3-12 美濃道中
舞台は美濃から近江に戻りましたが、このまま題目は「美濃道中」でいきます。
半刻後――
身を寄せている円乗寺の奥より、兵庫助と性慶、そして性慶の小姓である泉慶、御方様方とその側付きたちが姿を現した。
お堂に居並ぶ一同を見渡し、兵庫助が口を開く。
「皆の者、よいか」
その声に、休んでいた者たちは一斉に姿勢を正し正面を向いた。
「行き先が決まった。
我らは、これより甲津原にある行徳寺へ向かう」
甲津原――
近江の北東、伊吹山系沿いの北側に位置する。
ここからは姉川沿いに北上する事となる。
「甲津原は――いざとなれば抜けられる。
その場合はかなりの難所でがあるが…」
一呼吸置き、兵庫助は言葉を継いだ。
「これより四半刻後、出立する。
皆、支度せよ」
その言葉を合図に、一同は立ち上がり、忙しなく準備へと動き出す。
兵庫助は奥方様方へ向き直り、一礼したのち、こちらへ歩み寄ってきた。
「松丸、長松、よいか」
近くまで来ると、どっかと腰を下ろし二人にも座るよう促す。
二人が腰を下ろすと、半佐もまた後ろに控える形で座った。
「おぬしらは引き続き殿をたのむ」
そう言うと目線を二人の間の奥に向け、続けて兵庫助が言った。
「半佐、そなたもだ。
松丸の差配に従うがよい」
松丸は兵庫助の目をしっかりと受け止め、うなずいた。
「承知いたしました」
長松も軽く頭を下げる。
半佐は黙して深く頭を下げた。
外では、馬のひづめが小さく響き、側付きたちが荷物を運ぶ音が混ざる。
四人とも立ち上がり、兵庫助が御方様方と再び奥に行ったのち、松丸は長松へ声をかけた。
「長松殿、少しよろしいですか」
半佐に準備を指示したのち、長松と再び胡坐で座り話し始めた。
「松丸殿、如何した?」
長松がそう問うと、松丸は微笑みながら答える。
「『松丸』でよろしいですよ」
半佐ら賊の襲撃を受けた際、長松はとっさに松丸のことをそう呼んでいた。
それ以来、そう呼ばれて違和感がなかったこと、ずっと気になっていたため、この際に言ったのである。
「呼び止めたのは、その事ではなく…」
松丸は正座に直し表情を引き締めると、声を潜めて言った。
「半佐の事です――」
長松も半笑いから表情が引き締まる。
「先ほどの沙汰ののち、兵庫助様から言われました。
某の下につけたのは、輿に近づけないためでもある、と」
少し息を吐いたのち、松丸は続けた。
「万が一が起きてはならぬ、と。
信用するのは、この旅が終わってからにせよ、と言われました」
松丸と長松は殿である。
御方様方を乗せた輿は前方にある。
「なるほどな…」
長松はそう言うと、
「承知した、松丸。半佐のことも気にかけようぞ」
再び相好を崩し、そう言った。
四半刻後――
奥方様方も輿に乗り準備を整え、静かに列を成している。
兵庫助が最後に皆を見渡し、軽く手を挙げた。
「よし、行くぞ」
一同はおう!の声ののち、深呼吸をして足を踏み出す。
北へ向かう姉川沿いの道はまだ明るく、だが山影は徐々に濃くなる。
松丸は長松と半佐に目配せをし、三人で殿と奥方様方を見守りつつ、静かに歩幅を合わせた。
風が谷間を抜け、松丸の心に微かな緊張の波を立たせていた。




