3-7 美濃道中
松丸がうまくやったか。
長松は二十間ほど先の空気を探るようにしながら、一行の後方に揺れる人影から目を離さなかった。
そのとき兵庫助が駆け寄ってくる。
「何人だ?」
同じく人影の方のを見据えた兵庫助の問いに、長松も視線を外さず低く答えた。
「しかとは分かりませぬ。ただ、五人は…」
「ふむ…このまま後ろを見てくれ。
先へ進み街道へ再び出る」
兵庫助の言葉を聞き流しながら、長松はふと輿の方を見た。
松丸と足軽三人が、縛った二人を引き立てて戻ってくるところだった。
長松の視線の先を辿り、兵庫助もその様子を認めると、
「頼むぞ」
そう言い残し輿の方へ戻っていった。
縛られた若者のほうは大人しく、もう一人の年嵩の賊は息遣いが荒く、足軽に襟首を掴み上げられたまま一行の列へと引き戻された。
二人とも縄はきつく、両の腕を背で縛られている。
殿から戻った兵庫助は足を止めると低く問いかけた。
「……何者か」
縛られた二人は口を閉ざしたまま、答えない。
「後ろにいるのは仲間か」
間を置かず重ねて問うが、それにも沈黙が返るのみだった。
松丸は固唾を呑み、成り行きを見守っている。
兵庫助は静かに若い賊の前に立ち、顎に指をかけて無理に顔を上げさせた。
「後ろにいる連中は何人だ」
男は一瞬、視線を泳がせる。
それを見逃さず、兵庫助は顎に指をかけたまま、さらに言葉を重ねた。
「我は羽柴家家臣、広瀬兵庫助である。
――それと知ってのことか?」
それを聞いた途端、若い賊の目が大きく見開かれた。
すると、襟首を掴まれていた年嵩の賊が、
「ま、待ってくだされ!」
と、慌てたように声を上げた。
「羽柴様のご家中とは知らず……まことに申し訳ございませぬ!」
兵庫助は眉一つ動かさず冷然と言い放つ。
「相手がどの家中であろうと、人を襲ってよい道理はあるまい」
年嵩の賊は、顔を伏せながらも必死に言葉を続けた。
「どうかご寛恕を……命令に従い、襲うなど――決して自らの所業では……」
兵庫助の質問は一層静かで、しかし厳格だった。
「後ろにいるのは何人だ?」
「じゅ、十四名ほどのにございます!」
声を震わせながらも、年嵩の賊は必死で答える。
「何者か」
「し、知りませぬ!
儂らは、猪子の村のものでございます!
三日ほどまえに城に騒ぎがあり逃げのびていたところ、醒井あたりで声を掛けられ従ったものにございます!」
「猪子…騒ぎとは安土の事か?」
「左様にございます!」
年嵩の賊は、後ろ手を縛られ膝をつき、顔を伏せたまま必死の体で答えた。
また、それを聞いた周りは少しざわつく。
「分かった。もう少し詳しく聞きたい。
そなたらはこのまま連れて行く」
兵庫助はそう言うと、輿の側に行き膝をついた。
「御方様方、後方に何者かが居ります。
まずは急ぎ人通りのある街道に戻ります」
そう言うと、少し離れた場所に居た馬のところへ小走りで行き、すぐさま飛び乗った。
「急ぎ出立する!
怪我をしたものの歩くのを助けてやれ!
――松丸、殿に戻り長松と後方を警戒せよ!何か少しでも変わったことがあれば声を上げよ」
兵庫助は少し離れた場所に居た馬に飛び乗ると、手早く手綱を握り直し列の先頭に立った。
松丸は後方へいき、長松と二人で後方の動きを警戒しながら列に続いた。
縛られた二人の賊は、輿のやや後ろで恐怖と疲労の入り混じった表情で歩調を合わせる。
街道に差し掛かると雨が止み、遠くに市や宿場の気配がうっすら見えた。
兵庫助はその光景に一瞬目を細め、静かに言った。
「人通りの多いところまでは、気を抜くな」
列はゆっくりと進む。
途中、一本の小道から人影が現れる。
農夫らしい者が一人、荷車を押して通りかかった。
兵庫助は馬を止め、声を低くかける。
「すまぬが通してくれ」
農夫は恐れを抱きつつも、馬の威圧に圧され小さく頭を下げて脇に控えた。
兵庫助は再び手綱を握り直し、列を進める。
後方では油断することなく松丸と長松が目を光らせ、周囲の物音に耳を澄ませていた。




