6-12 丹波亀山
永重ら三人は控えの間に入ると、すぐに永勝から呼ばれた。
「よく戻った。状況は如何であった」
永重は、
死者はなく、家屋や橋、道路の被害も軽微であり、修繕の段取りや怪我人の治療、物資の手配も滞りなく進んでいることを口上で報告した。
「――ご苦労であった。
大きな被害がなかったのは、まずは幸いだ……」
永勝は疲れた顔にわずかに笑みを浮かべた。
「あれから多くの情報が入ってきてな……
よそでは大変なことになっておる」
その言葉とともに、表情から笑みは消えた。
各地の被害は甚大であった。
最大の被害は、飛騨国にある帰雲城の消失である。
帰雲山の麓にあったその城は、地震で崩落した帰雲山に埋没し、城主・内ヶ島兵庫頭氏理とその一族、そして民すべてが行方不明であった。
他にも、
美濃大垣は全壊焼失、越中の木船城も倒壊し城主・前田秀継は行方知れず。
美濃郡上地域は水没。
近江から尾張、伊勢の広範囲に渡り、地より湧いた水(液状化現象)により多数の家屋が倒壊した。
特に近江では、長浜城下の一部集落が淡海乃海(琵琶湖)に水没し、長浜城も全壊。
城主・山内対馬守一豊は一人娘を失っていた。
その報告に、永重らはしばし絶句した。
「――近江が、まさかそのようなことに……」
半佐がぽつりと呟いた。
半佐の呟きに、永勝は静かに頷いた。
「地が裂け民の相当数が淡海乃海にのまれたらしい。
対馬守は自ら瓦礫を掘り返し、生き残った家臣とともに娘を探したそうだが……」
そこで言葉を切り、永勝は一瞬だけ目を伏せた。
「――見つかったのは、亡骸であったと聞いた」
控えの間に、重苦しい沈黙が落ちる。
永重は拳を膝の上で固く握りしめた。
誰の力も及ばぬ災厄が人の命を奪っていく。
その理不尽さが、胸の奥に冷たいものを残していた。
「帰雲城の件も……」
重兼が低く口を開いた。
「一瞬にして、城も人も、すべてが土の下とは……」
「うむ」
永勝は重兼の言葉を受け、静かに短く答えた。
「殿」
永重は一歩進み出て、深く頭を下げる。
「丹波では幸いにも被害は軽微にございました。
されど、近国の混乱はいずれ我らにも及びましょう。
今後の備え、如何なされますか」
永勝は永重をまっすぐに見つめた。
その眼差しには、疲労の奥には、はっきりとした決意が宿っている。
「まずは、領内の安定を最優先とする」
きっぱりと言い切った。
「米、塩、材木――物資を改めて点検し、余力があれば近隣へも融通する。
困窮するところがあれば手を差し伸べる。
それは、巡り巡って我らの盾となる」
「ははっ」
三人の声が揃う。
「そして……」
永勝は言葉を継ぎ、少し声を落とした。
「人の動きに注意せよ。
この混乱に乗じて、よからぬことを考える輩が必ず出るやもしれぬ」
「ははっ」
再び三人の声が揃う。
永勝はわずかに息を吐き
「まずは、しばし休め。
……この始末は長丁場になるやもしれぬ」
「心して準備いたします」
永重はそう言い退出の礼を取り、三人は控えの間を後にしようとした。
「重兼」
永勝が重兼を呼び止めて聞いた。
「決めたのだな」
「はっ――」
重兼は短く答えた。
「それでよい。頼むぞ」
笑みを浮かべ、永勝は一言そう言った。
廊下へ出ると、城内は普段と変わらぬ静けさを保っている。
三人は無言のまま歩いて外へ出た。
城外へ出ると、乾いた冷たい風が三人の頬を撫でた。
陽はまだ高く、瓦も白壁も、地震など無かったかのように静かに光っている。
丹波亀山城の空は変わらず晴れ渡っていた。




