第1ラウンド:ヒトラー、カポネ、ジョーカーの議論に対する評価
天界の図書館の中央にある円卓の上に、ふと光が集まり始めた。それは次第に形を成し、まるで水面に映し出される幻影のように、ある場面を映し出した。そこには、4人の悪名高き存在――アドルフ・ヒトラー、アル・カポネ、ジョーカー、そしてルシファーの対談の様子がダイジェストで流れていた。
ヒトラー:「我々の歴史は、秩序を求める者と、それを破壊する者との戦いの連続だった。私は、国家の秩序を守るために行動した。それを悪と呼ぶ者もいるが、私の視点では、それは善であり、正義だった。」
カポネ:「まったくな。秩序がなけりゃビジネスは回らねえし、でもちょいとした反逆がなけりゃ、つまらねえんだ。俺にとっちゃ、『悪』ってのはルールの抜け道を探して、チャンスを手に入れることよ。」
ジョーカー:「あはははは! それがつまらないんだよ、君たち。ルールなんてのは、人間が勝手に作ったものでね。そもそも、秩序と混沌の間に『悪』があるなんて言ってる時点で、キミたちは自分を縛りすぎてるよ。僕に言わせれば、悪なんてものは、『自由』そのものさ。」
ルシファー:「だからこそ、私は堕ちた。神の定めた秩序こそが唯一の善だという欺瞞を打ち砕くために。我々は、その制約から解き放たれた存在なのだ。視点が違えば善と悪は簡単に入れ替わる。まさに、光と影のようにな。」
彼らの言葉が空間に響くと、映像はふっと消えた。
図書館に戻った空気は、どこか重苦しいものになっていた。円卓に座る哲学者たちは、それぞれの考えを深く巡らせていた。最初に沈黙を破ったのは、カントだった。
カントの反論
カントは鋭い目で空間を見つめたまま、冷静な声で言った。
「私は彼らの議論を聞いて、ある種の錯覚に気づいた。彼らは『秩序と反逆』という二項対立の間に悪があると述べている。しかし、そもそも道徳とは、状況に応じて変化するものではない。善と悪を視点によって変わるものと考えるのは、あまりに短絡的だ。」
彼は背筋を伸ばし、厳然と続ける。
「道徳法則とは、普遍的でなければならない。例えば、ヒトラーの言う『国家の秩序を守るための行為』が正当化されるなら、どの独裁者も自らの正義を掲げて悪を行うことが可能になってしまう。それでは道徳が意味をなさない。
私は『定言命法』を提唱した。『善とは、常に普遍的に適用可能な行為であるべき』という考え方だ。彼らの議論は、相対主義によって道徳を無意味にしようとしているだけだ。」
ソクラテスの反論
ソクラテスは腕を組み、顎を撫でながら、考え込むように言った。
「ふむ……彼らは秩序と反逆の間に悪があると言ったが、その『秩序』とは何だろうか? それは本当に善なのか? もしそうならば、それを破ることが悪になる。しかし、秩序そのものが間違っているなら、それに反逆することこそが善になるのではないか?」
彼はゆっくりと視線を巡らせ、円卓の皆を見回した。
「ここで問題なのは、彼らが『悪とは何か』を正しく理解していない可能性があるということだ。ジョーカーは『悪とは自由だ』と言ったが、果たしてそうか? 人が本当に自由であるためには、まず知ることが必要だ。もし彼が『悪とは自由』と言うのなら、それは彼が『善とは何か』を知らないからではないか?
無知から生じる行為こそが、真の悪ではないのか? ヒトラーが『自分は正義を行った』と言うならば、彼は真の正義とは何かを理解していなかったのではないか?」
彼は少し笑いながら言った。
「知らないということを知らない者ほど、愚かな者はいない。」
アウグスティヌスの反論
アウグスティヌスは、静かに手を組みながら口を開いた。
「彼らの議論には、決定的な欠陥がある。それは、善の本質を考えずに、悪だけを語っていることだ。」
彼は天井を仰ぎ、まるで神の光を探すかのように目を閉じた。
「私は、悪とは善の欠如だと考える。光がなければ影ができるように、善がなければ悪が生まれる。しかし、影は実体を持たないのと同じように、悪もまた実体ではなく、善が欠けた状態に過ぎない。」
彼はふたたび目を開き、はっきりと続けた。
「ヒトラーは秩序を守るために行動したと言った。だが、それは『善』だったのか? 彼の行為には『愛』があっただろうか? 彼の秩序とは、自己中心的な秩序であり、神の愛とは無縁のものだった。愛なき秩序は、悪なのだ。
ルシファーは『視点が違えば善と悪は入れ替わる』と言った。しかし、それは彼の誤解に過ぎない。視点が違えば物事が異なって見えるかもしれないが、実際の本質は変わらない。彼は、神の光を拒絶し、自己を光としようとした。それこそが悪なのだ。」
司会者のまとめ
「つまり、三人の意見をまとめると、次のようになります。
カントさんは悪は視点の問題ではなく、普遍的な道徳法則がある、
ソクラテスさんは悪とは無知から生じるものであり、知があれば避けられる。
アウグスティヌスさんは悪は善の欠如であり、善の本質が失われたときに生まれる。」
彼女は円卓を見渡し、次のテーマへと話を進めた。
「では、次のラウンドに移りましょう。『ルシファーの主張への反論』です。」