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戸侯記  作者: まさごろう


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5-2 長浜城~藤懸家邸


城門をくぐると、本丸の中では気付かなかったが、陽はすでに西へ傾き、空は薄く朱を帯びている。

城の影が長く伸び土の道に重なっていた。



城から家へ向かう道が、松丸の目にはどこか懐かしく、そして少しよそよそしく見えた。

城下町は夕餉の支度が始まる刻であった。


味噌を煮る匂い、焼き魚の香ばしさ。

井戸端で水を汲む音。

家々の戸が開き、閉じる音が、静かな波のように連なっていく。


「……」


半佐は黙ったまま、松丸の半歩後ろを歩いている。

何か言うべきか、言わぬべきか、迷っているのが背中から伝わってきた。



松丸は、ふと立ち止まった。


「半佐」


名を呼ばれ、半佐ははっと顔を上げる。


「大丈夫だ」


そう言って、松丸は小さく笑った。


「今は、連いてくればよい」


半佐は一瞬目を瞬かせたのち、深く頷いた。



二人は再び歩き出す。



家は、城下町のはずれにあった。

さほど大きくもなく、しかし堅実な造りの屋敷である。



門が見えた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


(……もうすぐだ)


無意識のうちに足がほんの少しだけ早くなる。



松丸は門の前で、ぴたりと足を止めた。


深く息を吸い、吐く。


胸の奥で、先ほどまで押し込めていた感情が再び蠢き始める。

大広間の時とはまた少し違うものだ。



「……半佐」


振り返ると、半佐は一歩下がった位置で立ち、静かに頭を下げた。


「ここでしばし待っておれ」


その言葉に、半佐は顔を上げ、少し驚いたように目を見開きすぐに理解したように頷く。


「……すまぬ」


「いえ」

半佐は穏やかにそう答えた。



松丸は何も言わず、ただ門へと向き直る。

夕暮れの光が、背中からそっと押すように門の外から中へ差し込んでいた。



-------------------------------------



門をくぐった、その瞬間だった。


「――あっ!」


高い声が弾けるように上がる。


庭先にいた小さな影が、ぱっとこちらを振り返った。

続いてもう一つ、少し背の高い影も動く。


「……あに、さま?」


確かめるように呼ぶ声の、次の瞬間。


「あにさまだ!」


志野が、草履も揃えぬまま駆け出してきた。

結った髪がほどけかけ、袖がばたばたと揺れる。


「あにさま!

あにさまっ!」


呼ぶたびに声が高くなり、最後はほとんど叫び声だった。


少し遅れて、次郎丸も走り寄ってきた。

志野ほど無我夢中ではないが、それでも足取りは早い。


志野は勢いのまま松丸の腰にしがみついた。


「ずっとまってた!」


小さな腕が、ぎゅっと力いっぱい回される。

松丸は思わずよろめき、慌てて志野の背を支えた。


「こら……」


声を出そうとして、言葉が詰まる。



次郎丸は一歩手前で立ち止まり、じっと松丸の顔を見上げていた。


旅の埃、少し痩せた頬。

それでも。


「……兄上、だ」


そう呟いて、堪えていたものが溢れたように、次郎丸も前に出る。


「お帰りなさい」


精一杯大人ぶった声だったが、語尾は震えていた。



松丸は膝を折り、二人の高さまで身をかがめる。

「……ただいま」


その一言で、妹の腕にさらに力がこもり、

次郎丸も松丸の袖をぎゅっと掴んだ。



三人分の息が重なり、庭の時間が一瞬、止まったようだった。

夕暮れの光が、幼い頭と肩をまとめて包み込む。



家の中から、慌てた足音が聞こえた。



志野(妹)は6歳、次郎丸(弟)は8歳です。

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