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戸侯記  作者: 和音


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5-3 長浜城~藤懸家邸


庭の奥、家の玄関の方から足音が近づいてくる。

門口でふと止まった。


「……」


一瞬の、沈黙。


志野と次郎丸が松丸から離れ、くるりとそちらを顧みる。



華が立っていた。



袖を引き寄せるように胸元で押さえ、息を整えながら、松丸を見ている。

目を見開き、次いで、ゆっくりと瞬きをひとつ。


「……松丸」


名を呼ぶ声は、思っていたよりも低く、落ち着いていた。


松丸は、はっとして背筋を伸ばす。

膝を折ったまま、深く頭を下げた。


「……ただいま戻りました」


そう言った途端、

華の肩がわずかに揺れた。


一歩、踏み出そうとして止まる。

華は唇をきゅっと結び、大きく息を吸った。


「……無事で、何よりです」


それだけ言って、また一拍。


だが、志野が華の袖を引いた。


「かあさま、あにさま、かえってきたよ!」


その声に、華の表情がふっと崩れる。


「……ええ、そうね」


そう答えながらも、視線は松丸から離れなかった。


華は歩み寄り、松丸の前に膝をつく。

そして、ためらうようにそっと両手を伸ばす。


指先が、松丸の頬に触れた。


確かめるようになぞる。


「……痩せましたね」


その一言で、松丸の胸の奥が音を立てて崩れた。


「……はい」


それ以上、言葉にならなかった。

華も、もう堪えられなかった。


松丸を引き寄せ、静かに、しかし強く抱きしめる。


「……よく、戻りました」


声がわずかに震えている。


志野がその背に抱きつき、次郎丸もためらいながら加わる。

四人分の温もりが、重なる。


夕暮れの庭に誰も言葉を発しない時間が流れる。

風が木々を揺らし、町の音が続いている。


やがて華は、そっと松丸を離したのち微笑んだ。


「さあ……中へ入りましょう」


その笑顔は、もう泣いてはいなかった。


松丸は深く頷く。


「……はい」



華は志野と手を繋いだまま玄関へ向かう。


「――母上」

松丸はその場から動かず、華を呼んだ。


「…どうしたのですか?」


華は振り返り、怪訝な表情で尋ねる。

すると松丸はその場で膝をつき、両手を揃えて深く頭を下げた。


「お願いの儀がございます」


そう言うと伏せたまま


「此度、御方様方とご同行させて頂いた折、某の側に付きたいと申す者に出会いました」

続けて頭を上げて華の目を見て、

「つきましては、その者をここに連れてきております――半佐、参れ」



-------------------------------------



松丸がそう言い終えると、半佐が門をくぐり敷地内へ入ってきた。

庭先で松丸のやや後ろまで来ると、同様に膝をつき、両手を揃えて深く頭を下げた。


「――お初にお目にかかります」

その声は落ち着いていたが、隣で少し肩を緊張させているのが見て取れる。


華は一瞬目を見開きつぶやく。


「……半佐、ですか」


すると見下ろす形で華は松丸の顔に視線を戻し、

「いくつですか?」


と聞くと、松丸ではなく顔を伏せたまま半佐が応えた。


「十五になります」


続けて、

「某は――安土猪子に居りました百姓でございます。

此度、故あって松丸様の旅中に御側に付かせて頂いたものにございます」


その声は、震えることなく落ち着いていた。


「母上、様々な事がございましたが、半佐には多くの事を助けてもらいました。

また、某の側に付くことを兵庫助様にもご賛同頂いております」


松丸がそう言うと、


「……わかりました。

兵庫助様がそう言われるのであれば、信用出来るのでしょう。

――されど、安土の方には戻らなくてもいいのですか?」

華が聞いた。


松丸が応える。

「半佐は…半佐には父も母も居りませぬ。一人でした」


その言葉に、華は深呼吸をひとつして落ち着いた声で応えた。


「そうですか……

ならば、此処で共に過ごすことも出来ましょう。

松丸、あなたと共にいてよいのですね?」


松丸は静かに頷いた。

「はい、母上。」


華は半佐を見下ろすと、柔らかく微笑んだ。

「…わかりました。

では、お父上が戻られたらその旨お話しし、お許しを頂きましょう」


半佐は一瞬顔を上げ、松丸と目を合わせた。

その瞳に、ようやく安堵と希望が浮かぶ。


「……ありがとうございます、母上」

「ありがとうございまする」


松丸と半佐は、再び頭を深く下げ、御礼を言った。






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