主は代わり誓いは塗り替えられ、命運は動き始めている。


拳を開き、永重は堂徳山の尾根の向こうを見据えた。



太閤殿下。



あの御方の懐へ入るということは、光の中に立つことではない。

影の濃さを知るということだ。


「我らは生き残る。

何としてもだ」


その声はまだ若い。

だがその奥底には、確かな覚悟が芽生えていた。


堂徳山の上を渡る風が五人の衣を揺らす。

天下の潮流は速い。


その流れに呑まれるか、乗りこなすか。


試される日がいずれ来る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ