3-10 美濃道中
「お待ちくだされ!!
――広瀬へ向かうのは、危のうございます!」
若い賊は必死に声を張り上げた。
引き返してきた兵庫助は、二、三歩の距離まで詰め寄り、鋭い目で睨み据える。
「口を慎め。
何の目的かは知らぬが…命乞いのつもりなら聞くに及ばぬ」
「違います!」
若い賊は首を振り、荒い息の合間に言葉を継いだ。
「俺は……知っております。
垂井から揖斐へ抜ける北道――
あそこには、もう人が居ます」
場が、静まり返った。
「人が居る、とはどういうことだ」
低く問う兵庫助に、若い賊は一瞬ためらいそれでも言葉を続けた。
「儂らは元々脅すだけ、足止の役割でした。
西から落ち延びてくる裕福な連中を足止めし、相手が弱そうなら後ろの連中が襲う。
そうじゃなければ街道を警戒させて外れる一行を狙うのです」
兵庫助は黙って続きを促す。
「この数日で領内は混乱しております。
大垣が駄目、南の尾張もわからぬ、となれば行先は北しか…」
「……そなたらは誰に雇われた」
兵庫助の声が、わずかに硬くなる。
「それは……分かりませぬ……本当です!
路頭に迷っている時に、その一味の一人に声をかけられて乗っただけです」
若い賊は唇を噛みしめて、諦観したように言った。
「……なぜそれを儂らに言う?
仲間に襲わせればおぬしらも助かる事もあったであろうに」
兵庫助がそう聞くと、若い賊はつとその目を見返し言った。
「儂は、儂らは百姓です」
同じく両手を縛られた年嵩の賊を見て、再び兵庫助の目を見返した。
「儂らは…織田様が来られて、やっと戦が無くなり田を作る事が出来ました。
感謝しておるのです」
一呼吸置き、目を伏せて
「その織田家家中の方々を襲ったことは…申し訳ない思いでいっぱいです…」
再び顔を見上げて
「――なので、このまま大垣へ行くべきです!」
若い賊は声を少し上げて言った。
それを聞いた兵庫助が問うた。
「――そなた、名は?」
若い賊は答えた。
「…半佐、と申します」
「年はいくつだ?」
「十五にございます」
聞くと兵庫助は答えずに、馬の方に向かって歩きながら言った。
「性慶殿、長松、松丸、ちとよいか」
兵庫助らは馬を繋いでいるところに行くと、声を潜めて話し始めた。
「半佐の申すこと、あながち的外れではない」
兵庫助は馬をあやしながら一呼吸置き、
「そなたら、どう思う?」
馬の鼻息だけが、静かな音を立てていた。
性慶が口を開く。
「北道に人が居るという話、仮に半佐の言が真であれば――
しかし大垣へ向かうのも…兵庫助殿が言われる通り、戦に巻き込まれるやもしれませぬ」
長松が小さく頷く。
松丸は少し考え込み、やがて言った。
「戻る――のは如何でございましょう」
皆が驚いた顔で松丸を見る。
「近江は、広うございます。
しかも混乱の最中にあり、まだ明智の手は届ききっておらぬかと。
それに、多くの街道と繋がっており人の流れも読みにくい」
松丸はやや控えめに続けた。
「……戻る道は、すでに通ってきた道。
伏兵が居れば、気配で知れることもあろうかと」
しばし、沈黙。
兵庫助は手綱を握ったまま、目を伏せて考えていた。
一同が息を詰める。
「よし――儂らは、近江へ引き返す」
短く、しかし迷いのない声だった。
性慶がわずかに口角を上げる。
「承知」
長松と松丸も即座に頷いた。
兵庫助は踵を返し、此方を見つめる御方様方と足軽らの方へ行った。
そして、
「半佐」
名を呼ばれ、若い賊はびくりと身を震わせた。
「近江へ戻る。
その途中、儂らに害なす真似をすれば――その時は容赦せぬ」
驚いた顔で兵庫助の顔を見たのち、半佐は深く頭を下げた。
「ははーっ!!!」
兵庫助はそれ以上言葉を掛けず、馬のところへ戻ると
「来た道を戻るぞ」
落ち着いた声でそう言うと、その号令に家中の者たちが応じる。
馬首は静かに向きを変え、
一行は再び、近江へと続く道へ歩み出した。




