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戸候記  作者: まさごろう
3/15

1-1 長浜城


長浜城。


北近江に位置し、淡海乃海(琵琶湖)にせり出して築かれた水城であり、中山道に近く、北国街道に通じる陸上交通の要衝でもあった。

城内には水門が設けられ、湖上へ船が出入りできる構造を備えており、軍事および商工業に関わる物資輸送において水運を活かした機能を有していた。

三重の堀を巡らせて本丸を防御し三層の天守がそびえている。

城下町は小谷城下の住民を移住させて形成されており、姉川南岸に居住する国友鉄砲鍛冶を掌握し支配体制を強化する上でも有利な立地であった。


その長浜城は、まことに大混乱の様相を呈していた。


あちこちに掛け声や怒声が響きわたり、荷車が駆けまわる様は、まるで嵐の只中にいるかのようであった。


門をくぐり、その騒ぎに目を見張った松丸は、ひとりの者を捕まえ、声をかけた。

「登城の仰せに従い参りました。いずこへ参ればよろしいでしょうか」


その者は、慌ただしげにしながらも、松丸の童の姿を見て、親切に応じた。

「ご家来衆の方か。それならば、本丸へ急ぎなされ」

松丸は一礼して、礼を述べると、速足で本丸へと向かった。


本丸に入り、板の間の大広間へと通されると、既に人々でごった返していた。


あちこちで、

「何事があったのじゃ?」

「さあ、わからぬ。何も聞いておらぬ」


と、声が飛び交っており、混乱の様は一層際立って見えた。


松丸は広間の隅に空きを見つけ、そっと腰を下ろして、じっと時の過ぎるのを待った。


「おう、松丸殿」

と、右隣の空きに、一人の武士が腰を下ろしながら声をかけてきた。


「長松殿、ご無沙汰にござる!」


石川長松。

美濃鏡島城主である石川家光の四男で、今は羽柴家への奉公で近江の地に来ていた。

元服前の十二歳。まだ幼さの残る顔立ちだが、目の奥にはわずかに覚悟の光が宿っている。

松丸と年が近く、たびたび顔を合わせる機会が多かった。


二人は互いに礼を交わし

「何があったのでしょうね」

「さあな……じきにお知らせがあるそうじゃが、恐らく吉事ではあるまい」



そう言葉を交わしていた時奥から声が響いた。

「皆の者静まれ!!三之丞様よりお話がある!!」

ざわついていた大広間は、たちまち静かになる。


三之丞、加藤教明が身を正して正面に立つと厳かに口を開いた。

「皆の者、ご登城かたじけない。まずは急ぎ事の次第を連絡いたす」

その声に皆が息をのみ、耳を澄ませる。


「昨日、京の本能寺にて変事が起きた。仔細はなお不明、確認中である。しかし急ぎ戦支度を整え、登城せよ――」

三之丞の声に、言葉の端々に漂う不安と緊迫が、大広間の空気を重く染めた。


松丸の胸は、ざわつく声よりもさらに激しく高鳴る。

童でありながら、何か大きな変事が自分たちの身に迫っていることを、体の芯がひしひしと知らせていた。


「今は質問は受け付けぬ。推察で物事を進めるわけにもいかぬ。だが、何が起きようとも、対応できるようすぐに準備されたし!」

三之丞はそう告げると、重々しい足取りで大広間を出て引き下がった。


その場に残された者たちは、言葉の余韻とともに息を詰める。

松丸もまた幼い肩をぎゅっとすぼめ、長松と互いに目を合わせるが、言葉はない。

戦の匂い――まだ見ぬ恐怖――が、二人の胸を押しつぶさんばかりに重くのしかかっていた。


やがて、広間に低く囁く声が漏れ、それぞれが立ち上がり駆け足で大広間を出ていく。

少年の身であっても、否応なく巻き込まれる時代の奔流が、静かに二人を飲み込もうとしていた。


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