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悪魔の狂気

「一度、おやつにしましょう」

 尋問官はそう言うとチョコの袋を手渡した。ついでに、コーヒーのペットボトルも渡す。〈悪魔〉は嬉しそうにそれを受け取った。

「ここは茶か水しか出てこねぇから、飲みたかったんだよ」

 そう笑う〈悪魔〉はどう見ても人間だった。しかし、彼女はきっと〈悪魔〉だし、もっと言えば上位の悪魔に魂を売った人間だと尋問官は思う。

「〈悪魔〉。おまえは今、外に出られたら何がしたい?」

 その言葉に〈悪魔〉は笑う。

「死ぬ前に、一度、最高に人間くさい奴を食いたい。味を占めちまったからな」

 それを聞いて尋問官は「反省してないんだな」と言う。すると、悪魔は高笑いした。

「良いことを教えてやろう。獄吏長に言ってやれ」

 そんなフリと同時に〈悪魔〉は語り出す。

「ヒトの味はな、病みつきになるほど臭いんだよ。同情や憐憫のような自分が危ないときに救われるための機能がとにかく臭い。嫉妬も臭い。あんな感情は要らないはずだ。だけど、生きていく動機として進化後も残っている。最悪の感情だ」

 そこまで言うと〈悪魔〉は立ち上がる。

「そうやって考えていくと、怒りだって臭い。いつでも冷静沈着な方が対応は綺麗なはずなのに打ち震えるのを止めるかのように爆発する。驚きは危険にひるませるための本能だ。悲しむのだって気を引くための手段だ。そうやって思うとな、感情が複雑な人間ほど臭い生き物は居ないんだよ。それに愛だって報酬を求めた瞬間に依存という粘り着く醜さが生まれる。私は青年に依存した。だが、青年は私を愛してくれていた。それだけが今回の全てだ」

 悪魔が言いたいことがよく分からなかった尋問官は、思わず「それで? 何が言いたいんですか?」と尋ねてしまう。だが〈悪魔〉は「別に? 獄吏長が聞けば分かることだ」と言った。私はとりあえずメモしておく。

 チョコをボリボリとかみ砕く〈悪魔〉に尋問官は尋ねた。

「獄吏長とはどんな関係ですか?」

 その問いに〈悪魔〉は「何だ、知り合いじゃないのか」とボヤく。その呟きに尋問官は「あくまで、依頼されただけですから」と答えると〈悪魔〉は一言だけ「獄吏長は同類だ」とだけ言った。その言葉を聞いて、尋問官はピンとこなかった。確か、獄吏長はどんな死刑囚ですら、手にかけたことがないはずだ。この獄吏長だけは担当の囚人を持ったことがなく、監獄の中で唯一の白と呼ばれていた。本来、出世には担当の囚人を持ち、刑の執行を担当する必要がある。だが、獄吏長はそれを経験せずに獄吏長へとなった。理由は、天下りだ。単純に定年が近くなったのでポストを後継に託してきただけだった。

「彼は人殺しではないですよね?」

 尋問官の問いに〈悪魔〉は「分からん」とだけ答える。それを聞いて、尋問官はこっそりと獄吏長について調べる決意をした。だが、〈悪魔〉について下調べしているときに彼のことも調べたが、疑わしい情報は無かった。しかも、綺麗さっぱりと無いわけではない。後ろ暗い噂があろうと彼の潔白が証明されていたからこそ、彼は白だと思っていた。

「ふむ」

 そう呟く尋問官を〈悪魔〉は鼻で笑う。

「獄吏長を裁けるなら、私なんかとっくに死んでるよ」

 その言葉に尋問官は「何を知っているんだ?」と尋ねる。だが〈悪魔〉は「私が死んでいないってことは、彼を裁ける人間はいないってことだ」とだけ返す。理解が出来なかった。

 イライラしてきたので尋問官は飴を口に放り込む。それを見た〈悪魔〉が「一個くらい良いだろう?」と言う。だが、尋問官は首を振った。そして、嫌がらせのように言う。

「獄吏長について話すなら、一個ぐらいやるが」

 その言葉を〈悪魔〉は鼻で笑った。

「大事な仲間を売ることはしないよ」

 その言葉に尋問官は獄吏長への疑いを強くした。


 ふと時計を見た尋問官は時間が迫っていることに気づく。ゆっくりしすぎたと感じた尋問官は「締めに入ろう」と声をかけた。飴をかみ砕いてやる気を出した尋問官。そんな彼を〈悪魔〉はだらけた様子で眺める。

「どうした?」

 その問いに〈悪魔〉は呟いた。

「一瞬、青年に会った気がした」

 思わぬ一言に尋問官は苦笑する。

「幻視でも始まったか?」

 尋問官の言葉に〈悪魔〉は呟いた。

「幻で良いから、彼に会いたいさ」

 とても深刻な言い方をする〈悪魔〉に少しだけ尋問官は同情した。

「青年に会ったら何を言いたい?」

 そう尋ねる尋問官に〈悪魔〉は言う。

「これで良かったのか、かな? 何が正しかったのか、何が正しいのか、何が正しいべきなのか。それは彼にとっても同じなのか。まぁ、死んでからの彼にとっては生前自体がどうでも良いのかもしれないが。生きることは楽しいが、終わってみるとイベントのように下らないかもしれないからな」

 とても興味深いことを言う〈悪魔〉に尋問官はもっと問いを投げたかった。だが、それでも職務を進めないといけない。

「青年をあなたはどう殺したのですか?」

 尋問官の問いに〈悪魔〉は一言で言う。

「青年の望むように、だよ」

 遺体も残っていないため、尋問官は「そうですか」としか言えなかった。殺したことさえ証明できれば、別に殺した方法なんて量刑には関わらない。問いたださなくて良いだろう。むしろ、遺体をどうしたかの方が量刑に関わる。

「遺体はどうしたんですか?」

 そう尋ねる尋問官に〈悪魔〉は平然として答える。

「食べたよ。解体して、冷蔵庫に入れて保存した。毛皮は適当に剥いで、細かくして捨てた。肉はこそいで、骨は溶けるまで煮込んだ。ちゃんと最後まで喰らってやった」

 おぞましい答えだが、本人の答えなので尋問官は記録する。「よく、そんなことが……」と呟く尋問官を見ながら〈悪魔〉は「あんたって、思ったより人間くさいね」と呟いた。飴をなめすぎたのかもしれない。酒のせいか、気が立っていた尋問官は思わず〈悪魔〉に突っかかる。

「何か悪いことでも?」

 尋問官の問いに〈悪魔〉は笑いながら「そういうところが人間くさーい」と指を差す。

「同情も、憐憫も、激情も、全部が人間くさい」

 〈悪魔〉の言葉に尋問官は叫んだ。

「何故、おまえは笑えるんだ! そこまでのことをしながら!」

 その言葉に〈悪魔〉は静かに答える。

「割り切ったからよ。あなただって、食事のことなんて全部を覚えはしないでしょう?」

 その答えに尋問官は理解を諦めた。

「食べたのはどうしてですか?」

 尋問官の問いに〈悪魔〉は答えた。

「なんでって……生き物だからだよ。私は人間じゃない生き物だから。人間じゃないから、共食いした」

 尋問官は頭を抱えた。〈悪魔〉はどうしようもない存在のようだ。

「もう、終わりにします」

 尋問官はそう言うと荷物をまとめ始める。そんな尋問官へ〈悪魔〉はぼやいた。

「一番最初に食べた彼が、一番、人間くさかった。彼は自分をヒト以下だと言うくせに、一番、ヒトの味がした。だから、忘れられない」

 その呟きに感じるものがあったのか尋問官は手を止める。そして、尋ねた。

「人間を殺した気分はどうですか?」

 尋問官の問いに〈悪魔〉は「上書きして消したくなるくらい最悪だよ」とだけ答えた。立証できない余罪は、上書きのためなのか。そう思うと胸くそ悪い気がして、尋問官は仕事でない質問をする。

「今回は青年の事件ですが、他の事件について語るとき、あなたはどう話しますか?」

 その問いに〈悪魔〉は答える。

「実は、大分忘れちゃったのよね。彼らは青年の二番煎じに過ぎなかったから。全部人間くさかったのは言うだろうけどね。私は人間じゃないような存在ばかりを選んだつもりだったが、誰一人としてヒトの味がしない奴は居なかった。まぁ、君たちが立証できれば話すよ」

 それなりに彼女も証拠隠滅に力を注いできたのだろう。〈悪魔〉は気色笑い笑みを浮かべるが、何も言わなかった。尋問官は食われてしまいそうだと思ったので、形式ばかりの質問だけをして、立ち去ることを決めた。

「何か聞きたいことはありますか」

 投げやりな尋問官の問いに〈悪魔〉は食いつくかのごとく、檻に飛びついた。その上で、丁寧に尋ねる。

「五歳になる息子はどうなっていますか」

 その言葉に尋問官は答えた。

「私は尋問官ですので詳しくありません。詳しくは獄吏長にでも聞くと良いでしょう」

 尋問官の答えを聞いて〈悪魔〉は肩を落とした。もっとも、獄吏長が子供の様子を教えていないことを尋問官は知っていた。

「なら、もう一つだけ良いか?」

 失望したような目をこちらに向ける悪魔へ尋問官は「もちろん」と答える。すると、悪魔はしっかりと尋問官を見ながら尋ねた。

「どうやって私が殺したのを証明したんだ」

 その言葉に尋問官は「天だけが知っていますよ。むしろ、立証できる事件がこれ以外にない。悔しいです」と答えた。尋問官は椅子にかけたジャケットを着る。そんな尋問官を〈悪魔〉は睨みつけていた。

「失礼します」

 尋問官は足早に独房を去る。〈悪魔〉が裁かれるのは近いうちだろう。尋問官は歩調で出さない程度に鬱々とした気分で獄吏長室へ向かった。

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