7-2 京【団子屋】
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2026.8.18 文章構成含め、全体的に改稿しました。
京の旅籠で話し終わった五人は、明日の出立に対し各々で準備をしていた。
重兼は明日の出立に備えて荷を運んだ人足たちへの差配に追われている。
どの荷を誰に持たせ、どこまで先回りして手配しておくか。
旅慣れた男だけにこうした段取りには抜かりがない。
月心は馴染みの店へと足を向けた。
人の口から人の口へ渡る話ほど京では早い。
酒の席で何気なく交わされた言葉が、翌朝には別の意味をまとって広まっていることもある。
月心はそうした噂の中から、使えるものを拾い上げていく。
今日の話だけではない。
明日、明後日のための種を撒くのも彼の役目だった。
そして永重は、父・永勝に何をどう伝えるべきかと思案していた。
誰にでも話せることではない。
胸の内で言葉を組み立てては崩し、また組み直す。
その繰り返しをしているうち、京の空には夕暮れが近づいていた。
そんな中――。
半佐と夕霧は、京の街角にある小さな団子屋の軒先にいた。
店と呼ぶにはあまりにも小さい。
古びた木の台に炭火の入った七輪が置かれ、その脇では店の女が手際よく団子を返している。
醤油の焦げる匂いが鼻をくすぐり、白い湯気が夕暮れの光を受けて薄く金色に見えた。
二人の前には、焼き上がった団子が二串。
炭火で炙られた餅はところどころに香ばしい焦げ目が付き、甘辛い醤油が艶を浮かべている。
「……冷めるよ」
半佐が言った。
相変わらず愛想のない声だった。
そう言いながら、夕霧の前の串を少しだけ手前へ押し出す。
夕霧はそれを見た。
礼を言うでもなく、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「言われなくても食べます」
そう言いながらも、団子にすぐ手を伸ばすあたりが可愛らしい。
半佐は横目でそれを見た。
口元がわずかに緩みかけた。
が、すぐに元へ戻す。
――何をにやけている。
自分で自分にそう言い聞かせる。
夕霧はそんな半佐の内心など知らぬ顔で、団子を一つ口へ運んだ。
歯を入れると、表面の香ばしさの奥から柔らかな餅の甘みが広がる。
そこへ醤油の濃い味が重なった。
夕霧は目を細めた。
「……相変わらず、京の団子は味が濃い」
「文句を言いながら、二つ目を食べるのが早いな」
「……」
夕霧の手が止まった。
半佐を見る。
半佐も見る。
ほんの一瞬、二人の間に妙な沈黙が落ちた。
「食べるのと評価は別です」
夕霧はそう言うと、何事もなかったように背筋を伸ばした。
妙に真面目な顔だった。
そのくせ、次の団子へ伸びる手は早い。
半佐は堪えきれず鼻から小さく息を漏らした。
「……何です?」
「いや」
「今、笑いましたね」
「笑ってない」
「笑いました」
「食べるなら食べろ」
「話を逸らした」
夕霧はそう言いながら、また団子を口に入れた。
その頬がわずかに膨らむ。
半佐はそれを眺めながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じていた。
いろいろなことがあった。
永重のこと。
頼明のこと。
これから向かう先のこと。
考えれば、気が休まることなどほとんどない。
それでもこうして団子を食べている間だけは、何でもない日常のようだった。
半佐は湯呑を持ち上げた。
一口啜る。
そして、ふと思ったことをそのまま口にした。
「なあ、夕霧」
「はい?」
「永重様のことはどう思ってる?」
夕霧の手が止まった。
串を持ったまま、半佐を見る。
「どう……とは?」
「そのままだ」
半佐は湯呑を置いた。
「永重様は、俺の命の恩人だ」
夕霧は黙って聞いている。
「けどどんなに大人ぶっていても、まだ十三だ」
その言葉には奇妙な響きがあった。
子供だと言っているのに、半佐の声には敬意があった。
「俺たちが支えてやらなきゃならない」
夕霧は目を伏せた。
永重の顔が浮かんだ。
まだ幼さの残る顔。
それなのに、ときおり大人でも躊躇うような決断をする。
そのことを思えば、半佐の言葉も分からなくはなかった。
「……お支えしたい」
半佐は続けた。
「夕霧。そなたも永重様を支えてくれないか」
しばし夕霧は答えなかった。
やがて、ふっと笑った。
「……私は永重様に雇われてるのよ?」
その笑みには、少しばかり呆れた色があった。
「半佐様に言われるまでもないわ。最初からそのつもりよ」
「半佐でいい」
「え?」
「俺は元々、百姓だから」
夕霧が片眉を上げる。
半佐は少しだけ困ったような顔をした。
「様なんて付けられると、むず痒い」
「……そう」
「それに」
半佐は一度、視線を落とした。
炭火の赤い光が団子の焦げ目を照らしている。
「俺は、三年前まで永重様の敵だった」
夕霧の表情が変わった。
半佐は静かに続けた。
「永重様を襲った。賊だったんだ、俺は」
「……」
「よく斬られなかったと思うだろ?」
夕霧は答えなかった。
ただ、半佐を見つめている。
「俺もそう思う」
半佐は苦笑した。
「けど、永重様は俺を斬らなかった」
その声から、笑みが消えた。
「許してくださった。それだけじゃない。
側に置いてくれた。平松の姓までくださった」
夕霧の目がわずかに見開かれる。
「……よく斬られなかったわね」
ようやく出た言葉が、それだった。
半佐は一瞬きょとんとし、それから声を立てずに笑った。
「だろう?」
「普通なら斬るでしょう」
「俺もそう思う」
「永重様って……」
夕霧は言葉を探した。
だが、うまく出てこない。
半佐が先を引き取る。
「甘いだけの御方じゃない」
その言葉には、確かな自信があった。
「俺に武芸を教えてくださった。文字も教えてくださった」
半佐は自分の手を見る。
百姓だった頃には鍬を握るためだけにあった手。
今では刀を握り、筆を握る。
「親もいなかった俺に、生きる術までくださった」
一拍置いてから、半佐は言った。
「文字通り、命の恩人なんだ」
夕霧は何も言わなかった。
半佐の横顔を見ている。
その顔には、永重への恩だけではないものがあった。
もっと深いところから湧き上がる、揺るがぬ情。
半佐はそれを隠そうともせず静かに言った。
「恩を感じてるだけじゃない」
夕霧が顔を上げる。
「俺は、あの御方が好きだ」
言葉にすると、思いのほか簡単だった。
「たぶん、頼明様も同じだと思う」
半佐は夕霧の目をまっすぐ見た。
「だから……一緒にお支えしてほしい」
夕霧の頬が、ほんのりと赤くなった。
何故だか分からない。
ただ、その言葉を真正面から受け止めるのが、少しばかり照れ臭かった。
「わ、分かってるわよ」
夕霧は視線を逸らした。
「この数日、ご一緒してみて……そのお人柄が少しだけど分かった気はしてる」
そう言うと、残っていた最後の団子へ串を伸ばした。
口へ運ぶ。
もぐもぐと咀嚼しながら、夕霧は小さく続けた。
「だから、心配しなくていいわ」
半佐はしばらく夕霧を見ていた。
それから、短く息を吐く。
「……良かった」
そして頭を下げた。
「よろしく頼む」
夕霧は一瞬だけ目を丸くした。
やがて、小さく笑う。
「こちらこそ」
炭火の向こうで、店の女が二人をちらりと見た。
空はいつの間にか、深い朱に染まっている。
西の空に残った夕陽が町家の屋根を撫で、長く伸びた影が石畳を覆っていた。
京の町に夜が近づいている。
店先を通り過ぎる人々の足音。
遠くで聞こえる呼び声。
風に揺れる暖簾。
そのすべてが、少しずつ夜の静けさへ溶けていく。
半佐と夕霧は立ち上がった。
「行きましょう」
夕霧が言う。
「ああ」
二人は並んで歩き出した。
明日は、京を発つ。
その先に何が待っているのか、二人にはまだ分からない。
けれど――
永重を支える。
その思いだけは、先ほどよりも確かなものになっていた。
二人は肩を並べ、暮れゆく京の町を歩いていった。




