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戸侯記  作者: まさごろう


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3-11 美濃道中


関ヶ原宿から近江へ引き返した一行の道中は、何事も無く至極順調であった。


来た道を戻ると決めたその日のうちに、強行軍で今須宿までたどり着き宿外れで一泊、翌日の朝早くに出立し再び近江の地に入っていた。



一行は、美濃行きの際に身を寄せていた柏原宿外れにある円乗寺に再び身を寄せていた。



ここからどこへ行くか――。


兵庫助と性慶(しょうけい)は、道中ずっと話し合いながら思案していたがいまだ結論が出ず、円乗寺でそれぞれが物思いに耽っていた。


松丸と長松は、さすがに疲れが出てきたのか、無言で休んでいた。


ふと兵庫助が立ち上がり、何を思い立ったかいまだ後ろ手に縛られていた賊二人を連れてこちらにやってきた。


「――長松、松丸、よいか」

賊二人が繋がれた縄紐を手に持ったまま話しかけてきた。


松丸と長松が居直って正座すると、


「この賊らをどうすればよいと思うか?」


兵庫助が、聞いてきた。

その顔を見ると、少し笑みがあり此方を試すかのようであった。


長松が真面目な顔をして思案していると、


「恐れながら申し上げます」

松丸が立ち上がり、兵庫助の目を見据えてはきとした口調で言った。


「この者たちの縄は、外してよろしいかと」



兵庫助は、松丸の言葉を聞くと、すっと目を細めた。


「ほう……理由を聞こうか」


静かな声であったが、その場にいる者すべてが耳を澄ませる響きであった。

松丸は一瞬だけ息を整え、背筋を伸ばして続ける。



「この者たちは、ここまでの道中逃げ出す動きも無く、我らに刃向かう気もまた無いように見受けます

それに――」


そう言って、ちらりと賊二人を見やる。

縄に縛られたままの二人は、少しうつむき加減で地面を見つめている。


半佐(はんざ)の申し出は、ここまでのところ間違っておりませんでした」


松丸の言を聞くと、兵庫助はしばし黙り込み性慶の方へ視線を投げた。

性慶は腕を組んだまま、ふうと小さく息を吐く。


「理は通っておるな。

……長松、おぬしはどう思う」


名を呼ばれ、長松ははっとして顔を上げた。

そして一瞬迷った後、正直な言葉を絞り出す。


「……もし、私が賊の立場であれば、

ここで情けをかけられたなら、二度と悪さをしようとは思いませぬ」


「なるほど」

兵庫助は、聞くと小さく笑った。


そう言って、賊二人の前に歩み寄ると、腰の刀に手をかける。

賊たちは、びくりと身を強張らせた。


「――縄を解く」


短く言うと、後ろ手に縛っていた縄紐を切った。そして――


「二人とも、家へ戻るがよい」

刀を鞘に戻しながら兵庫助が言った。


「先程聞いたところ、安土の城はともかく町は乱れておらぬ。

そなたらの家も無事であろう。

戻ってよい」


そう言って踵を返すと、年嵩の賊は縄で縛られていた手首をさすりながら泣き始めた。

兵庫助が元いた場所に戻ろうとしたその時。


「申し上げます!」

振り向くと、半佐が膝を着き両手を揃えて伏せていた。


「なんだ?」

兵庫助が再び向き直り問うと、


「儂を…某も一緒に連れて行ってはもらえますまいか!!」



兵庫助は、半佐の姿をしばし無言で見下ろしていた。


円乗寺の境内に風がひと吹き通り抜ける。



「……理由を聞こう」


低く、しかし拒む色も急かす色もない声だった。


半佐は顔を上げぬまま、額が地につくほど深く頭を下げる。


「某に、行き場はございません」

さらに、

「安土に戻ったとて、賊の真似をした某のような者が生きていく場所はございませぬ」


そこで一度言葉を切り、唇を噛んだ。


「されど――」

兵庫助が返そうとすると


「この道中の間兵庫助様のなされたこと、若衆のお二人のお働き、それを見て思いました」


半佐の声がわずかに震える。


「某はお供させて頂きたく存じまする!!」

そう言うと、半佐は更に深く頭を下げた。


性慶がふうと小さく息を吐いたのが聞こえた。


「賊が言うには、すぎた話だな」

皮肉とも取れる兵庫助の口調だったが、その目は半佐を値踏みするように静かだった。


松丸は思わず一歩前に出かけ、しかし自重する。

長松は拳を膝の上で強く握りしめている。


兵庫助はやがて視線を外し、空を仰いだ。

山の端にかかる雲が、ゆっくりと流れていく。


「半佐」


名を呼ばれ、半佐の肩がぴくりと揺れた。


「おぬしは、自分が何をしてきたか、分かっておるな」


「……はい」


「その上で、儂らについて来たいと申すか」


「はっ」


即答だった。


兵庫助は、ほんのわずかに口角を上げた。


「面白い」


その言葉に、性慶が眉を上げる。


「兵庫助殿、それは――」


「ただし、だ」


兵庫助は、性慶の言葉を手で制し半佐に向き直った。


「裏切れば斬る。それでも来るか?」


半佐は、顔を上げた。

その目には、恐れよりも覚悟があった。



「お願い申し上げます」


しばしの沈黙。


やがて兵庫助は、踵を返しながら言った。


「立て。今よりおぬしは――松丸につけ」



その言葉に、半佐は目を見開き、次の瞬間、何度も地に額を打ちつけた。

松丸は胸の奥が熱くなるのを感じ、長松は知らぬ間に安堵の息を吐いていた。

性慶は苦笑し、小さく首を振る。



兵庫助は空を見たまま、楽しげに言った。


「さて」

「はよう行き先を決めねばならぬな――」






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