星のステエション
グラフィアスの口から、小さな咳がこぼれました。
プラットホウムには天井も、壁もありません。ただただ仄かに青暗い空間に、銀や赤、緑といった小さな光が点々と、果てしなく彼の周りを取り囲んでいます。
グラフィアスは着ていたコウトの襟を寄せると、ぶるりと一度、躰を震わせました。
目の前には、透明の線路が敷かれています。彼は、その線路の上を走る、時間の決まっていない、透明の列車を待っているのでした。
静かな刻でした。音の一つもない、誰もいない、静かな刻でした。
グラフィアスの口から、小さな咳が二回、こぼれました。
風もなく、温度も感じられないはずなのに、彼は「寒い。」と呟きました。
「グラフィアス。」
「ねえ、グラフィアス。」
後ろから、声が二つ、しました。
彼がゆっくりと振り返ると、小さな子供が二人、手をつないで、プラットホウムにつながる階段を上ってきたところでした。
二人は双子で、女の子はあかほし、男の子はたいか、という名前です。二人とも肩まで伸びた美しい赤色の髪と、赤色の瞳をしていて、白のゆったりとした一枚服を着ていました。
「グラフィアス、いってしまうの?」
「いやだよ、さびしいよ、いかないで。」
二人は交互に言いました。
「ぼくも寂しいさ。でもぼくは、いかなきゃならないんだ。」
グラフィアスは答えました。双子は顔をお互いに見合わせると、もう一度彼を向きました。
「いつまで?」
「ずっと?」
「さあ。分からないよ。」
「どうして。」
「自分のことなのに。」
「自分のことだからさ。」
「そんなのヘンだよ、グラフィアス。」
「そうよ、おかしいわ、グラフィアス。」
「大きくなれば君たちも分かるよ。さあ、もう列車が来てしまう。」
彼の言う通り、来るともしれない列車が、音も立てずにプラットホウムの中に滑り込んできました。それは長い、長い列車です。ゆっくりと止まったときには、前も、後ろも見えませんでした。
扉が開きますと、中がほんの少し見えるようになりました。ですが、中も透明でした。グラフィアスが乗ると、扉の口から、窓から、車体から、彼の姿が透けて見えます。彼は扉のすぐそばの椅子に座りました。彼のほかには、誰も乗っていないようでした。
「ばいばい、グラフィアス。」
「さようなら、グラフィアス。」
双子は残念そうな顔で、けれど強く引き止めることもできずに小さな手をかすかに振りました。
グラフィアスは自分の座った場所の後ろにある窓を開け、プラットホウムにいる小さな双子に手を振りました。
「またね、あかほし。それに、たいか。もう一度、会えるといいね。」
眉を下げて笑う彼を見て、双子は列車に駆け寄りました。そうして彼に触れようと手を伸ばしましたが、列車の窓は双子よりも高く、グラフィアスも手を伸ばしてはくれずに、双子は泣きそうになりながら叫びました。
「ぜったい、また会おうね!」
「ええ、ぜったいよ、グラフィアス!」
グラフィアスは笑うのをやめて、窓の下で、自分に触れようと飛び跳ねる双子をじっと見つめました。その瞳は冷たく、銀色に輝いていました。
「絶対はないんだよ。会えたら、ね。」
双子は手を伸ばすのをやめ、彼の顔をじっと見上げました。四つの赤い瞳の中に、儚いグラフィアスの姿がくっきりと映り込みます。
「いやよ。私たちは絶対グラフィアスに会うわ。」
「そうだよ。ぼくたちはずっとこの星流で、待ってるから。」
そのとき、音が鳴りました。鈴が転がるように、小さく高い音でした。その音がやむと透明の扉は口を閉ざし、グラフィアス一人を乗せてゆっくりと動き出すのでした。
「ばいばい、グラフィアス。」
「さようなら、グラフィアス。」
双子は手をつないで、透明の列車が消えるように遠ざかるまで、プラットホウムから長い間、見つめていました。そうして見えなくなると、どちらともなく歩き出し、階段を降りていくのでした。
グラフィアスの口から、小さな咳がこぼれました。
列車から見える景色はほとんど変わりません。仄かに青暗い空間に、銀や赤、緑といった小さな光が点々と、いつまでも、どこまでも続いているだけです。
列車の中は、グラフィアス一人でした。
彼は開けたままになっていた窓を閉めて、席にきちんと座りなおすと、小さな咳を二回、こぼしました。
「当列車へのご乗車、ありがとうございます。」
小さな音で、案内の声が車内に流れてきました。
「当列車は最終ステエションを出発し、これから終着点のコラプサへ向かいます。到着はすぐかもしれませんし、着かないかもしれません。ご乗車の方はどうぞごゆっくり、お待ちください。この列車は、コラプサ行きの、片道列車です。」
グラフィアスは、目を閉じました。
プラットホウムの明かりは消え、それ以来点くことはありませんでした。
noteに制作こぼれ話がありますので是非。
こちらでも小説を読めるようにしてあります。
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