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戸候記  作者: まさごろう
11/15

3-5 美濃道中

誤記訂正しました。


今須宿を抜け、街道から少し外れた辺りでひっそりと廃れた寺を見つけた。

一行は軒を借り、雨に濡れた身を休めることにした。


水無月(6月)とはいえ、肌にまとわりつく雨の冷たさは堪える。

火を起こすことも叶わず、みな黙して身を縮めるのみであった。



すると、一人の足軽が突然立ち上がり無言で手に槍を構えた。

松丸がその目線の先を見ると、寺門の脇のあたりに霧雨に霞む複数の人影が揺れていた。



松丸の背筋にぞくりと寒気が走り、思わず身体がこわばる。

慌てて長松と共に廃寺の奥に居る御方様方、兵庫助、性慶の下へ駆け寄る。


「何者かがまいります!」

「一人ではござりませぬ!」


声を揃えて告げると、兵庫助は素早く動き、

「ここに居れ!」

と二人に告げるや、脇に置かれた太刀を手に取りすぐさま表へと向かった。



沈黙が流れる。

誰何する声や争う音も聞こえず、しばらくしたのち兵庫助が走り帰ってきた。

堂内に戻るなり

「すぐに出立いたしましょう」


そう言うと此方を見て

「儂が行ったときは既に人影無く、何者かは分からぬ。

物見かもしれぬ」

声を潜めて言った。


「この雨じゃ。向こうも姿を見られるとは思っていなかったのかもしれん」

そう言うと脱いでいた蓑と笠を身に纏った。

松丸も長松と共にすぐに表へ出た。


御方様方を輿に乗せ、境内に一揃いすると兵庫助は馬に乗り

「出立!!」

と声を張り上げ一行は出発した。


-------------------------------------


出発して間もなく、兵庫助が騎乗のまま松丸らの殿(しんがり)に馳せ寄り言った。


「後方の見張り頼むぞ。

先程の者らが物見であった場合、奇襲を受けるやもしれぬ。

少しでも怪しかった際には間違いでもかまわぬ。声を上げろ。

そして…己の身は己で守るのだぞ」


言い終わると、兵庫助は再び先方へと戻っていった。



松丸と長松は自然に目を合わせうなずく。


後方、左右に目を配りつつ、松丸は思案していた。



松丸は、幼い頃から武芸と学問を習ってきた。

特段秀でていたわけではないが、槍と刀は平均的な腕前で、小弓なら多少自信がある。


しかし、人を切った事はなかった。

また、切り付けられたことも。


練習の相手は藁束であり、当然ながらそこに血は通っていない。

戦場に出たこともなく、そのありさまは本や口頭でしか見聞きしたことは無い。


この戦乱の世の中、武士たるものいずれは戦場に出る。

しかし、

敵と対峙した時に、果たして自分はその槍を突き刺せるだろうか。

刀を抜き切る事ができるだろうか。

心の奥底で、冷たい泥のように足先から胸まで重く沈み込む不安。



そのときだった。



「敵襲ーーーーーーー!!!!」


叫びが雨を切り裂く。

右前方の道へ矢が幾本も刺さった。

遠方から射たのであろう、奇跡的に誰にも矢は届いていない。


松丸の体が一瞬、まるで石のように硬直した。

雨で冷えた肌を走る寒気とは違う、骨の奥まで凍りつく恐怖。

頭で理解しているが手足の先まで届かない感覚。


(さん)っ!!!!」

兵庫助の声が雨粒を震わせるように響き渡る。


「松丸っ!」

長松が腕を掴み、身体ごと頭を下げさせる。


「すまぬ…」

ようやく絞り出した声は、自分の耳にもかすかに震えて届いた。


雨に打たれた松丸の髪が顔に張り付く。

心臓の鼓動は耳を突き破らんばかりに高鳴り、手足の震えは止まらない。

それでも、頭のどこかで小さな声が繰り返す――


『止まるな』


言葉に出したわけではない。

だが心は動いた。


震える手で槍を握り直す。

雨で滑る手のひらをぎゅっと握りしめる。

視界はまだ揺れているが、恐怖の凍りついた膜が少しずつ溶けていく感覚。


松丸は長松にうなずき、雨と泥の中、体を低くして少し前方に進み出した。


「…まずは、身を守る」


松丸はそう言うと、槍を構えて矢の飛んでくる方向をしかと見据えた。






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