エピローグ:悪の本質とは何か?
天界の図書館には、依然として思索の熱が渦巻いていた。哲学者たちはそれぞれの主張を展開し、ミカエルは天の視点からルシファーの堕落を語った。
しかし、未だ「悪とは何か?」という問いに対する完全な合意には至っていない。
あすかは、円卓の中心に立ち、穏やかに言葉を紡いだ。
「みなさん、それぞれの視点から、悪とは何かを論じてきました。ここで、意見のすり合わせをしてみましょう。どのような結論が導き出せるか、話し合ってみませんか?」
円卓に座る三人の哲学者は、それぞれ深く考え込みながらも、静かに頷いた。
カントの視点:悪とは普遍的な道徳法則に反する行為
「私は今も、悪とは相対的なものではなく、普遍的な道徳法則に反するものだと考えている。この点については譲れない。」
彼は指を組みながら、言葉を続けた。
「だが、私はソクラテスの指摘した『知の欠如』という視点には、一理あると思う。人が道徳法則を理解しなければ、それに従うこともできない。つまり、無知もまた、悪の一因となることは認めざるを得ない。」
彼はゆっくりと頷くと、アウグスティヌスに目を向けた。
「また、あなたの『悪は善の欠如である』という考え方も、道徳法則を基準とする私の主張と完全に相容れないわけではない。なぜなら、道徳法則が存在しなければ、善悪の判断ができないからだ。」
ソクラテスの視点:悪とは無知から生じる
ソクラテスは頷き、少し微笑んだ。
「ふむ、それは興味深い。つまり、『道徳法則』というものが、我々の魂の中に備わっている知識のようなものだとしたら、それを知らずに行動する者は悪をなす可能性があるということだな?」
彼は顎を撫でながら続けた。
「カント、あなたの意見に完全に同意するわけではないが、確かに無知が悪を生むという点では、あなたの考えと重なる部分もある。結局のところ、悪とは我々が真の善を知らないがゆえに生じるものかもしれない。」
彼はさらに言葉を重ねる。
「そして、アウグスティヌスよ。あなたの言う『悪は善の欠如である』という考えは、私の考えとも通じる部分がある。もし、善が真の知識であるならば、それが欠けた状態が悪であると考えることもできる。」
アウグスティヌスの視点:悪は善の欠如である
アウグスティヌスは、静かに目を閉じ、思索に沈んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「あなた方の意見には、確かに共鳴する部分がある。私は依然として、悪とは『善の欠如』であり、それ自体に実体はないと考えている。しかし、もし『道徳法則』が存在し、それを知らないことが悪を生むのであれば、悪とは、道徳や真理を知らない状態であるとも言える。」
彼は神への祈りを捧げるような口調で続ける。
「我々が知るべき『善』とは、神の意志であり、愛である。もしこれを知らなければ、悪に陥る可能性が高くなる。これは、カントの『道徳法則』と、ソクラテスの『知の欠如』の考えとも重なるのではないか?」
ミカエルの見解:「悪は光を拒絶した闇である」
天界の大天使ミカエルは、彼らの議論を静かに聞き、天を仰いだ。そして、炎の剣を静かに床に置きながら、言葉を紡いだ。
「私は長く悪と戦ってきた。その中で、私が理解したのは、悪とは神の光を拒絶した状態にすぎないということだ。」
彼はルシファーの堕天を思い出すかのように、静かに語る。
「ルシファーが堕ちたのは、彼が善を知らなかったからではない。むしろ、彼は知っていたが、それを拒絶した。これは、道徳法則を知りながら破る者、知識がありながらそれを曲げる者に通じる。」
彼はカント、ソクラテス、アウグスティヌスを見渡す。
「つまり、悪とは、光(善・知識・道徳)を知りながら、それを拒むことで生じるものではないか?」
結論:「悪とは善の欠如であり、知識や道徳を知らずに、あるいは意図的に拒絶することから生じる!」
あすかは深く息をつき、微笑みながらまとめた。
あすか:「皆さんの意見を総合すると、こうなります。」
カントの視点:「悪とは、普遍的な道徳法則に反するものであり、それが理解されなければ悪が生じる。」
ソクラテスの視点:「悪は無知から生じる。人が善を知っていれば、それを行うはずだ。」
アウグスティヌスの視点:「悪は善の欠如であり、道徳や愛を知らなければ悪に陥る。」
ミカエルの視点:「悪とは、光を知りながら、それを拒絶することで生じる。」
彼女は円卓を見渡し、全員に問いかけた。
「皆さん、この結論でよろしいでしょうか?」
カントは頷き、静かに言った。
「道徳法則を知らなければ、確かに悪は避けられない。概ね納得できる。」
ソクラテスは顎を撫でながら微笑んだ。
「ふむ、知の欠如が悪を生むという点では、一致できるな。」
アウグスティヌスは目を閉じ、静かに祈った。
「善を知り、それを受け入れることが、悪からの救いになる。そう考えるならば、私は同意する。」
ミカエルは静かに剣を構え、天を仰いだ。
「悪は光を拒絶した闇。しかし、人はいつでも光へと向かうことができる。」
「では、本日の対談をここで終えます。ありがとうございました。」
天界の図書館には、知の探求の余韻が残りながらも、穏やかな光が差し込んでいた。