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【御礼20,000PV到達】戸侯記  作者: 和音
■第五章■

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33-7 丹波【どうする半佐】


その日の夕餉(ゆうげ)の後、広間にはまだ熱気が残っていた。

酒は控えめだが、皆の頬はどこか上気している。


「さて――新居よな」

永重(ながしげ)が改めて切り出すと、重兼(しげかね)が待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「場所はどうする?城下に構えるか、それとも少し外れにするか」

「城下の方が何かと便利ではあるな」

伊織(いおり)が静かに言う。

「いやいや。静かな場所も良いぞ。なんといっても新婚だぞ?」

重兼がにやりと笑う。


「し、新婚とか申さないでください……!」

半佐(はんざ)が思わず顔を赤くする。


「もうその言葉に照れるのね」

同席していた、松丸を抱く雪乃がくすりと笑った。

その声音は柔らかい。


半佐はほんの一瞬だけ目を伏せた。

(それがし)は……どこでも構いませぬ。皆様のお考えに従います」


半佐が真面目に言うと、月心(げっしん)が小さく首を振った。

「それではいけませぬな」

「……と、申されますと?」

「これからは、半佐殿が主にございます。

御自身と、そして迎えられる御方のために考えねばなりませぬ」


その言葉に、場が少し静まる。


永重が頷いた。

「その通りだ。半佐。遠慮はいらぬ」


半佐は少し考え――やがて口を開いた。

「……できれば、水の近くがよろしいかと」


「水?」

伊織が聞き返す。

「はい。井戸でも、川でも。

日々の暮らしに不自由がなく、四季を感じられる場所がよいかと存じます」


「ほう……」

永重が感心したように笑う。

「良いではないか。質実で長く住むには何よりだ」

「それに……」

半佐は少しだけ言い淀み、続けた。

「綾殿が見知らぬ地に来られても、少しでも心安らぐような場所であればと……」


その言葉に、重兼がまた鼻をすすった。

「……良い男になりおって……」

「また泣いてる」

夕霧が呆れながらも、どこか優しく言う。


「では場所は、城下から少し外れた川沿いにしよう」

永重がまとめに入る。

「広さはどうする?」

「最初は控えめでよいでしょう。ただ……客間は一つ欲しいかと」

伊織が言う。


兵庫助(ひょうごのすけ)様が来られるやもしれぬ……」

月心が静かに補う。

場が静まる。


「ひえっ……」

半佐の背筋が伸びる。


「義父殿が来られるのだぞ?当然であろう」

永重が笑う。

「それに、我らも押しかける」

重兼。

「控えめに言っても頻繁に、ですね」

夕霧。

「静かに酒を飲む場が必要です」

伊織。

「……それはもう客間では足りぬのでは?」

半佐が真顔で言うと、場に笑いが広がった。


「では庭も必要だな」

永重が続ける。

「庭……」

半佐が呟く。

「うむ。小さくとも良い。

花でも植えれば、季節ごとに楽しめる」


夕霧がふと口を開いた。

「綾殿は……花はお好きなのかしら」

「……それは、まだ分かりませぬ」

半佐が答える。

「ならば、好きになって頂けるようにすればよいのです」

夕霧が静かに言った。

その言葉に半佐は深く頷いた。

「うん」


しばしの沈黙。


だがそれは重苦しいものではなく、

これから始まる新しい暮らしを思い描く、穏やかな間であった。


「よし、決まりだ」

永重が手を打つ。


「場所は川沿い。

家は質実、客間あり、庭付き――」

「そして、皆が押しかける」

重兼が付け加える。

「それは余計だ」

伊織が即座に返す。


笑いがまた広がる。

その中心で、半佐は静かに息をついた。


――三ヶ月後。


その時、自分はどんな顔で綾殿を迎えるのだろうか。

不安がないわけではない。


だが、それ以上に。

「……楽しみ、にございますな」


誰にともなく呟いたその言葉に、

夜風がそっと応えたように、障子がかすかに揺れた。




--------------------------




それから十日後。


半佐のもとに一通の文が届けられた。

差出は――広瀬兵庫助。


「……」

半佐はしばし、その文を見つめたまま動かなかった。

居住まいを正してゆっくりと封を切る。


中には、簡潔でありながらも力強い筆致の文があった。


――此度の縁、まことに喜ばしく思う。

――娘、綾のこと、よろしく頼む。

――いずれ面会の折、詳しきことは語ろう。


それだけであった。


「……はっ」

半佐は思わず膝を正し、文に向かって深く頭を下げた。


その姿を見ていた重兼が後ろからそっと声をかける。

「来たか」

「はい……兵庫助様より」

「なんと書いてあった?」

「……短い文にございます」

半佐はそう言いながらも、その表情にはどこか引き締まったものがあった。


「うむ。あの御方らしい」

永重も頷く。


半佐は文を丁寧に畳み、懐に収めた。


――認めていただかねばならぬ。


改めて、その重みを感じる。

ただ妻を迎えるだけではない。

恩人の娘を預かるのだ。

その責は、軽いはずがなかった。



その日の夕刻。

半佐は一人、建設予定の川辺に立っていた。

水はゆるやかに流れ、風が草を揺らしている。


「ここに……」


まだ何もない。ただの空き地だ。


だが――

ここに、家が建つ。

ここで、暮らしが始まる。


ふと、見知らぬ少女の姿を思い浮かべる。

綾。


どんな声で話すのか。

どんな顔で笑うのか。


――自分は、その隣に立つのだ。


「……」

半佐はゆっくりと息を吐いた。

「未熟にございますな」

誰に向けたでもない言葉。


だが次の瞬間、ふっと表情が緩む。

「だからこそ――」


一歩、前に出る。

「励まねばなりませぬな」


川の流れは変わらない。

だが、その音はどこか力強く聞こえた。




--------------------------




その頃。

遠く美濃広瀬。


一人の少女が、庭先で花を見つめていた。


「綾様」

侍女が静かに声をかける。

「……はい」


振り返ったその顔にはまだ幼さが残る。

だがその瞳には、確かな意志の光があった。

「丹波……あちらへ嫁がれる日も近うございますね」

「……はい」


綾は小さく頷く。

「どのような御方なのでしょう」


侍女の言葉に、綾は少しだけ考え――

「……わかりませぬ」

正直に答えた。


「けれど」

そっと花に触れる。

「父が認めた御方です」

その言葉は静かで、しかし揺るぎなかった。

「きっと……大丈夫でございます」


風が吹く。

三ヶ月後へ向けて、すべてが少しずつ動き出していた。




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