3-7 美濃道中【制圧】
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2026.8.6 文章構成含め、全体的に改稿しました。
長松は二十間ほど先へ目を凝らしていた。
雨に湿った木立の奥は薄暗く、枝葉の隙間から覗く景色は揺らいで遠近さえ定かではない。
それでも、列の後方にちらつく人影だけは目を離せなかった。
あれは木々の影ではない。
動いている。
しかも、一つではない。
不意に草を踏み分ける足音が近づき兵庫助が殿へ駆けてきた。
「何人だ」
短い問いだった。
長松は視線を外さぬまま小さく首を振る。
「しかとは分かりませぬ。
ただ……五人はおります」
兵庫助もまた後方へ目を遣った。
雨粒の向こうに揺れる黒い影。
追ってくるのか、それとも様子を窺っているだけなのか。
距離があるぶん判断し難い。
「……このまま見張れ」
低く言う。
「先へ出る。街道へ戻るぞ」
そう言い残そうとした兵庫助の視線が不意に脇へ流れた。
松丸だった。
足軽三人を従え、縄を掛けた二人の男を引き立てて戻ってくる。
兵庫助は小さく頷く。
「頼むぞ」
その一言だけ残して輿の方へ歩みを速めた。
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若い賊は青ざめた顔で俯いて抵抗する様子もない。
だが年嵩の男は息を荒くし、何度も足をもつれさせている。
そのたび足軽に襟首を掴み上げられ、半ば引きずられるように列へ戻された。
二人とも縄は容赦なく食い込んで後ろ手に縛られた腕は紫色に腫れ始めていた。
兵庫助はその前で足を止める。
しばし何も言わず二人を見つめた。
雨垂れだけが静かに葉を叩く。
やがて口を開く。
「……何者だ」
声は低い。
怒鳴りも威しもしない。
それでも、その一言には逃げ場のない重みがあった。
二人は口を閉ざしたまま俯く。
兵庫助は間を置かず続けた。
「後ろにいる者どもは仲間か」
沈黙。
返るのは荒い息だけである。
松丸は少し離れた場所から固唾を呑んで見守っていた。
兵庫助は若い男の前へ歩み寄る。
顎へ指を掛け、無理に顔を上げさせた。
男の喉がごくりと鳴る。
「後ろにいる者は何人だ」
視線が泳ぐ。
ほんの一瞬。
兵庫助は見逃さなかった。
「……我は羽柴家家臣、広瀬兵庫助」
そこで言葉を切る。
「――それと知って刃を向けたか」
若い賊の目が大きく見開かれた。
その刹那だった。
襟首を掴まれていた年嵩の男が堪えきれず声を張り上げる。
「ま、待ってくだされ!」
震える声だった。
「羽柴様のお方とは知らず……!
まことに、まことに申し訳ございませぬ!」
兵庫助の表情は変わらない。
「相手がどこの家中であろうと、人を襲ってよい道理はあるまい」
冷えた刃のような言葉だった。
男は額が地につくほど頭を下げる。
「どうかご寛恕を……。
命に従うほかなかったのでございます。
好きこのんで襲うたわけでは……」
兵庫助は情けを挟まない。
「後ろにいる者は何人だ」
「じゅ、十四……十四ほどにございます!」
「何者だ」
男は震えながら答える。
「知りませぬ!
儂らは猪子の村の百姓にございます。
三日ほど前、城で騒ぎが起こり村を逃げ出しました。
醒井の辺りであの者どもに声を掛けられ……従うほかございませんでした」
兵庫助の眉がわずかに動く。
「猪子……。騒ぎとは安土のことか」
「左様にございます!」
その言葉に、周囲の者たちが思わず顔を見合わせる。
安土。
その名には人々の胸をざわつかせるだけの重みがあった。
兵庫助はしばらく男を見据えやがて頷く。
「分かった」
静かな声で告げる。
「話はあとで詳しく聞く。
そなたらは連れて行く」
兵庫助は輿の脇まで歩み寄ると静かに膝をついた。
「御方様方」
輿の中へ声を掛ける。
「後方に正体の知れぬ者どもがおります。
まずは人通りのある街道まで急ぎますゆえご安心くだされ」
返事を待たず立ち上がると、小走りで繋いであった馬へ向かう。
鐙へ足を掛け、一息で鞍へ飛び乗った。
手綱を引く。
馬が短く鼻を鳴らした。
兵庫助は列を見渡し、よく通る声で命じる。
「急ぎ出立する!
怪我人は支えて歩かせよ!
――松丸!」
「はっ!」
「殿へ戻れ。長松とともに後方を固めよ。
少しでも動きがあればただちに知らせよ」
「承知!」
松丸は踵を返して殿へ駆けていく。
長松と肩を並べ、木立の奥へ視線を据えた。
雨はようやく細くなってきた。
やがて街道へ出る。
雲間から淡い光が差し、濡れた道が鈍く輝いている。
遠くには宿場らしい屋根が霞み、その向こうには人の営みを思わせる煙が細く立ち上っていた。
兵庫助はその景色を確かめるように目を細める。
だが気は緩めない。
「人通りの多い場所へ着くまで気を抜くな」
誰へともなく放たれたその声に一同は黙って頷いた。
列は歩を進める。
縄を掛けられた二人の賊も輿の後ろを俯いたまま歩く。
恐怖か。
疲労か。
それともこれから待つ沙汰への諦めか。
その足取りは重かった。
ほどなく脇道から荷車を押した農夫が現れる。
兵庫助は馬を止めた。
「すまぬ、道を借りる」
農夫は列の物々しさに目を見張り、慌てて荷車を道端へ寄せる。
深く頭を下げる姿を見届けると、兵庫助は軽く頷き馬腹を蹴った。
列は再び進み出す。
その後ろでは松丸と長松がなお振り返り続けていた。




