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【御礼10,000PV到達】戸侯記  作者: 和音


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6-13 丹波亀山


三人は、翌朝登城することを申し合わせてそれぞれ家路についた。


永重は華らに、無事に戻ったこと、そして領内の被害が軽微であったことを伝えた。

また、重兼が今後仕えることになったことも告げたが、近江での出来事についてはあえて口にしなかった。


永重は夜光(やこう)の世話をしてその労をねぎらったのち、華が用意してくれた蒸し風呂へ、半佐と共に入って身を清めた。



-------------------------------------



夕餉を終える頃には肌寒さが増し、永重と半佐、次郎丸と志野の四人は、居間の囲炉裏に火を起こして温まっていた。



すると――


「御免」

玄関口から、低く抑えた声が届いた。


聞き覚えのあるその声に半佐が反応し、玄関口へ向かった。


「――如何なされたのです」

「若殿にお話があって参った。まだ起きておられるか」


応じながら、半佐に続いて重兼が居間へ入ってきた。



「――如何した?」


永重が顔を見て問うと、重兼は腰の刀を左脇に置き胡坐で座りながら頭を下げた。


「夜分に申し訳ございません。

急ぎお知らせしたき儀がございます」


そう言うと、重兼を物珍しそうに見つめる次郎丸と志野の顔をちらりと見た。


永重は少し迷ったが

「……かまわぬ。申せ」

と促した。


「はっ。

夕刻、当家へ出入りしている商人が、気になることを申しておりまして……」


その言葉に、囲炉裏の炭の爆ぜる音がやけに大きく響いた。

永重は眉をわずかに動かしただけで口を挟まず続きを促す沈黙を保った。


「その者は、丹波亀山城にも出入りしている古馴染みの商人ですが……」

一拍。

「今朝、城内で思いがけぬ人物を見たと申しております。

――足利義昭公の奉公衆、槇島(まきしま)昭光(あきみつ)であったと」



足利義昭――

言わずと知れた室町幕府十五代将軍である。

織田信長に擁され上洛を果たしたのち、信長と対立。。

包囲網を築き上げるも敗れ去り京を追われ、現在は毛利領である備後国・鞆に在る。


奉公衆とは、将軍直轄の役を担う幕府官職である。



重兼が告げたその名に、囲炉裏の火が一瞬だけ揺らいだように見えた。


「足利公の奉公衆が……何故(なにゆえ)、丹波に」


永重の問いに、重兼は答えかけ――ふと、言葉を切った。


閉ざされた雨戸へと、視線が向けられる。

次の瞬間、重兼は左脇の刀を取り上げ、無言で鯉口を切った。


空気が張り詰める。


次郎丸と志野は声を上げそうになったが、とっさに両手で口を塞ぎ、必死に堪えた。



重兼は半佐と目を合わせ、静かに頷く。

二人は音も立てず雨戸へ忍び寄った。


重兼は居合の構えを取り、半佐が両手で一気に雨戸を開く。


「――――何奴(なにやつ)!!」

重兼が声を張り上げ、抜刀しようとした、その瞬間。


雨戸の外にいた影は、庭先へ大きく跳び退き、着地と同時に平伏した。

それは人とは思えぬ跳躍であった。



「――――お待ちくだされ」


体を伏せたまま両手を前へ差し出し、その者は静かに言った。


「某、石川頼明様の手の者にございます」


重兼は刀に手を掛けたまま、ちらりと永重を顧みた。


永重が目をやる。

「頼明殿の……?」

と短く返す。


「これより懐に手を入れ、預かりし書状をお渡しいたします。

御一読頂ければ、お分かりになるかと」


男はゆっくりと懐へ手を入れたのち書状を取り出すと、庭へ降りた半佐に差し出した。


永重が受け取り開くと、重兼が問う。

「――そなた、素破(すっぱ)だな。伊賀者か」


男はわずかに身を起こし、重兼の鋭い視線を受け止めつつ答える。

「はっ……左様にございます」


次郎丸は小刻みに震えながらも、歯を食いしばって耐えていた。

志野は奥へ駆け込み、華らのもとへ向かう。


油灯の揺らめきが、書状の文字に陰影を落とす。

重兼は刀から手を離さぬまま、男の一挙手一投足を見逃さずにいた。



「……なるほど、確かに頼明殿からの書だ」

永重は書状を懐へ納め、囲炉裏の火を見つめたまま、しばし黙した。



男はそのまま地に伏し、

「御返答を賜りたく」

と静かに頭を下げる。


「そなた、名は?」

男は地面に伏せたまま、少し間を置き答えた。

「申し遅れました。月心(げっしん)と申します」


「月心――この書の内容、そなたは知っておるな」


月心はまたもや少し身を起こし、永重の目を見て言った。

「読んではおりませぬ。

されど、書かれている中身は存じております」


やり取りの間も半佐と重兼は、緊張の糸を緩めず月心の動きを警戒している。


やがて永重は重兼に目を向け、

「もうよい」

と一言告げた。


そして月心に視線を戻し、

「承知。と」

一言だけ伝えた。


「荷は別の者に届けさせる。

そなたは急ぎ戻り、頼明殿へ伝えよ。

――もう一人も、いつ頃になる?」


「明日には」

月心は最初から一切の乱れなく、同じ声音で静かに答えた。


「わかった、行くがよい」

月心は深く一礼すると、音もなく闇へ溶け込んだ。



「素破……あれが忍びですか。初めて目にしました」

半佐がそう呟き、大きく息を吐く。


永重は次郎丸を見て言った。

「母上と志野らのもとへ行き、何事もなかったと伝えよ。

――重兼、半佐。話がある。先ほどの足利公とも関わることだ」


そう告げると、「雨戸を閉めよ」と静かに続けた。





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